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顧客情報漏洩

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 パパの会社はシグナル保険といって、生命の危機の予感を察知して事前に生体を保護にする保険事業を手がけている。精神的な不安定な状況や、心身的に耐えがたい状態になったときに、生命を守るために生体を保護する保険だ。
 主に、精神的に不安定な人や、突発的に動いてしまいやすい状態の人を保護することを目的としている。
 保険料は本人や家族が払うクローズ保険と、公開で募集するオープン保険があるらしい。色々と賛否両論あるらしいけど、新しい観点の保険として注目を集めている。

 私はパパの会社で保険希望者さんのカウンセリングを担当する予定だ。

 その日の朝ごはんは、たまたまパパとママと一緒になった。話題の中心はオープン保険を、婚活に利用している人の存在だ。
 オープン保険は保険者を一般から募って、保険料を払ってもらうシステムになっている。保険をかけている人は保険者で、保険料を払っている人は保険主と呼ばれているけれど、大量の保険料を支払っている人が大保険主と呼ばれる現状があった。

 オープン保険では、保険主を常に募集している。特に掛け金の大きい大保険主は保険料を支払う代わりに、保険者に対してコミュニケーションを取れるシステムがあった。それを利用して、保険料を払うから「結婚してくれ、付き合ってくれ」と迫る人がいるらしいのだ。

「弱者からの搾取みたいな構図、政略結婚みたいな構図だよね。好みの相手がいればお金を投入してゲットしようとする人もいるらしい。もちろん、何重にも閲覧制限はかかっているから、保険者の情報は誰かれ構わず見れるわけじゃないけど」
 とパパは言う。
「保険料を多く払えば、手厚いとかあるの?」
「まずシグナル発動後の保存期間が長いよね。最長10年間。それに既存の保険みたいな手術料や入院費の補填もあるから、手厚さはあるよね。既往症では病巣の冷凍や、生殖医療にも手を伸ばしているよ」
「ふーん」
 シグナルの発動後というけれど、実際に見たことがないから、どんな風になるのか分からない。

「クローズ保険の方が安全だから、資金力があればやっぱりそっちがおすすめだよね」
「なければ、お金持ちに人生を搾取されるかもしれないんだ」
「試してみる?」とパパは私に聞いてくる。私はぶんぶんと首を横に振って全力拒否の姿勢をしめした。
「琢磨さん、身内に身を切らせるの、やめたほうがいいわよ」とママは言う。
 ママはマフィンに目玉焼きとハム、ピクルスを挟んでからケチャップをかけていた。
「実態が分からないと、対応も難しいしね」
「オープン保険をやめたらいいんじゃない?」とママは言う。私も同じことを思った。
「それじゃ、面白くないじゃないか!」
「そうね、面白くはないけど」
「私なら絶対に入らないな」
「でも、彼氏は入ってるよね?」
「え?」
「岸井信くんだっけ。まあ、クローズ保険の方だけど」
「顧客情報漏洩させちゃダメじゃない?」
 とママ。
「岸井さん入ってるの?なんで?」
「シグナルレベルの低い保険だったと思うよ。脳の興奮レベルが高いとか、その程度でシグナルが発動するような」
「え、そんなのもあるの?」
「レベルは6段階ある。最高が生命の危機レベルで、脳の激しい興奮がレベル1。子どもを管理したいような親御さんが、お子さんを入らせることも多いよ。クローズ保険の方は。レベルの低いシグナルなら、昏倒しないケースがほとんどだから。保護が不要な分、安価にすむ」
「シグナル発動すると、どうなるの?」
「身体の停止装置が働くよ。そしてスタッフが保護・回収に向かう。シグナル発生前後の脳波解析や眼球記憶解析もするかな」
「レベル1でも?」
「場合によりけりだけど、そうだね」
「脳の興奮ってどんなレベルなんだろ?」
「個人差があるよね。遺伝の影響も飲食物の影響もあるだろうし。ま、いずれにしても、過保護な印象はあるかな。お客様だから、ご利用いただきありがとうございますだけどね」
 パパは肩をすくめてみせた。ちょっと待てよ、と私は思う。

 彼はシグナル保険で管理されているから、私を警戒している説はないか?と思ったのだ。だとすればシグナル保険が解約されれば、もっと私と「仲良く」してくれるんじゃないかって。
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