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☑アウェー戦☑

アウェー戦ランウェイ

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 ライトアップされたランウェイのサイドには人、人、人。手にはカメラを持っている。
 オークションをライブ配信しようとしているようだった。
 イメージしていたオークションとはまったく違っている。ダンスホールに一夜でランウェイステージが作られていた。
 ランウェイの歩き方を簡単に指導されたあとに、衣装に着替える。しっかりと採寸されている自分の身体にフィットした衣装をまとえば、どの男娼もみなモデルのようだ。

 下世話なイメージしかないオレの頭には、落札=愛玩人形のようなイメージがあったが、本当にそうなのだろうか?
 とはいえ、オレは一回もいわゆる「手合わせ」をしていないからそう思うだけであって、みんながそう思うとは限らないのかもしれない。このご時世、最低限自分を養ってくれる相手を見つけようとするのであれば、このオークションにも意味があるのだろう。
 オレはまっぴらごめんだが。

 次から次へと呼ばれていき、ウォーキングをして返ってくる。首に番号札を掲げて戻ってくるが、番号を持たない者もいる。どうやら、番号を持たない者は落札されなかった者のようだ。
 落札されないっていうのも、ありだな、とオレはひそかに思う。

 自分の番が来たとき、光の先に続くランウェイを見すえ、腹の底から湧きたつ感情があった。
「なんだこれは、楽しいじゃん」という純粋なワクワク感だ。
 勤め先の事務所には、コレクションの参加経験のあるタレントもいたが、みんなこんな気分のいいことをしていたんだ、と今さらながらに知る。落札されたいなんて、これっぽっちも思わないが、何か面白いことをして爪痕を残してみたい、という純粋な感情が出てくるのだった。


 合図を出されてウォーキングを開始する。
 正面から男娼が入れ違いに戻ってくるのが見えた。首には番号を下げている。ランウェイ4分の1ほど進んだときに、懐かしいような感覚が生まれた。
 ボールが飛んできたのだ。胸で受け、ボールを飛ばしてきた方へと蹴りかえす。

 誰だよ、ランウェイにボール投げたやつ、と視線をちらりと向けると、彰人の姿が見えた。
 あ、と純粋に驚き、その次にその脇にいた人物に驚く。
「狸社長じゃねーか!」
 慌てて駆け寄ろうとするが、別の方向からボールの気配を感じ、胸でワンクッションさせる。ボールのとんできた方向には、橋本の姿があった。その後も次から次へとボールが蹴り込まれ、中々ステージの端まで進めない。

 こんな演出をきいていなかったし、意図が全く読めないので、だんだんと腹立たしくなっていく。
 早く進ませろよ、と思いはじめ、パスを返すのではなく、シュートをどんどん打ち込んでいく。
 蹴りいれていた人物たちは、シュートを受けきれずに倒れていくので、意気揚々とランウェイの端を目指す。

 ただ、彰人と橋本のふたりだけは、執拗にパスを入れてくるのだった。ランウェイの左右から投げ込まれるボールにしびれを切らし、彰人の傍らにいる狸社長をめがけて、シュートを放つ。
 だが、キーパーさながらにボールを止め、彰人がガードしてしまう。なんだよ、これ。何度も繰り返しているうちに、ボールに書かれた番号が2種類あることに気がついた。

 彰人の番号は88、橋本の番号は87だ。男娼たちが首に下げていた番号に準じているのだろう。その番号をさげた男娼を見たかどうかには記憶がなかったが。
 にしても、なんでオレの時だけサッカーボールなんだろう?と思う。
 ひょっとしたら、捌けなかったボールの持ち主が落札したことになる、とかいうシステムなのかもしれない。

 そう思うと、がぜんゲーム精神に火がついてしまう。どこまでスタミナが続くのか勝負だ。思った矢先に、どんどんと投げ込まてくる。
 蹴ってくると思えば、彰人側では狸社長が素手で投げているし、橋本側ではいつの間にか、見覚えのあるスタッフが加勢しボールを投げてくるのである。マジで反則レベルじゃん、と思いながらボールを捌いていく。
 トラップをしている間に次のボールが来るので、いよいよヤバいと思いはじめていた。

 いや、そもそもハンドが反則だなんて、言われていない。自分だけ勝手にルールを守っているつもりになっているのも、変だ、と思いはじめてくる。
 四肢を使って、とことんまで勝負するつもりでボールを投げたり蹴ったりして、返していくのだ。
 もちろん、ホイッスルが鳴るわけでもない。ボールの在庫は一体何個あるんだ、と思う。一向にボールの数が減らないのだ。落札は必須のように、茶亜利伊は言っていた。つまり、攻略不可のゲームと一緒なんだろう。フツフツと怒りが生まれてくる。

 視線の先には、この怒りの元凶、狸社長がいるっているのに、そばに行くこともできない。彰人も大概やめろよ、橋本も、いい加減にしろ!と思う。


 オークションはアウェー戦だとは思っていたけれど、彰人も橋本も君塚の件では協力しようと言っている仲だ。こんなところで、先の見えない闘いをしてどうする、と思う。
 オレが意地になっているように、こいつらも意地になってボールを放り込んできているだけかもしれないが。体力が削られているのが分かる。

 何か、決定的なゴールを決めない限り、終わりにはならないのだろう。

 そのとき、右下方に、音響の機材が目に入る。これだ、と思った。ボールの間隙をぬい、機材を掴んで逆立ちになる。周りの人間が息を飲む気配がした。飛んできたボールを逆さになって次から次へと蹴っていく。
 ひゅう、と口笛が聞こえた。
 ボルダリングをしたときに、ふと思いついた技だ。だが、一向にボールはやまない。ホイッスルを吹いてくれ、と思いながらも、身体を起こし、ステージの上に戻る。

 誰もルールの説明をしないのであれば、ルールを作ればいい。ボールに当たらなければ、いい。そんなルールを勝手に作る。
 蹴るのをやめ、ドッヂボールのように、ボールからとにかく逃げ回ることにした。

 ランウェイの端まで行って、ポーズを決めて去る。基本的なことをさせてもらって、ステージからとんずらする。それが新しいルールだ。
 ボールとボールの間に身体をすべらせて、ステージの端を目指す。
 正面から来たボールをオーバーヘッドで返したあとに、しまった、と思う。調子に乗ったせいで、数秒おくれた。

 すでに目の前にボールが飛んできていたのだ。
 顔面にボールが激突する。痛みよりも先に、悔しさがやって来た。
 ドッグタグのチェーンが照明できらめくのを見る。
 ああ、負け、だ。
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