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2年前(キスの始まり)

論理的思考から導いた血路

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 家の事情を少し石関くんに話し、一緒に過ごす機会が減ることになることを告げたら、大変だな、何か手伝えることがあれば言って、といってくれた。
 自然に距離をとる口実が出来たことを喜んでいたなんて、言えないけれど。石関くんと距離をとれば、あの怖いものを見ることもなくなる、そう思って安心していた。

 ただ、わたしは自分の身体に起こっている異常なことに自覚がないだけで、キスをしなければ、安心できるわけではないことを知らないでいたのだ。
 受験校をO学かA学かにしぼるにあたって、それぞれの学校の留学制度について調べてみた。母の留学も大きく影響していた。
 O学はそれほど留学に力を入れていないようで、あくまでも大学受験のためのカリキュラムが中心らしい。
A学は大学進学や就職も視野に入れつつ、学びたい方向性を自分で決めて、授業を組み立てることができるようだ。留学制度も設けられていて、各国に姉妹校があることだ。わたしの心はA学の柔軟なカリキュラムに傾いていた。石関くんは本命のA学一本でいくようだし、結局志望校は同じになりそうだ。

 石関くんとは、休みの日に自習室に行くこともあるけれど、家の事情を理由にアフターのカラオケは断り続けていた。そうしているうちに石関くんは他の友達との約束を入れるようになったようだ。
 わたしはホッとしていた。ただ、少し寂しい気持ちがあったのも事実で、キスの心配がなければ、石関くんと過ごすのは楽しかったのだと気づいたのだ。


 そんなある日、目が覚めると目の前に石仏がいた。

 寝ぼけていたわたしは、ぼんやりとその姿を見つめていたのだけれど、石仏は細長い目を少しだけ開き、「業が深いものよ、このあたりで清めなければ」という。
 意味は全く分からなかった。
 けれど、その石仏は夢でも幻でもないようで、わたしがすっかり目を覚ましても、朝の支度をはじめても、学校に行ってもずっとわたしの後をついてくるのだ。

 他の誰にも見えていないのかとも思いきや、瀬能くんはガッチリと石仏を視線でとらえる。そして驚いた顔をしていた。瀬能くんには見えているらしい。
 石関くんは見えていないようで、石仏がわたしの後ろにいるときにも、何も気にせずに、模試を一緒に受けにいこう、と誘ってくれるのだった。

 石仏はずっと消えずにいたけれど、唯一うつの時期だけは一回り小さな姿になる。瀬能くんだけは、石仏の存在を認識しているようで、ある日、なんであんなものがいるんだろう?なんでついてきているのか分かる?とわたしにそれとなく言ってくるのだった。わたしは首をふるほかない。

 妙なことはわたしの身にだけ起こることなのかと思えば、ある日から瀬能くんの周りに蝶のような蛾のようなものがちらちらと飛び回りはじめる。
 よくよく見ると何が飛んでいるのか分からないのだけれど、パタパタと黒い何かが瀬能くんの周りを飛び回るようになったのだ。
 ただ、普段瀬能くんのそばにいる石関くんも、先生も他の誰も指摘することもなく、追い出そうとする素振りもない。
 わたしは一度瀬能くんのそばに行ったときに、追い払おうとしたのだけれど、石関くんには蜘蛛の巣でもあった?と聞かれる始末だ。何が原因なのかは不明だけれど、わたしと瀬能くんに起こっていることは、お互いに認識できるということだけが分かる。
 石関くんの目もあり、瀬能くんとさしで話をする機会もない。
「あの黒いのなに?」
「分からない、けどすごく邪魔で危ないんだ」
 とそれとなくすれ違いざまに話をする程度だ。
 わたしたちはそれぞれ、消える気配のない謎の生き物?につきまとわれているらしい。

 瀬能くん自身と話をする機会はないものの、石関くんを通して、瀬能くんが彼女と別れたということを知る。
 好きじゃなくても、断れないって酷だなーと石関くんはいうのだった。瀬能くんは相手が変わればキスもできるはずだ。
 どんな付き合いをしていたかなんて、あまり知りたくもないし、知ろうとするのは下品な気もするから聞くつもりもないけれど、それでも別れてしまうというのは、瀬能くんが後輩に気持ちがそれほど傾かなかったからなのだろうか。
 後輩と別れたから、あの変な黒いものがつきまといはじめたのだろうか。そんな風に勝手な想像を膨らましていた。


 そして、瀬能くんに新しい彼女が出来たという話を聞いてから、それほど経たないうちに、瀬能くんの周りに飛んでいた黒いものは消えたのだ。
 瀬能くんにとっては、彼女の存在とあの黒いものは関係があるのかもしれない。わたしと瀬能くんの共通点はキスにある。
 そう考えると、わたしの石仏はひょっとしたら石関くんとのキスに関係があるのかもしれない、なんて思うのだった。
 キスをして怖いものを見るくらいなら、石仏につきまとわれる方がましだと思っていたのだけれど、徐々に問題点が見え始めてきたのだ。

 まず、模試の結果が思わしくなくなった。
 原因を考えてみるのだけれど、家ですることが増えたというのはまずある。
 家事や炊事などを父と分担しているので、家での勉強時間は少し減っているのは確かだ。
 ただ、今まででも基本的には予習復習をして学校で授業を受けていれば、十分だったし、今では部活の時間も勉強に充てることが出ている。
 それほど受験勉強に支障が出ているとは思えないのだけれど、一つだけ大きな問題点があった。それは石仏の姿を見ると、とても眠くなること。

 石仏は四六時中わたしの後をついてくるので、どこへいても、眠気が襲ってくる。今までは授業で眠ったことがほとんどなかったのに、ついにうたたねをしてしまった。授業を寝過ごし、寧々にノートを見せてもらうことが何回か続く。
 「疲れているの?」
 と心配されてしまう。
 なるべく石仏を見ないようにするしか方法はないのだけれど、机の周りと暇そうに動きまわる石仏を視界から完全に排除するのは難しい。
 石仏そのものが消えてくれない限り、安心して日常を過ごすことができそうにないのだった。

 石仏を消す方法がハッキリをわかるわけではなかったけれど、瀬能くんが彼女を作って黒いものを消したことを考えると、カップルっぽいことが何か関係しているのかもしれないと推測できる。
 つまり、キスやそういうこと。
 わたしがあの恐ろしいものを見てしまうものたちだ。
 したくなんてない。
 だけれど、このままでは学力もがた落ちだ。模試の結果もAランクからBランクに落ちている。冬休み前の、それこそ他の人たちが勉強に集中し始めている時期に、わたしは石仏のもたらす眠気と闘っているのだから。


 優先順位を考えて、仕切りなおそう、と思う。先を見すえて判断しなければいけない、と教わって育ったはずだ。  
 目先のことだけを考えていたら、きっと先々後悔すると思う。今重要なのは、自分の行きたい高校に合格することだ。
 そのために必要なのは、あの石仏を消すことだと思う。
 そして、その方法は(おそらく)カップルがするようなことに関わっている。

 石関くん相手だとあの恐ろしいものが見えるのは間違いないけれど、石関くんのほかに相手を見つけるのは難しい。瀬能くん相手だったら、あの恐ろしいものは見えないけれど、瀬能くんには彼女がいるし、この前のは実験だったからアリだっただけだ。
 今同じことをしたら、わたしはビ×チだし、瀬能くんは浮気男になってしまう。
 つまり、わたしが頼みにするのは、石関くんをおいてほかにいない。
 結論が出たところで、わたしのする行動はハッキリとしていた。石関くんとカップルっぽいことをする。それだけだ。自分の利己的な部分にひどい人間だ、と思う。

 でも、もし石関くんがわたしとカップルっぽいことをすることを望んでいるのなら、そんなに問題じゃない気もした。
 そもそも最近はふたりで過ごす機会も減っていたし、石関くん自身がわたしのことをそれほど好きじゃなくなっている可能性もあるのだけれど。

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