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そのキスで、どこまでいける?
そのキスで、どこまでいける?
しおりを挟む飲み物を届けて、集まっていたみんなにバイトを理由にして帰ることを告げた。
わたしがシフトを入れていないことをルアンは知っていたと思うけれど、「チャウ」と手を振る。
部室を出てからは、石関くんと手をつないで帰った。わたしは「本当」の話をする。
「石関くんとキスをしないでいると、石仏が出てくるの」
「その石仏を見ていると眠くなってしまうから、石関くんとは長く離れていられない」
「定期的にキスが必要なの。あるいは、セル××レジャー。それでも少しは効果があるみたい」
キスが必要だけど、石関くんとキスをすると、たくさんの手が伸びてきて、欲しい欲しいって身体を左右から引っ張ってくる。
それがとても怖い。
でも、そのまま身を任せたらどうなるのかが気になるときもある。
ただ、その覚悟がわたしにはなかった。そんな風に、中学3年生からの石関くんとキスだけで繋いだ付き合いのことを話す。
「なんだよそれ、そんなの本当にあるの?」
と石関くんは言う。
本当のことだと証明できない以上、信じてもらえないなら仕方ないと思っていた。でも、実際には逆だったようだ。野宮の変なところが少し解明された気がする、と石関くんは言った。
そして、全部話すにしても、平気でセル××レジャーって言うなよ、とも言われる。
石関くんはしないの?と聞けば、ごにょごにょと濁されてしまう。
「付き合っていたとしても、普通そういうのはあまり聞かないんじゃないかな」とも言われた。
わたしの「本当」の話が終わると、石関くんの「本当」の話が始まる。
石関くんの話はわたしと違ってシンプルだった。いつもキス以上のことをしてみたい、
でも、覚悟がなくてできない。
それだけ。
機会はあったけど――
それはわたしだけじゃなくて、他の子ともあったと意味しているのだと思う
――途中でくじけてしまうらしい。
石関くんからすれば、とても深刻なことのようだった。
でも、わたしからすれば、そんなに問題だとは思えない。結局、わたしたちは同じように、その先にいく覚悟がないだけなのだから。
「ふたりとも覚悟ができるまで待てば、いいと思う」
とわたしが言うと、
「そんなのアリ?1番目の兄ちゃんと2番目の兄ちゃんが聞いたら、貶されそうだ」と言う。
脳内の、と小さな声でそえた言葉の意味は分からない。
「石関くんが他の人としたいなら、それでもいいよ。どこまでも存分に楽しんでもいい。でも、わたしは少なくとも石関くんのキスが必要なの。キスがないと生活もおかしくなる」
「それ、聞く人が聞いたら、すごい発言だと思う。野宮はやっぱり変だよ」
「おかしくさせたのは、石関くんだよ。全部、キスから始まってるんだから」
あの身体を引き裂かれるようなイメージはひょっとしたら、わたしが持つ、キスの先に待ち受けているものへのイメージなのかもしれない、とふと思った。
痛くて、怖い。
あのイメージがいつか変わる日がくるなら、わたしは一歩踏み出すことが出来るのかもしれない。
そこまで、この関係が続くのかどうか、占う術はないけれど。
わたしの家が見えてきたあたりで、石関くんが繋いでいた手を引く。
こちらを見つめる彼の瞳の中にわたしが見える。
キスをしていないのに、もう聞こえる。
欲しい。
ずっと真っすぐでぶれない本音だ。
まもなく、本当に口づけられる。
石関くんの呼気が唇にあたり、脳に鮮烈な電気が走った。
まだ、あの幻想はやってくる。
この幻想とは付き合っていかなきゃいけないのかもしれない。
ふたりの、ふたりによる、ふたりのためのものが必要になるのを待つために。
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