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挑文師、結婚しました

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 寧月融と結婚することになったとき、私は彼と共に彼の母の墓参りにいった。
 彼や母にとっては、縁のない土地に彼の母は眠っている。それが、挑文師の規則だからだ。思い入れのある土地には生前の記憶が宿ってしまっているから、そこでは眠れない。
 墓石の前で手を合わせて、幼い挑文師に魂の旅路を教えるための遊び歌を口ずさむ。

「陽乃埜(ひのの)におりたち、志野頭(しのず)で迷い、雲井(くもい)で洗われ、虹尾(にじお)に送り、志野尾(しのお)で飛びたつ」

「久しぶりに聞きました」と融は言う。
「久しぶりに口にしました」と私。

「同級生であるはずですが、スクールで顔を合わせることはありませんでしたね」
「私は劣等生でしたから。最終実習で虹尾にいました」
「俺は志野尾でした」

 ほら、優等生だったんですよね、と私は言う。陽乃埜、志野頭、雲井、虹尾、志野尾にあるスクールの中でも、志野尾で魂送りをする実習を行うのは、優秀な学生だけだ。
 ちなみにこの名称は挑文師たちの間だけの通り名なので、一般的には通用しない。古文書にはともかく、国土地理院の地図にも明記されていないはずだ。

「お母様の魂送りは、融さんがしたんですか?」
「いいえ。知り合いの挑文師が行いました。俺には、とてもじゃないけど、母の記憶を選び抜けなかった。見るのもつらかったです」
「そうですね、私もそうでした」

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