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魑魅魍魎、ぞろぞろと

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 融の瞳の中には――――。私と甲子童子が唇を重ねている光景が見える。それは、恐らく、直前のあやとりの光景だ。
 えええ!?

 私は驚きのあまり、すぐに視線をはじいてしまった。目の前にいた融は気まずそうに視線を逸らし、私の口元を見てくる。そして慌てて視線を逸らすのだった。
「直前の記憶が、見えましたか?」
 融にしては珍しく、困ったような顔をしている。
「え、ええ。とても、嫌なものが」
 私は甲子童子を睨みつけた。そして、こんな短い時間で、融は少女の姿が見えただろうか?とも思う。

「見えましたか?」とおずおずと聞けば、融は頷いた。
「さあやさんですね。容姿も分かりました。それだけ分かれば上出来です。ですので、当麻さん、この汚らわしい鳥は、焼き鳥にして食べてしまってはどうですか?」
「いやだよ、オレは美食家なんだ」
「では。野良の猫や熊や、諸々の餌食になれるように、焼いて山に置いて来ましょうか?」
「わぉ、いいアイデア」
 と珍しく融と万理が息の合った掛け合いをしている。

 アライグマのルイしゃんは、私に剥いたリンゴを差し出してくれた。
「ありがとうございます。ルイしゃん」と言って私は、ひとかけらのリンゴにピックをさして食べる。しゃりっと歯ごたえがして、甘い果汁が口の中に広がった。

 甲子童子の勝手な振る舞いには、正直げんなりするけれど。賑やかな光景を見て、私は少しだけホッとしていた。
 私と千景の居場所はいつも虹尾の原生林の中だけだ。スクールを出たあとは、ここ雲井に来ている。雲井では普通の学生生活をしたり表の仕事をしたりしていたけれど、こんなにたくさんの人が家にいたことがない。
 今はなぜか、こんなに賑やかな家にいることが不思議だ。

「にぎやかですね」
 とルイしゃん。
「はい」
 と私は答えた。
「楽しいですか?」
 ルイしゃんが言うので、
「はい」
 と私は言う。
「私も楽しいです」とルイしゃん。

 出来れば、この楽しさが続いてくれればいいけれど。
 きっと、この裏稼業をしている限りには、それは難しいのだ。
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