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語られない死の話

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 垣根州の記憶から取り出した「さあや」を融がタブレット端末にトレースする。写真のような正確な描写により、その見た目を記憶の中から取り出し、共有することができた。
 さあやという女子生徒は、修学旅行中に行方不明になり、そして、その存在を消されている。周りの人の記憶を消すという形で。私と千景が父を消した方法だ。

 存在を消す意味はなんだろう。
 私たちのような私怨だろうか?
 それとも、他の目的があるのだろうか?

 出来上がった画像を見て、リビングへとふらふらと飛んできた甲子童子が不思議なことを言う。
「その女に似た女、いや。子どもを見たことがあるな」
 と出し抜けに言うのだ。
「では、その子どもが、成長して、さあやさんになったのでは?」
 と融は言う。私も同意見だった。
 けれど、甲子童子は首を振る。今はとらつぐみの姿だ。
「あり得ない」
「なぜ?」
「死んでいるからだよ。その女に似た子どもは」
「え?」

「佐鶴汐。眞下マユの友人だ」
「ルイしゃんの友達?」
「眞下マユ時代の、な」
 甲子童子は珍しく言い淀む。
「眞下マユは両親と友人とのドライブの最中に、事故に遭い亡くなるはずだった。あなたがあやとりをしなければ。その時にいたご友人ですか?」
 融はそう続けた。その話は挑文師の中では有名だ。鵺や罪、禁術を語るにはこの話がなくてはならない。

「その時の友人であることは、正しい。だが、本局がデータベースに残すための、表向きの情報だ。正確じゃない」
「というと?」
「眞下マユの母、眞下ナズナが禁書として不成立だったため、飲み込まれた。眞下マユの両親は挑文師だ」
「不成立?」
「禁書は膨大な数の人間から得た記憶の集大成だ。人の奥底にある無意識をも編み込んでいる。そんなもの、人間には抱えきれない。大抵は成立しないし、成立しても短命だ」
「では、眞下マユの事案は、事故ではない?」
「ああ。あれは、殺し合いだ。本局派遣の挑文師が上手いこと消したが。見たいなら、あやとりしようか」
 と甲子童子は言う。変化を解き、人の姿になった。 

 わたしはゴクリ、と唾を飲み込む。殺し合い、という剣呑な言葉から、連想される記憶を受けとめきれる自信はない。
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