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語られない死の話

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「ところで。禁書はどんな経路で、眞下夫婦の元に行ったのですか?母の元から」
 融の言葉はしめやかだった。彼にとって重要なのは、誰に、どのようにして禁書が奪われたか、なのだと思う。
「不詳の弟子のどれかが運んだんだろう」
「落日、楽月、亡海?」
「ああ。悲雨もいたな。もっといそうだが、正確には把握していない」
「どれか」

「俺には弟子がたくさんいる。だてに長く生きていない」
「弟子の出来に関しての責任は取るともりは、おありですか?」
「あるさ。だからこそ、監獄から出て来た」
 と甲子童子が言い、剣呑な雰囲気が漂いはじめた。
「俺を殺すか?」
「考えておきます。弟子のどれかを殺した後で」
 融は聞いたこともない冷淡な声で言う。

「融さん」
 私は融の手に触れる。私たちは下手をすれば、どこまでも残酷なことができるのだ。私と千景がそうしたように、生命を奪う以外にも殺す方法はいくつもある。
「俺が踏み外したときには、美景さんが裁いてください」
「いえ、そのときには、私も共に裁かれます」

 融には復讐に手を染めて欲しくない。
 あの優しく温かな時間を、母とすごした経験のある融には。愛に触れたことのある融には、汚れて欲しくない。すっかり汚れ切った私が手を汚せばいい。
 もし、融が復讐を望むならば――――。そのときは私が手をくだす。

「灯から禁書が奪われたあの日。あのあと、挑文師が痕跡を消した。あの部屋は何事もなかったように、今も貸し出されている。挑文師の死はどこの媒体にも報じられない」
「そんなことは、承知の上です。挑文師になった時点で」
「語られない死。それを悼むのもまた、俺の役割だ。灯のことは悪かったな、寧月融」
 甲子童子が頭を下げると、融は首を横に振った。

「謝罪は不要です。まだ、何も解決していません」
 融はそうして、席を立つ。御子柴ルイさんの様子を見てきます、と言うのだ。私はお願いします、とだけ言って送り出した。一人になりたいのだろう、と思ったからだ。
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