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初夜の約束

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 契り。
 それは、つまり世間でいう男女の――――?
 私は自分の顔が熱くなってくるのを感じた。そんな風にあえて聞かれたことはない。

「いつも、そうやって聞いているんですか?」
「いいえ、まったく。即日で即日お別れということも」
「そ。それは中々、スピード感がありますね」

「関わり合いが深くなると、期待が増えます。期待されても応えるつもりなかったので。浅瀬で泳いでいただく分には誰でもいいんですが、深い所には来て欲しくないんです」
「中々手ごわいですね、融さんの本命になるのは」
「え。美景さんは本命ですよ?」
 と融は言う。さすがにそれは、リップサービスが過ぎます、と私は言った。

「信じてもらえないんですね」
 と融は言う。
「だって。そもそも融さんは、そういう対象として見れますか?私のことを」
「その質問はなんだか。色々と差しさわりがありますね」
 言ってみてから、かなり下品な意味合いを帯びている、と思った。

「ふ、深読みは、しないでください!」
「どちらかと言えば、俺の方が気になります。俺は美景さんの好みのタイプではないと思うので。当麻さんが美景さんにとっての最高傑作だとするなら、多分、俺は対局ですよね?」

 童顔で可愛い系統の万理と、ノーブル系の顔立ちをした正統派の美男である融は対極にいる。
 けれど、顔や印象は、私にとってはあまり重要じゃない。記憶の部屋が見えるかどうか。見えるならば、その人の記憶を受け入れてもいいと思うかどうかだけだ。

「融さんは文句なしに素敵ですよ。でも、そういうレベルで融さんのことは見ていません。あやとりをした時点で、深く結ばれてしまっているから」

 私たちはあやとりをした相手を、手放しに受け入れるしかない。どんなものを見たとしても、結びついてしまうから。
 だからこそ、私は「彼女」のあやとりは出来なかった。

「それは俺も同じです。ただ、俺は美景さんのこと可愛いと思っているので、役得だと思います」
「嘘。とてつもない美女でしたよ?融さんの、以前のお相手は」
 と口にしてしまい、あ、いけないと思う。無意識に比べて、少しだけ嫉妬していたみたいだ。私は口にすると、融がしげしげとこちらを見やる。

「気になりますか?」
 と聞かれて、
「少しだけ」と答えた。

「では、俺の記憶を消してください。美景さんとの経験しかいらないので、記憶を改ざんしてください」
 融が私の手を取り、真面目な顔で視線を合わせてこようとするので、私は必死に視線をそらす。そこまでしてほしいとは思わない。

「し、しませんよ!」
「では、当麻さんの記憶を消しても構いませんか?あの甘さ具合は、妬けてきます。姿を変え方法を変えて、何度も初対面のふりをしていると思ったら、忌々しいです」
「だ、ダメです!融さんに禁術を使わせるわけにはいきません」
 そんなやり取りをした後で、もう一度聞かれた。

「というわけで、約束してくれますか?」
「どうするんですか、無事ではなかったら?一生経験できないとしたら、惜しい気がしてしまいます」

 人と結ばれたことがなかった?妖魔としか、経験がなかった、と。衝撃的な事実を知ってしまったからだ。

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