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「夏芽ちゃんだよね? 美佳ちゃんから聞いたよ」

 チャラ男が話しかけて来た。

「そうです。えっと……」
「俺、幹事の勇人と同じ大学の亮平。で、こっちが勝。こいつ、アメフトやってるからムキムキなんだ」
「うるせぇよ」

 スポーツマンっぽいというのは、外れていなかった。正真正銘のスポーツマンだった。アメリカンフットボールというのは、やっぱり体格が勝負なんだろうか。結構ムキムキだ。

「それで、君は?」
「……真一です」

 どう考えたって場違いもいいところだろう、と言いたげな顔をして私を見ている。翔は「俺、橘翔! よろしくな! 何歌う?」と騒いでいる。

「ふたりは、付き合ってるの?」

 チャラ男の亮平が私の隣に座って、こっそり耳打ちしてきた。

「いえ、付き合ってません」

 面倒くさそうな奴だなぁと思いながら、ズズズっとジンジャーエールをすするように飲んだ。

「そうなんだ。俺てっきり、合コンに誘われた彼女が心配になって着いてきちゃった彼氏くんかと思ってた」

 なんなんだ、この人は。会ったばっかりなのにずいぶんと馴れ馴れしい。

「ただの、友達ですよ」
「じゃあ、俺が好きになっても、真一くんは怒ったりしないよね」
「え?」

 真一はアメフトのマサルと何やら会話している。美佳は勇人と何かをデュエットしていた。楽しそうだ。

「夏芽ちゃんてさ、可愛いよね」

 見え見えの嘘だ。美佳の男版に違いない。

「夏芽、気をつけろよ」

 翔は美佳の隣で踊りながら、私を見て言った。

「嫌なら、はっきり嫌って言った方がいい。どう見たって遊んでるよ、そいつ。そんな奴より、俺は真一の方がいい男だと思う。優しいし、面白いし、俺には劣るけど、イケメンだろ?」

 真一が?
 私の横でアメフト選手と意気投合している真一を見て、つい笑ってしまった。真一もアメフト選手もそっちの人なのか。

「何笑ってるの?」
「いや、私彼氏いるんで。残念ですけど」

 自然と、そんな風に言葉が出てきた。

「ええー、彼氏いるの? 嘘?」

 なんて失礼な奴だ。
 私はチャラ男を放っておいて、真一に話しかけた。

「何話してるの? 仲良くなった?」
「つい、いろいろ聞いちゃったよ。ずっとスポーツやってるんだって。俺、運動ダメだからなぁ」

 なんだろう。真一が少しだけ、翔に似ているような気がした。唐揚のときや最初に会ったときは、もっと大人しくて、静かな人だと思っていた。でも、今は少しだけ、本当の真一を見た気がした。

「いいな、青春! 大学生最高っ!」

 翔のテンションの高さを、誰にも見せられないのが残念だった。
 その後の飲み会は、ただの懇親会のような感じに終わった。美佳が望んでいた、彼氏をゲットする合コンにはなれなかったものの、意外とみんな楽しんでいるように見えた。
 その日、解散後に来た美佳からのLINEを見なければ、私はそう勘違いしたままだっただろう。

「この埋め合わせは絶対にしてもらうからな、覚えてろよ」

 完全に、脅迫文である。
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