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「夏芽ちゃん、いくつ?」

 メガネに聞かれる。

「えっと、十九です」
「若いね。俺たち二十五。今、大学生?」
「はい」
「いいなぁ、俺、大学が一番楽しかったよ」

 どうでもいい話をずっと聞いていた。途中から、もう何を話していたのかわからない。屋台に並んでかき氷をおごってもらってみんなで食べた。美佳はイチゴ味を食べて、べーっと私に向けて下を突き出した。赤い。真っ赤だった。私はメロン味だった。真似て下を出すと「妖怪みたい」と美佳は笑った。
 美佳が輪投げの景品のぬいぐるみがほしいとピアスに言うと、ピアスが本気になって輪投げを始めた。

「頑張って!」

 さりげなく美佳はピアスの肩を触ったりしている。今さっき出会ったばかりの関係とはとても思えない。

「夏芽ちゃんも何かほしい? 俺が取ってあげるよ」
「いや、私は別に……」

 どれにも興味がなかった。ぬいぐるみやゲームがたくさん並んでいるが、黙って美佳を見ていた。メガネは「じゃあ、俺があげたいもの取るね」と言って、輪投げを始めた。狙っているのは、どうやら大きなクマのぬいぐるみだ。

「俺も輪投げやりてぇなー」

 突然隣に出て来るので、びくっとした。ここで翔に話し返したら、変な子だと思われてしまうのでぎゅっと唇を噛んだ。

「真一も輪投げやれって。美佳ちゃん、あのぬいぐるみがほしいらしいぞ」

 真一は、人混みの中からピアスが必死に輪投げしているのを見ていた。そして何を思い立ったのか「おじさん、俺もやる」とお金を出した。

「誰? 美佳ちゃんの知り合い?」

 突如現れたライバルに驚くピアス。美佳の目は大きく見開き、唇が歪んで眉間に皺が寄っていた。怖い。絶対怒っている。

「知らない人です。マサトさん、頑張って!」

 美佳が応援するも、真一は何と一発で美佳のほしがったぬいぐるみを取ってしまった。

「やるねぇ兄ちゃん!」

 おじさんが褒め、ぬいぐるみを手渡した。

「カッコいいな真一! まぁ、俺たち輪投げのプロだからな。毎年輪投げで勝負してたし。俺でも一発でいけたな」

 オーバーなくらい翔が褒めちぎっている。馬鹿なのか。
 そんな翔を見ている間に、メガネもなんとクマのぬいぐるみを取ってしまった。
 大きなクマだ。私の上半身くらいはある。メガネはクマの耳に上手に輪をかけて取った。

「兄ちゃんも、うまいなー」

 おじさんから手渡されたぬいぐるみを、そのまま私にくれた。

「はい、夏芽ちゃん」

 こんなもの、どうやって持って帰ればいいんだ。背負うのか。

「こいつもなかなかやるな。夏芽、どうする? いい感じの男か?」

 煩い黙ってろ、とチラっと目で合図する。でも翔はちっとも気づいていないようで「いいなぁ、青春。俺もほしいー」と羨ましそうにしている。

「あの、これ、もしよかったら……」

 美佳がほしかったぬいぐるみ――大きなペンギンを差し出した真一。

「マサトさん、行きましょう。あたし次、金魚すくいしたいー」

 真一には見向きもせず、美佳は強引にピアスの腕を引っ張って、そのまま歩いて行ってしまった。

「なんであんな女が好きなんだよ、真一は。……おい、大丈夫か?」

 翔が訊ねる。でも、そんな言葉は真一には届かない。それにしても、美佳はちょっとやりすぎだ。どうしてそこまで真一を嫌うのか。確かに初対面は最悪だったかもしれない。それにしても、だ。
 確かに真一は美佳が好きになる男とは違う。見た目もちょっと、地味かもしれない。だけど、真一は悪い人ではない。少なくとも、これまで美佳が付き合ってきたどの男よりはいいと思う。

「大丈夫?」

 翔の慰めは聞こえないので、代わりに私が訊ねる。

「うん、大丈夫。変なの、取っちゃった」

 あはは、とごまかすように笑い「かっこ悪いな」と小さくつぶやいた。

「そんなことないよ。輪投げ上手なんだね」
「昔、よくやったんだ。ごめん、いっつも谷口さんと美佳ちゃんの邪魔ばかりしちゃって」
「いいよ、大丈夫」
「夏芽ちゃん、俺たちも行こうか。置いてかれちゃったから」

 メガネはたぶんきっと、悪い人ではないんだろう。だけど私は、この人とこれからも続く関係を求めてはいない。せっかくぬいぐるみをもらったけど、これ以上は一緒にいたってどうしようもない。
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