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* * *

 美佳の結婚式当日は、生憎の雨だった。でも私は、雨の中の結婚式っていうのも綺麗だなぁなんて思った。
 晴れだろうが雨だろうが、雪だろうが嵐だろうが、とにかく、どうでもいい。大切なのは、ふたりが幸せかどうかということだ――美佳と、真一が。
 美佳のドレス姿は、綺麗なんてものじゃなかった。おとぎ話の絵本から出て来たお姫様のようだった。ふわふわチュールが何枚も重なり合って、動くたびに花弁が風になびいているようだ。胸元はハート型にカットされたネックラインで、キラキラのビーズやスパンコールがたくさん刺繍されている。美佳の美しさを際立たせていた。美佳はこのドレスに一目惚れしたそうで、即決だったと聞いている。美佳のために作られた特別なドレスに見えた。頭には小さなティアラが乗っている。
 あの頃の私には、こんな未来があるなんて想像もできなかった。美佳と真一が結婚するなんて。いつか誰かと結婚するだろう。そんな漠然とした想像だけが広がっていたあの頃。親友のふたりが結婚して、私も結婚して、きっといつか子どももできる。そうやって、どんどんとあの頃から遠ざかって行く。私たちは、お互い結婚しても家族ぐるみの付き合いをするだろうか。夏には一緒に子どもを連れて海へ行ったり、冬にはスキーに行ったり、ホームパーティしたりできるだろうか。もし、これから先の未来で、きょうの主役のふたりと離れ離れになったらどうしよう、と不安になる。知らないうちに連絡を取らなくなり、年に一度年賀状が届くくらいの関係。「美佳のところ、また子どもが生まれたんだ」「もう小学生か、早いなぁ」そう年賀状に向かってぶつぶつつぶやく。そして私はひとりぼっち。いや、わさびとひとりと一匹ぼっち。それが変化というものなのだろうか。

「ちょっと、今ひとりで寂しくなってたでしょ」

 美佳は笑顔を絶やさないでいたが、もううんざりという顔を私にだけ向けてくれて、ちょっとほっとした。いつもの美佳である。

「なんでわかるの?」
「夏芽のことはなんでもお見通しだよ。何年親友やってると思ってんの。それにさ、結婚式ってなんか変だよね。金かかってんのに、私なんてちっともご飯食べられないし。きょうのためにダイエットしてたから、もうデカ食いしても大丈夫よね」
「そんなに?」

 美佳と真一の結婚式のテーマは海だった。ふたりはわざわざ海が見える式場を選んだのに、悪天候なのがやっぱり残念だ。でも、椅子にかかっているリボンは海の波を連想させるし、美佳の髪の毛には小さな貝殻も付いていた。まるで人魚姫だ。

「こんなにご馳走あるのにさぁ。それに、次から次へといろんな人に挨拶しなきゃいけないじゃん。こんな私でもお互いの両親も揃ってるし、緊張するなって言う方が難しいよ。自分の結婚式の前には、心構えが必要だよ。よく覚えといて」

 私の結婚式なんか、この先本当に訪れるんだろうか。

「真一が美佳を大切にするって私はよーくわかってるから、美佳、真一を大切にするんだよ」
「真一は、あたしにとって良き相棒だから、大切にする」
「ペットみたいだね」
「忠実なるしもべだからね」

 そう言って笑っている美佳は、いつもと全く変わらない。格好だけがいつもと違うだけなのだ。

「あの日、突然隣に座って、唐揚デカ盛りを頼んで必死に食べてたとき、この人は一体何者なんだって思ったよ」
「何それ、そんなことあったの?」

 私は慌てて「そんなことあったっけ?」と痒くもないおでこを掻いた。

「あったよ! 忘れるわけない。でも、なんだろう。あの日から、夏芽ちゃんがいつもそばにいてくれると、すごく落ち着くんだ。昔っからの親友だったみたいな気がして」

 あのときはずっと、見えなくても翔がいたから。だからきっと、そんなふうに感じたんだと思う。

「夏芽ちゃん、ありがとう」

 真一の言葉が、初めての夏祭りでの翔の言葉と響き合う。

 ――翔、ふたりはきょう、結婚するよ。

 真一の親戚がやって来て、美佳はまた営業スマイルに戻った。売上成績トップの美佳にかかれば、ちょろいものだろうか。
 自分の席に着いて、美佳をぼんやりと眺める。
 大丈夫、美佳と真一が結婚しても、私たちの関係が壊れるなんてない。これまでだって、ずっとそうだったじゃないか。
 美佳も真一も、大学生のときから考えたら、はるかにうんと大人になった。そうでなきゃ、ふたりが結婚するなんて未来を誰が想像しただろうか。きっとあの占い師にだって、当てられやしない。
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