孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子

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第1章 家族編

【6】夢

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僕は、兄様の夢を見た。
でも、それは単なる夢じゃなかった。





ここは多分、そうだ。






僕の生まれる前の世界で、
僕の知らない“過去”だ。


















僕の目の前には、ボロボロで傷だらけで、痩せ細った子供が横たわっていた。
その子は黒くてボサボサの長い髪をしていた。初めは日本人かと思ったけれど、その子供は真っ赤な目をしていたのだ。


「(...にいさま?)」


声に出そうとしても、喉からはなんの音も出なかった。でも、その子供は確かにイーゼル兄様だった。今よりも随分と幼い。

そして自分の体が透けていて、少し中に浮いていることに気づく。

...そうか、僕はこの“世界”には干渉できないんだ。
たとえ兄様がどれだけ弱っていて、傷ついていて、ひとりぼっちでも、

ここはもう“過去”だから、僕には何もできないんだ。

というか、ここはどこだろう。なんでこんなに汚くて暗い場所にボロボロの兄様がいるんだろう。
もしかして、何か犯罪に巻き込まれているのではないだろうか。

そう考えていた時、ガチャン!と音がして兄様のいる檻が開いた。入ってきたのは、貴族の格好ではないもっとラフな服を着たヒョロヒョロの男性だった。目が窪んでいてくまが濃くてまるでゾンビのようだった。

その男性はおぼつかない足取りで倒れている兄様に近寄ると、兄様の前髪を掴んで顔を上げさせた。

「(なっ...なにするんだ!!はなしてください!!いたいです!!)」

兄様を助けようともがいても、実態のない体は思うように動かず、手足をばたつかせる事しかできない。兄様は髪を引っ張られているのに表情を変える事なく、虚な瞳をしていた。

「はっ、相変わらず不気味だなァ。こーんなに痩せちまって。...おら、これが最後の食事だ。」

兄様を乱暴に床に投げたあと、そう言ってニタニタと笑いながら兄様の前に腐って変色したパンを投げ捨てた男は、「おっと、いけない。」と言ってそのパンを踏み潰した。そのわざとらしい動きが、意図的であることは明らかだった。

「(こいつーー!!やなやつ!にいさまをいじめるな!おとうさまにいってやる!)」

ジタバタ暴れるがやはりどうすることもできない。

「ちなみにそれが最後の飯だとよ。...お前はとうとう見放されたんだ。じゃあな、悪魔の子。」

ギイ、と音を立てて檻の扉が閉まる。兄様はその間一度も動くことが無かった。


そして空間がぐにゃりと歪む。

「(な、なに...!?)」

どうすることもできずに目の前の歪む世界を見つめて居ると、どうやら場所が移ったようだ。

目の前では大きな建物が業火をあげて燃えていて、その周りに騎士が集まって何やら忙しなく動いている。皆必死に救助活動をしているようだった。...あれ、あの騎士さん公爵家で見たことある気がする。
その喧騒を眺めながら、僕は兄様を探した。

「(にいさま!にいさま!!!)」

もしかしたらまだ檻の中にいるのかもしれない。あの檻がどこにあるのかはわからないが、今燃えている建物のどこかにあることは確かだった。

「(にいさま!どこ!?にいさま!!!!)」

声が出ないと分かっていても大きく口を開けて、体が動かないと分かっていても首だけは大きく回して辺りを見渡す。しかし、人が多すぎて兄様が見つからない。
次第に不安と焦りで目が潤み、視界がぼやけてしまった。それをなんとか拭って兄様を呼び続ける。

「(にいさまっ...どこ、っですか...にいさま...!)」

もしあの檻の中で、熱さに悶えていたらどうしよう。兄様の肌が焼かれて髪が燃えて、あの美しい瞳が苦痛に歪んでいたらどうしよう。
僕の優しい兄様が、苦しんでいるなんて嫌だ。

しかし今の僕には何もできない。
そんな自分が嫌で、でも兄様が苦しんでいるかもしれないのがもっともっと嫌で、苦しくて、とうとう自分の顔を覆ったその時、




遠くから声がした。






「すぐにポーションを持ってこい!!!」






それは、父の声だった。




声のする方を振り向くと、父はボロボロの服に身を包んで、いつもの優しい声とは対照的の怒号のような声で指示を出している。
そしてその腕には何かを抱いていた。




「(...あれ、は...。)」



それは確かに、黒髪の子供だった。
兄様は父に抱かれて救出されたのだ。

燃え盛る建物から距離をとった父は兄様を床に寝かして、騎士から受け取った物を兄様に飲ませている。

その必死な顔の父に、僕は安心してまた涙を流した。



しばらくして兄様は目を覚まし、その体を父が抱きしめる。




絞り出された父の「無事で良かった。」という声を遠くに聞きながら僕の意識は消えていった。








「(よかった。にいさまは、だいじょうぶだ。)」





だって、父は兄様の事をいつでも気にかけている、優しい人だから。とっても頼もしい僕たちの父だから。



だから、兄様はもう大丈夫だ。

















夢から覚めた時僕は泣いていたけれど、これはきっと安心したから流れた涙だ。あの怖くて暗い世界は、今の温かくて明るい世界に続いている。

その世界に兄様もいる。

なら、僕は僕のしたい事をするまでだと思った。









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