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第3章 お友達編
【60】禁止令
しおりを挟む北の地の滞在も残りわずかになり、ユーリと兄様とたくさん遊んで過ごした僕は帰りの馬車ではすっかり寝てしまっていた。
『アステルは寝顔も可愛いね。』
「犬は外を走れ。」
『いや!僕はアステルと居るの!!』
来る時は4人乗りだった馬車も、帰りは4人と大きな1匹に増えて、馬車の中はぎゅうぎゅうだった。あまりにぎゅうぎゅうだからユーリは兄様に魔法で大きさを変えられていた。
それでも、僕はこういう風に大好きな人に囲まれるのは心地よくて落ち着く。
一波乱あった旅行も無事に終わり、自分が何をしでかしたのかもすっかり忘れた僕は順風満帆な日々を送っていた。
そして、あっという間に季節は春になっていった。
▼
さて、春になって庭園の花は元気に咲き誇り、僕の格好のお散歩スポットになったのだった。
だけど僕は気温差の激しい季節の変わり目のせいか、しょっちゅう体調を崩してしまい、ひどいと熱を出してしまう有様だ。
前世ではそうでもなかったのに、今世の僕はどうやら体が弱いらしい。昔からよくベッドに居る気がするし。
本日も昨日から続く微熱をお医者さんに診察してもらっていたところだ。
見慣れた公爵家のお医者さんであるお爺さんは聴診器を肩にかけ、ふぅ、と一つ息を吐くとこう言った。
「アステル様のご病気は深刻なものではありません。...が。」
お医者さんは部屋にやってきていた父母、そして兄様を見渡す。その目には長年医者として勤め上げている者としての威厳があった。
「一つ、原因を挙げるとすると、
____甘やかしすぎです。」
お医者さんの厳しい言葉にその3人はギクゥと肩を上げた。
「まだ幼いアステル様が可愛くてしょうがないのは分かりますが、今は体の基礎を作る大切な時期です。何でもかんでも手を差し伸べるのではなく、免疫と体力をつけるためにもたくさんのものに触れさせてください。」
「ええ、そうね。気をつけるわ。」
「ああ、肝に銘じよう。」
母と父が肩を落としながらそう言う。
そしてお医者さんは僕に「たくさん外で遊んでくださいね」と笑いかけて去っていった。
かくして、ある決まりが設けられた。
その名も『抱っこ禁止令』である。
僕は当たり前だが大人に比べて体が小さく、歩くのが遅い。そのため必然的に大人の人に抱き上げてもらう事が多いのだ。僕がすぐに抱っこをねだってしまう抱っこ好きというのもある。
だって、抱っこしてもらったらずっと構ってもらえるし、万が一どこかに置いていかれるなんていう心配がなくて安心なんだ。
あと普通に楽だし、いつでも眠れるのも良い。
しかし、この禁止令の一番の被害者は僕ではなく兄様であった。
「でも、もしアステルが転んだりしたら...!」
兄様はなんとか禁止令が解けないかと、父に詰め寄る。
なんせ、この家で一番僕を抱っこする回数が多いのは兄様である。
この前街に出かけた時なんて、僕は外で一回も地面に足をつかなかったのだ。僕は兄様に抱っこされるのが大好きだし、最近はユーリの背中に乗せてもらうのも楽しかったから気づかなかったけど、確かにこのままでは足の筋肉が落ちてしまうだろう。
それが分かっている父は兄様に厳しく言い聞かせる。
「イーゼル。転んで怪我をするのだって悪いことばかりじゃない。転ぶことで危険を学ぶこともできるんだ。このままではアステルは転びやすい子のままだぞ。」
「一生俺が抱っこします。」
「そういう話ではない。そして、これからは野菜もしっかり食べるんだ。」
「そんなっ...!」
父は僕に向けて言ったのだが、なぜか兄様の方が顔を青くした。1日のうちにこんなに表情が変わる兄様は珍しい。
「いくらなんでも可哀想です。嫌いなものを無理やり食べさせるなんて。」
「嫌いだろうと、しっかり栄養を取らなければアステルは体が弱いままだ。」
「でも、」
「幸い今は大事に至っていないが、いつかアステルが病気を悪化させてしまうかもしれない。」
「...そう、ですが...。」
「アステルが健康でいるためだ。分かってくれイーゼル。...私達だって嫌だ。もしこれでアステルに嫌われでもしたら...!」
「大丈夫ですよ、ディラード様。アステルはきっと分かってくれます。私達の子ですもの。」
「フェルアーノ...。」
「父上、母上...。」
ひしっと肩を抱き合う親子は側から見ると、とても感動的な光景だが、当事者である僕はあまり真剣に話を聞いていなかった。ユーリとキャッチボールをして遊んでいたからだ。
これまでポーンと投げたボールは自分で取りに行っていたが、今はユーリが口で咥えて持ってきてくれるのだ。
ユーリはこれが楽しいらしく、パタパタと尻尾を振りながら僕が投げたボールを咥えて戻ってくる。やっぱりユーリは犬なのかもしれない。
『アステル!次はもっと遠くに投げて!』
ユーリがそうおねだりしたが、その後ろで兄様が仁王立ちしていた。
「犬。」
『ん?なにご主人様。ちょっと今はアステルと遊ぶのに忙しいからあとに「今後、アステルの投げたボールは取るな。」』
『えぇ!?なっなんで!?僕はアステルと遊んでるだけなのに!?』
「その遊びではアステルが運動できないだろう。」
『だってアステル走ったらすぐ疲れちゃうし...。僕いっぱい遊びたいもん...。』
「だからすぐに疲れないように日々運動するんだ。いいか?アステルの未来のためだ。」
『うぅ...分かったよ...。』
ペタン、とユーリの耳と尻尾が下がる。
こうして僕の健康増進法(?)が家の中で決められた...らしい。
▼
「にいさま、だっこしてください。」
「アステル、少し歩こう。」
「だっこ。」
「ほら、あそこまで頑張ろう。」
「やぁ...!だっこぉ...。」
「....っ.....アステル......。」
日課になりつつある庭園の散歩も、途中までは自分の足で頑張っていたけれどやはりすぐに疲れてしまった僕は兄様に抱っこをせがむ。いつもならこうして両手をあげてアピールすればすぐに抱っこしてくれたのに、むしろ僕がねだる前から「疲れてないか?抱っこしよう」って言ってくれたのに、今はただ「歩こう」と返されてしまう。
「ほら手を繋ごう。」
「...だっこがいいです。」
『ア...アステル!それじゃあ僕の背中に「犬は黙ってろ。」...でも可哀想だよ!!』
僕と兄様の周りをぐるぐると走り回るユーリ。僕だってできることなら乗りたい。でも、兄様が許してくれない。なんとか抱っこしてもらえないかとワザと同情を引いてみる。
「なんで...?あしゅ、もぉいっぱいあるいたのにぃ...。」
ただ疲れたからじゃない。
いつも僕の言うことをなんでも許してくれた兄様が突然変わってしまったことがショックなのだ。もう僕の事が面倒になっちゃったのかと思って不安になる。
「アステルっ...。すまない、俺はお前をいじめたいわけじゃないんだ。全部アステルのためだ。」
「ぼくのこと、きらいになっちゃいましたか...?」
「そんなわけない。俺は世界で一番アステルが好きだ。それは一生変わらない。」
しゃがみ込む僕をギュッと抱きしめてくれる兄様。それはいつもと変わらない大好きな兄様の温もりだった。
「分かってくれるか?アステル。俺はこの先もずっとアステルと一緒にいたいんだ。」
「...ん。」
「ありがとう。...アステルも、いっぱい走り回れたらきっと楽しいだろう。自分の足で駆け回るのは気持ちがいいからな。」
「...ぼくも、にいさまとユーリみたいに?」
「ああ。」
『そうだよ!僕と追いかけっこしようよ!』
「...わかった、ぼく、がんばる。」
立ち上がって、兄様の手をギュッと握る。
僕もたくさん走って、兄様みたいに大きくかっこよくなるんだ。
だとしても、
「とまと、や!!」
せめてトマトだけは勘弁してほしい。
「アステル...一口だけでも食べてみないか?」
「や!...とまとやぁー!」
前世から続いてトマト嫌いは残っていて、どうにもそれだけは体が受け付けない。
それにトマトを見ると、最後の日のトマトスープを思い出して気持ち悪くなるのだ。
だからたとえそれが僕の健康のためだと分かっていても...苦しさが勝る。
嫌だ、思い出したくない。
『ご主人様!アステルはわがままで食べないんじゃないんだよ。ただ、トマトだけは許してあげてよ。お願い。』
隣でおろおろと事の行く末を見守っていたユーリが僕の心を読んだのか、兄様にそうお願いする。
そのあまりに必死な様子と僕の顔色から何かを察したのか、トマトを視界から退けて僕の顔を覗き込む兄様。
「...分かった。すまないアステル。トマト以外なら食べれるか?」
「...ん。」
正直子供の舌は敏感で、他の野菜も苦くて食べたくはないが、トマトよりはマシなのでなんとか食べる。食後に、ごめんなさいと兄様に謝ると「世の中に一つくらい食べられないものがあったって死なない。無理に勧めてすまなかった。」と頭を撫でてくれた。
それから食卓にトマトが並ぶことは無かった。
嫌いなものを理解してくれて、気を遣ってくれるのが嬉しくて、あの頃の自分に“こういう家族が君にできるんだよ”と言ってあげたくて、なんだか涙が出てきた。それを兄様が辛かったからなのかと勘違いして必死に謝りながら抱っこしてくれた。
勘違いだけど、やっと抱っこしてもらえたのが嬉しくてしばらく兄様の腕の中で甘えてしまったのは許してほしい。
「ユーリも、ありがと。」
『...アステルを苦しめる記憶なんて、無くなっちゃえばいいのにね。』
ユーリがどこまで分かっているのかは知らないけど、優しい狼さんはふわふわの尻尾で僕の濡れた頬を撫でた。
「...そうだね。」
僕も、どうせなら全部忘れてから生まれ変わりたかったな。
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