74 / 74
第3章 お友達編
【66】そんなわけない
しおりを挟む兄様の社交界デビューは好調に終わったようで、社交会の次の日からすぐに兄様宛の招待状が届くようになった。
「...それなりに招待は来ると思っていたがこれほどとはな...。一体何をしてきたんだイーゼル。」
「特には何も。」
兄様が社交パーティーから帰ってきた次の日、父はどんどん積み上げられていく手紙の山に困り果てていた。対する兄様の反応はいつもの如くドライだ。
そしてなぜ僕がここにいるかというと兄様に着いてきたというか、昨日の反動で今日1日はずっと僕を抱っこしていたいという兄様の要望により一時的に『抱っこ禁止令』が解かれたため朝からずっと兄様の腕の中にいるのだ。
「招待を受けるか?」
「受けた方が良いですか?」
「まあそうだな。ウェルグンドのところは行った方がお前のためになるだろう。伯爵は...まあ近場から選んでみたらどうだ?」
「...分かりました。」
「そう嫌な顔をするな。これは各家が開催するうちうちのお茶会だから、アステルを連れて行っても問題ないぞ。」
「...ぼく?」
兄様の腕の中から父を覗く。
「そうだ。お茶会、イーゼルと一緒に行ってみないか?」
「...にいさまといっしょ?」
「ああ。」
「......なら、いきます。」
勿論家で遊べるのが一番だが、兄様が一人でお茶会とやらに行ってしまうぐらいなら着いていきたい。僕が兄様にひっついて、顔だけで兄様に近づく人は牽制しておかないと。
兄様はそういうの疎そうだし、そもそも自分の美貌を理解していない節がある。
「...幸せそうだなイーゼル。」
「幸せなので。」
そう言って僕の頭に頬を寄せる兄様は、確かに幸せそうな声だ。昨日の夜に帰ってきた兄様はそれはそれは気分が下がっていて、お出迎えした時にはすぐに手袋を外して撫でられまくった。「あぁ、癒される...可愛い...」と真顔で呟く兄様にはお疲れ様のよしよしをして元気を注入しておいた。
それからはずっと元気そうなので僕の元気注入はうまくいったようだ。
「じゃあ話は以上だ。招待状は仕分けしてから執事に届けさせる。あとはアステルと好きに遊びなさい。」
「はい。...あ、父上。」
「なんだ?」
「少ししたらヴェーデン男爵家の令嬢から手紙が届くと思うので、それは俺に渡してください。」
では、と一礼した兄様はさっさと執務室をあとにしようとする。それを父が椅子から半分立ち上がりながら必死に止めた。
「ちょ、ちょっと待て!なんだと!?」
「...ヴェーデン男爵家の方から手紙をもらう約束をしたので、頼みますと。」
「ヴェーデン...?聞いたことないな。いや、確か東の方にそんな名前の貴族がいた気が...。...ちょっと座れ。」
深刻そうな父は兄様にそう言うが、兄様はあからさまに嫌そうな顔をした。
「...アステルと過ごす予定があるので。」
「分かる!お前の最優先事項がそれなのは分かるが、少し話を聞かせてくれ!アステルも気になるよな?!」
「...にいさまの、おともだち...?」
まさか本当に婚約者候補を見つけたのか...?と震える声で尋ねる。
一目惚れとかだったら嫌だな...。せめて友達であってほしい。
「友達ではない。」
「っ...じゃ、じゃあ、こんやく「小麦の話をしただけだ。」...え?」
「小麦の話?」
父と僕が疑問符を浮かべる。ふぅと息を吐いた兄様はドサっとソファに腰を下ろす。僕はその膝の上で兄様を見上げる。すると僕が相当変な顔をしていたのか、そっと頬を撫でられた。手袋のない、兄様の手の体温が直に伝わってくる。
「...そんな不安そうな顔をするな。何か勘違いしているようだが、その男爵令嬢とはたまたま席を共にして、お菓子作りに使う小麦の話を聞いただけだ。」
「...おかしづくりに?」
「ああ。季節や場所によって取れる小麦の性質が変わり、お菓子の種類によって適したものがあるそうだ。その情報をまとめて、手紙を送ってくれると言ってくれたから頼んだ。アステルは最近お菓子へのこだわりが増えてきただろう?」
「...ぼくの、ため...?」
「俺がすることは全てアステルのためだ。それ以外はやる意味がない。」
分かったか?ともう一度頬を撫でる兄様に安心して、はい!と頷く。
良かった。婚約者じゃ無かった。
それに、僕のためだった!
「...はぁ...なんだ...そういうことか。まあ、そうだろうな...。」
焦って疲れてしまった父は浮かせていた腰を椅子に沈めて項垂れる。
「...じゃあ、今回のパーティーでは特に何も無かったんだな?」
「何も、とは?」
「良い雰囲気の令嬢だ。ダンスを誘ったりしなかったのか?」
「ダンスはずっと見てました。シェンベルや殿下と話しながら。殿下は一度踊ってましたけど。」
「よりによってその3人か...。令嬢達はがっかりだろうな...。」
公爵と皇太子が誰も令嬢を誘わなかったとなると、玉の輿を狙う女性達はさぞやきもきしただろう。しかし、そんな事はどうでもいいらしい兄様はさっさと会話を切り上げる。
「そうなんですね。では失礼します。」
僕を抱えて立ち上がると、今度こそ執務室を後にした。
一瞬もしやと心配してしまったけれど、兄様に春はまだ来ないらしい。
『本当は来てほしくないんでしょ?』
いつの間にか横を歩くユーリが兄様に聞こえないようにコソッと告げる。いたずらっ子の顔だ。
その言葉があまりに図星だからむぅっとむくれる。
「(...だって、ぼくのにいさまだもん。)」
まだ兄離れには早い時期だから、たくさん甘えさせてほしい。そして、できればそれが永遠に続いてほしい。
...永遠なんて、無いとわかっていても。
「アステル?」
「...ぼくのにいさまだもん。」
「ああ。俺はアステルの兄だ。」
終わりを覚悟しておけば、傷は小さくて済む。これは、僕が前世で学んだとっても大事な事だ。それだけは頭のどこかに常にある。
だから今世ではちゃんと心にとどめておく。
もう自分が傷つくような愚かな期待なんてしないように。
▼
「犬。ちょっと来い。」
『またぁ?』
お腹が空いたから食堂で少しご飯を分けてもらって、アステルの部屋に帰る途中暗がりからご主人様に呼び止められる。普通に気配が全く無いのが恐ろしい。その上真顔だから、これでよくアステルに怖がられないなと思う。
ま、アステルには別人のようにデレデレの笑顔で近寄るからなぁ。
『もぉー僕にはユーリっていう大事な名前があるんですけど!』
声をかけられた後に、尻尾を掴まれてご主人様の部屋に引きずられてきた僕はそう怒る。
ご主人様はいつまで経っても僕の事を犬と呼ぶ。
僕はれっきとした狼なのに!それも神獣の!!
まあ、その僕を従魔にしちゃうくらいだからもうご主人様には逆らえないんだけど。
というかなんの話だろう。僕と話すくらいならアステルと一緒にいたいとか言い出しそうな人なのに。
「...お前、アステルについて何か知っているか?」
『アステルについて?いやいや、ご主人様の方がよっぽど詳しいでしょ。起きる時間から食の好みまでバッチリ把握してるし。』
「俺はアステルが生まれた頃から一緒にいるのだから当たり前だ。だがそういうことでは無い。アステルの事であって、...アステルでは無い事だ。」
『...というと?』
「時々アステルは妙に遠くを見つめるような...大人のような顔をする。昔はアステルは賢いから色々な事を考えているのかもしれないと思っていたが...最近、それとは少し違う気がしてきた。
______その表情の時、アステルはアステルであって、アステルでない...別の誰かに見える。」
『別人格とか?』
「そう言われた方が納得する。たとえ人格がいくつあろうと、それでアステルが困っていないのならいいんだ。しかし、“別の誰か”の時のアステルは...すごく寂しそうだ。」
アステルの前以外では表情を変えないご主人様は、グッと眉間に皺を寄せた。
アステルの寂しさを、アステルの心の穴を埋められない自分を許せないとでも言うように。
...いいやそれもあるが、その事をご主人様に言わないアステルとアステルに頼られない自分に憤りを感じているんだ。
「...犬、お前は心が読めるんだろう。」
『読めるけど、全部じゃないよ。...でも、そうだね。アステルは時々とても強い孤独を感じているよ。この順風満帆な家で生まれ育ったにしては、大きすぎる孤独だ。』
「...誰の、仕業だ?」
ユラっと景色が歪むほどの熱気は、感情を読まなくとも伝わるご主人様の怒りによって漏れ出た魔力だった。
『...アステルが言わないなら、僕も言わない。』
「言え。」
地を這うような声。
そんじょそこらの人間なら、殺されそうなこの気迫にビビって泡を吹いて倒れるだろう。
僕は伊達に何百年も生きてないから、平気だけど。
『嫌だ。僕はご主人様の従魔になる前に、アステルと友達になったんだ。友達がして欲しくないことはしない。』
「............。」
それは、何があっても譲れない。
アステルは僕の唯一無二の友達だから。アステルを1番大切にするんだ。ここで保身のために勝手な事をして嫌われたらたまったもんじゃない。たとえその赤目で殺意を向けられたとしても僕は何も言わないよ。
すると、諦めたのかスゥッと魔力を収めたご主人様は、先ほどの声とは打って変わって酷く弱々しい声を出した。
「...アステルは、大丈夫なのか。」
『僕だってアステルにはなんの憂いもなく光の中で笑っていてほしいよ。でも、本当に詳しいことは知らないんだ。きっと無理矢理にでも覗いたら分かるのかもしれないけど、それも僕の“友達”としての礼儀に反するからしない。』
そう告げて赤い目を見つめ返す。
そこには、滅多に見れないであろう不安が渦巻いていた。僕も別にアステルの大切な人をいじめたいわけではないから、少しだけ付け加えておく。
『...ただ、僕の勘が当たるなら、この問題はそう遠くないうちに終わりが来るよ。そんな気がする。』
「それは、良い方にか。」
『さぁね。僕は未来予知なんてできない。だから僕もご主人様と一緒だよ。...アステルの幸せを願って、そのために考えて動くことしかできないし、そうすべきだ。』
「...そうか。」
納得してくれたのかご主人様は静かに頷くと、僕を部屋の外へ追い出してさっさと扉を閉めてしまった。
急に引き摺り込んどいてなんて扱いだ!
もういい、こうなったらアステルに慰めてもらおう!
1,921
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(85件)
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
とても楽しく、あっという間に読んでしまいました。更新楽しみにしていますが、間があいてるようなので心配です。体調等無理なさらないように・・・
とても楽しく、あっという間に読んでしまいました。更新楽しみにしていますが、間があいてるようなので心配です。体調等無理なさらないように・・・
退会済ユーザのコメントです
お読みいただきありがとうございます😊!
自分が書いてて楽しい人物ばかりなので、そう言っていただけて嬉しいです❣️❣️