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第2話 部屋を探る

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ママとサリが部屋で騒いでいる間に、お医者様がやってきた。

白髪に白い髭を蓄えたおじいちゃん先生。
手首で脈をはかり終えると、私の顔をじーっと観察しながら、質問していく。

「うむ。お嬢さんには記憶がないようです。これは記憶喪失ですな。頭を打ったり、精神的なダメージを受けたり、何かきっかけはありましたか?」

「うーん、いいえ。ただベッドで眠っていたら別の場所に別人としていた感じですかね?」

お医者様も私の言っている意味がわからないようで、ムムッとした顔。
「お嬢さんは、混乱しているのでしょう。
しばらく安静にして、あとは生活しながら、記憶が戻るのを待つしかないでしょうな。
記憶が戻るかどうかはわかりませんが。」
そう言ってお医者様は帰って行った。

薬を出されるでもなく、結局は何もわからなかった。

それでも私は動揺しなかった。
夢は覚めるものだから、現実の私が目覚めればいいはず。

朝から寝坊したせいで、ババは仕事、兄、姉は学校へ出かけてしまったようだ。

サリから聞いた情報によれば、私は十三歳。
二つ上の姉と同じ学校へ通っているらしい。
兄はその上の専門的な学校に通っている。

私が通うのは十三歳から十五歳までが通う学校だ。
誰でも入れる学校、下位貴族や裕福な平民が通う学校、高位貴族が通う学校の三タイプがある。

姉と私は、下位貴族や裕福な平民が通うアマーヤ学院へ通っている。
我が家は商会を経営する裕福な平民といったところか。
我が家の扱う商品のターゲットはまさに、学院の生徒やその親だったりする。

学院へ通い、人間関係を築くともに、好みを把握してこいといったところなのだろう。

サリ曰く、ジャスミン姉さんと私は『ランドリー家の美人姉妹』としと有名らしい。
ひぇ~って感じよ。
勝手にそんなこと言われてもねぇ。

我が家の服を姉妹で着ていけば、それだけでよい宣伝になりそうだ。
だが、学院は制服がある。残念。

私、カスミン・ランドリーは、十三歳。
天宮 佳純は二十一歳だったから、八歳も若返ったわけだ。

しかも今の私は可憐な少女。
色白で、折れそうなほど華奢な体。
柔らかい栗色の髪に、濃い碧の瞳。
背がぐぅーんと伸びて、あちこち成長すれば、モデルにでもなれそう。

もう授業も始まっている時間。
まだ混乱しているだろうからと、今日はゆっくり家で過ごすことになった。
明日からは学校へ通わなければならない。

幸いなことに私は入学したばかり。
昨日が入学式で、今日から授業開始。
今日、私は休んでしまったが、まだみんな会ったばかりで交流関係もこれからだろう。

何とかなるんじゃない?
そう思うことにした。

サリが出してくれた楽なワンピースに着替える。
顔を濡らしたタオルで拭うと、サリが髪を優しくといて、ゆるく結んでくれた。
この髪型ならば、そのまま横になっても大丈夫だ。

サリが退室すると、私はすぐに行動した。

失くした記憶を埋めるべく、部屋をガサゴソと探る。
本棚に並ぶ恋愛小説、刺繍や裁縫の本をペラベラ捲る。

恋愛小説は、手が触れてドキドキ、告白するのかしないのかみたいな淡い恋の話。
うん、淡い淡い、純粋だな。

クローゼットにかかる洋服はどれも柔らかな生地で、着心地がよさそうだ。
ほとんどがワンピースで、数枚だけスカートとブラウスがある。

キレイな色の生地だったり、小さな刺繍が入っていたり、清楚で可愛らしい感じ。
スボンはないのね……

今朝はネグリジェだったけど、パジャマはあるのかしら?
棚の上段には下着とネグリジェ。
パジャマらしきものは見当たらない。

パジャマがなくても、Tシャツと短パンみつな楽な格好で眠れたらいいのにな。
私は寝相が悪いから、お腹を出して寝て、風邪ひきそう。

棚の下の段には、バッグや小物が入っていた。
バッグの中に、明らかに手作りとわかる縫目の荒い布製のバッグを発見!

これはーー店頭に並ぶ商品とは思えない。
もしや私の作品?
だとしたら、カスミンはかなり不器用?
不安になる。

自分で何か作ってみたいのだが、ミシンも裁縫道具も出てこない。
サリに聞こうと、ベルを鳴らす。

しばらくして、サリが部屋へやってきた。

「あのー、このバッグって、私が作ったのかしら?」
聞いたはいいが、ドキドキする。
だってね、年齢的なとこを考慮しても、ちょっとねって思うのよ。
これはないなって。

「ああ、そのバッグはジャスミン様が幼少期に作り、カスミン様へプレゼントしたものですよ。」

「まぁ、そうなのね。姉さんが幼少期に。なるほど。」
姉さんからの手作りのプレゼント。
昔もらったものを大切に保管している。
姉妹の関係は良好なのかな。

「サリ、私の裁縫道具を知らない? 私も何か作ってみようかと思って。」

「お嬢様は裁縫なさいません。」

「えっ、そうなの?」
部屋に裁縫道具がないから、おかしいと思っていたのよね。
でも、服飾業を営む家の娘が裁縫をしないのは、不自然じゃないのかな。
姉さんは、幼少期から縫い物をしているわけだし、なぜ私が裁縫をしないのかわからない。

まぁいいか。
サリにお願いして裁縫道具を準備してもらうことにした。

「お嬢様は、レンとロンを覚えてますか?」

「レン? ロン?」

「そう、レンとロンです。
レンはジーン様とロンはカスミン様と同じ学年になります。
工房長の息子たちで、お嬢様にとっては幼馴染みといえますね。」

「幼馴染み……そのロンくんも私と同じ学校なの?」

「はい。やはり覚えてないようですね。
お嬢様は『ロン』と呼んでいましたよ。」

「そう。明日からの学校は大丈夫かしら……」

「何とかなりますよ。
ロンはお嬢様と同じクラスになったそうです。
今日中にはお嬢様ぎ記憶を失ったことを聞かされるでしょうから、助けてくれるはずです。」



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