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4.知らない方がいいこともある
しおりを挟むなんだかんだで無事に撮影が終わり純太はルイと鷹宮、そしてスタッフの見送りまでやり遂げる。その後はひたすらにスタジオの片付けをして、最終報告を上司に連絡し『お疲れ様、そのまま帰宅してね』と伝えられた安堵から1人ガッツポーズをした後、スタジオから退出した。
「藤白くん」
「え?」
裏口から出たところで、名前を呼ばれ振り返ると、そこにはいつものスーツ姿ではない私服の鷹宮が立っており、ぶんぶんと純太に手を振っていた。
「鷹宮さっ……」
「シーっ、こっちきて」
キョロキョロと周りの目を気にしながら鷹宮が、おいでおいでと手をこまねく。呼ばれるがままに近づく純太、彼には警戒心というものがないのだろうか。
「おつかれさま」
「お疲れ様です!」
「急なんだけど、今から時間あるかな?」
「? はい、あと帰るだけなので」
「よかった、じゃあ行こう」
どこへ? の顔をした純太を連れて、芸能人御用達っぽい、個室居酒屋に連れて行く鷹宮はどこか浮き足立っている。
案内された個室の席は向かい合いではなく、隣に座るスタイルで、注文を配膳するにも小窓からと、かなり客の顔を店員が見ないように工夫がされており、初めてのシステムに純太は驚きを隠せない。
「す、すごいお店ですね」
「ごめんね、どうしても人目が気になっちゃって。会員制のお店だけど普通の居酒屋だから、気にしないでね」
「わかりました!」
「ふふ、今日は本当にお疲れ様。初現場完遂お祝いしたくてさ」
鷹宮の言葉で、完全に緊張の糸が解けた純太の目から、ほろりと涙が一粒溢れた。
「ありがとうございます……僕、本当に周りの方に恵まれて……」
「そうだね。でもその人たちを惹きつける魅力がある藤白くんもすごいと思うよ」
「そんな……」
そんなことないですと、涙を拭いながら言おうとした純太は思ったよりも鷹宮と自分の顔の距離が近いのに気付き、今の今まで忘れていた『例の声』を思い出して、体がピタリと固まってしまう。
「そうだ、乾杯しよう!」
「あ、はい!」
なんとなく純太が自分を意識したことに気づいた鷹宮は緊張を和らげるよう、お酒をすすめてみるも乾杯の1杯だけで、みるみるうちに純太は出来上がってしまった。
「だーーかーーらーー、本当にサクラさんの演技は最っ高なんです!」
「へぇーそうなんだ」
(1杯しか飲んでないのに凄い絡み酒……そして話題は戦隊もの、というかサクラ1色)
鷹宮は嬉しいやら恥ずかしいやらで、酔ったわけではないのに頬をほんのり赤く染めた。実はご本人様が目の前にいるなんて思いもしない純太は戦隊ヒーローへの、そしてサクラへの思いを熱く語り続ける。
(あー、でもこんなに自分の演技を見てくれてる人がいるなんて、僕は幸せだな)
「それで、1回だけ舞台挨拶で握手したら、声掛けてもらえたんれすよぉ、僕めちゃくちゃうれしくてぇ」
ファンからの純粋な気持ちを受け止めつつ、ちょっとしたサービスがしたくなってしまった鷹宮は純太の耳元で囁く。
「それってこんなかんじ? 『応援ありがとう』」
「っ!!!」
あの日聞いた声と似ている声に、カァッと耳元まで赤くなる純太。まるで憧れのサクラが囁いたような声だ! と思ったのだろう。囁かれた方の耳を手で押さえながら目の前にいる鷹宮が大好きなキャラと重なって見えた。
しかし酔っているので、それが本人だと気づくことはなく、さらに鷹宮が何故だか自分にどんどん近寄ってくるので、ジリジリっと後ずさるも、すぐ後ろにあった壁で頭を思いっきり打ちつけてしまう。
「そんなに怯えなくても」
「あ、いや……その」
「取って食べたりしないから」
ぐいっと手を引いた鷹宮が耳に、ふーっと息を吹きかけ、純太はゾワァっとした。
そして、あの罪悪感を思い出す。そう、初めて声を聞いた時に抱いた感情。これを知られたらまずいと、酔っ払いながらも自己防衛が働き純太は鷹宮の飲みかけの強いお酒を一気に煽った。
「あっ!」
「ふぇ……」
お酒の強くない純太は急激なアルコール摂取で、パタンとそのまま潰れてしまい、止め損ねた鷹宮の手が行き場を失い、宙を掴む。
「これは……もしかして、もしかしなくても、やりすぎた、のかな?」
反応が可愛くてついつい、いじめ過ぎてしまった鷹宮。まるで小学生のようだ。
「ごめんね藤白くん、聞こえる? おーい……だめだ、完全にダウンしてる。うーん、明日は休みって言ってたけど……」
参ったなぁ。と呟く鷹宮の顔はニヤけており、どう見ても困っている様子ではない。
翌朝、純太が目覚めたのは見知らぬベッドで、面前には半裸のルイが寝ていた。
「え?」
「あ、起きたかー、おはよワンコ」
「は? え?」
酔いは覚めているが全く昨夜の記憶がないため、現状を把握しきれない純太は飛び起きて頭を抱える。
「かわいそうに、社長にお持ち帰りされたんだって」
「えっ!!!」
「こら、人聞きの悪いこと言わない!」
シャワーを浴びてきた様子の鷹宮までもが半裸で現れて、さらにパニックに陥るも撮影前にお姉さま方が話していた噂話を純太は思い出した。
「鷹宮さんが大手事務所辞めて、独立してルイくんと事務所立ち上げたのってさーー」
「あ、知ってる、愛の巣を守るためって噂ね」
「えー、2人ってそういう関係? でもあのビジュなら推せるーー!」
(まさかの愛の巣に、酔いつぶれて、自分はお邪魔してるってこと……!?)
自覚するや否や、ズサーーーっ! とその場で土下座をする純太に、目を丸くするイケメン達。
「すすす、すいませんっ!!! お二人の愛の巣に!! こんな一般人が!! 絶対ここに来たこと口外しません!!」
「ぷっ……!!」
「こら、ルイ笑わない」
「いやいやいや、笑うでしょ!」
大爆笑しているルイ。対して涙でベショベショの顔した純太。相対的な2人の様子を見て、困った顔をする鷹宮。
「うん、色んな噂があるよね。大丈夫、藤白くん。僕とルイは一緒に住んでるけど、そういう関係じゃないから」
「そうそう、社長のタイプはおま……」
ズバンっ! とルイの顔面に投げられたタオルが、台詞を最後まで言わせない。
「ルイ、顔を洗ってきたらどうだ?」
「……売れっ子モデルの顔にタオル投げる社長ってありなのかよ……」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもありませーん」
しぶしぶ退室していくルイを見送り、未だに頭を下げたままの純太の肩を持って、鷹宮は顔を上げさせる。
「昨日はごめんね、飲ませすぎちゃったみたいで」
「僕こそ潰れてしまったみたいで、すいません。しかもたぶん、めっちゃ喋りましたよね。僕」
「うん、戦隊愛すごかったよ」
「ぅ……本当にすいません」
「なんで? めちゃくちゃ僕は楽しかったよ」
鷹宮の優しさが沁みた純太は、キュンっと胸が高鳴る。
「それより、親御さんとかに連絡しなくて大丈夫かな?」
「それは大丈夫です! 僕一人暮らしなので!」
「そうなんだー」
「……さりげなくリサーチしてるの、こえー」
懲りずに少し離れたところで見ていたルイがそう呟くが、純太には聞こえてない。
その後、シャワーも借りて朝ご飯も食べさせてもらった純太は、これ以上長居できないと早々に身支度を始める。名残惜しそうな2人は、あの手この手で引き留めようとするが失敗に終わったようだ。
「またこいよ、ワンコ」
「そんな! 申し訳ないです……朝ごはんまでご馳走になっちゃって」
「気にしないで。本当に、僕もまた来て欲しいな」
2人のイケメンが、見送りにきているだけでもすごいのに、また来てねと交互に頭を撫でられている。ファンが見たら卒倒しそうな状況である。
「ありがとうございます、お2人のご活躍いちファンとして、これから推していきますね!」
2人的にはプライベートで仲良くしたいと誘っているのだが、もちろん気づかない純太。
しかしあまり強く態度に出すと昨日のようなことになりかねないので、鷹宮は言いたいことをグッと耐え、そのまま大人しく見送った。
「あいつ、昨日なんで3人で寝たか知ったら……」
「……内緒にしておこう」
何故こうなったのか、真実はこうだ。昨夜酔っ払って意識のなかった純太は鷹宮に抱っこで運ばれたのだが、家に着くと起きた様子だったので下ろそうとするも、何故か鷹宮にくっつき虫で離れなくなってしまっていたのだ。
さすがの鷹宮も正気でない純太に手を出すわけにもいかないので入浴は諦め、自室で寝ていたルイを呼び、3人でも寝られる大きなベッドで仲良く寝たのだが、もちろん純太本人は、このことを知る由もない。
「藤白くんかわいかったなぁ」
「あいつ可愛いよなぁ」
2人は同時につぶやき、はたと顔を見合わせる。
そんなことも昨日のことも、なーんにも知らない純太はルンルンでタワマンから出て、豪華なエントランスや外観に興奮するも、こぢんまりとした自分のアパートの方が心から休まることにだけは気づくのだった。
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