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第一章

情報

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 ヘリオストロープでエメリック兄様に色々教わり、あたしはこの世界の事を何も知らないのだと痛感した。なので情報収集をする事にした。方法としてはお茶会で盗み聞きだ。
 この世界の貴族の御婦人達はしょっちゅうお茶会を開いている。子供にとっては親の世間話なんて退屈でしかないから、今までは面倒くさがって行かなかったり、行ってもさっさと席を離れて庭で遊んでいたりしたけど、今となっては奥さん方の噂話は世の中を知るのにうってつけなのだ。

 今日はセルシスカナ侯爵夫人にお呼ばれしている。
 応接間でテーブルを囲み、お茶とお菓子を頂く。

「そういえば先日ヘリオストロープへ伺ったんですのよ」

 セルシスカナ侯爵夫人がお母様に話し掛けた。

「まぁそうでしたの。邸を訪ねて頂ければおもてなし致しましたのに」
「いえいえ、領地からの帰りに立ち寄っただけですのでお気になさらないでください。とっても良い街でしたわ」
「ありがとうございます。そう言って頂けると父も喜びます」
「ヘリオストロープ公が国王になられていたら、ラプソンももっと良い街になっていただろうと主人も申しておりましたわ」

 ん? お爺様が国王に? 次男なのに??

「畏れ多いですわ。陛下が立派に治めていらっしゃいますし」
「もちろんです。それでもやはりそう考えてしまう者は今も多いのですよ」
「父は政治に興味がありませんのよ」

 小春日和の庭では招待客の子供達が遊んでいて、時折声が聞こえる。

「あらキャロル、お菓子が食べ終わったのなら遊びに行って来たら?」

 いつもなら率先して部屋を出て行くあたしがまだいる事を不思議に思ったお母様に、そう言われてしまった。
 半年前に死にかけたばっかりだし、ここで具合が悪いから遊ばないとか言ったら、即撤収の上しばらく外出できなくなるかも知れない……。1人で出掛ける事のできないあたしにとって、お母様に連れられて行くお茶会は唯一の外部との繋がりだからそれは避けたい。
 仕方なく母に従う事にする。

「はい。お母様」

 お爺様の話もっと聞きたかったのになぁ。

 ガーデンチェアに腰掛け、庭で遊ぶ子供達を眺める。
 あたし極度の面食いだから、子供であっても見目の麗しくない子は愛でる気になれないのよね……。エメリック兄様とジスラン兄様は容貌が整っているし優しいから一緒にいて楽しかったけど、あそこでデカいカタツムリ見せびらかしてる子、ああいう子とか本当無理。あれ、何が楽しいんだろ……。女の子達ドン引きじゃないの。しかもそれ寄生虫いるからね?

 毎回こんな無駄な時間を過ごす訳にはいかないわ。何か作戦を立てなければ。



 あたしは次のお茶会で、遊ばなくてもごまかしが効く様、本を持参する事にした。大人がお茶会で本を読んでいたりしたら滅茶苦茶感じ悪いだろうけど、子供ならたぶん許されるだろう。デカいカタツムリが許されて本が許されない訳がない。

 お茶会が始まり、お菓子を食べ終えると早々に席を外す。
 会話が聞こえる死角に陣取って本を広げ、本に集中している振りをしつつ耳はダンボだ。

 今日の御婦人達は、あの人があの人のサロンに行った、あの人のサロンにあの人が招かれた、という話をしている。
 サロンとは女主人が主催する少人数の夜会だ。女主人に気に入られた人や社交界で影響力の強い人が招かれるらしい。

「伯爵夫人のオデット様と男爵夫人のユゲット様のサロンにご招待頂いたのですが、あいにく同じ日でどちらに行こうか迷っておりますの。マルティーヌ様はどう思われます?」

 お母様が水を向けられた。
 サロンは1度行ったら会員の様になるというものでもなく、他のサロンとかぶれば断わったりもする。どちらへ行ってどちらを断るか、それによって社交界での評価が変わって来るらしくお母様もよく悩んでいる。

「私でしたらユゲット様の方へ行きますかしら」

 ほう。お母様の行くお茶会は侯爵夫人か伯爵夫人の所が多いから、伯爵夫人の方を選ぶと思った。

「どうしてかお聞きしても?」
「ユゲット様は最近、文学者の方々と交流されていらっしゃる様ですので、良いお話が聞けるのではないかしら」

 へぇ。サロン選びは爵位に関係なく内容重視なのか。そりゃ侯爵夫人のお母様でも気が抜けないところだわね。

「まぁそうですの。マルティーヌ様にお聞きして良かったわ」
「わたくしぜひ1度マルティーヌ様のサロンにお邪魔したいですわ」
「ええ、わたくしも」

 お母様は曖昧に微笑んで確約を避けた。
 招く側は呼べた客でその人の評価が決まるらしいから、呼んで欲しいと言われたから呼ぶという訳にはいかないんだろうな。




 今日はお母様のサロンの日だ。
 この身体は夕食を食べると眠くなってしまうので、今日は眠くならない様にしっかりお昼寝をした。
 ちなみにお父様は今日もまだ帰っていない。
 
 あたしはお母様と2人で夕食をとった後、早々に眠いアピールをした。

「今日はもう寝ます。お休みなさい」
「お休みなさいキャロル」

 自室で寝支度を済ませて布団に入り、アメリーを下がらせた。
 布団の中にクッションを詰め込んで人の形にしたら準備完了だ。

 実は前回、事前に窓をこっそり開けておいて外から聞き耳を立てたけど、あまりに寒くて早々に諦めた。その為、今回はがっつり潜入する事にした。
 使用人達の目を盗んで応接間に行き、カーテンと窓の間に身を隠す。すると早速、部屋に人が入って来た。
 あぶないあぶない。

「キャロルは元気か?」
「ええ。今日は昼間遊び疲れたみたいでもう寝ました」
「そうか」

 あたしが隠れているカーテンの、すぐ前にあるソファに座ったのはお母様と伯父様らしい。
 伯父様、海外から戻られたのね。久しぶりだわ。

「それにしてもキャロルまで王太子の婚約者になるなんてな……お父様は反対しただろう?」

 キャロル『まで』?

「ええ。その為1度はお断りもしたのですけどね……」
「お前が婚約破棄された時のお父様は見ていられないほど後悔していたからな」

 なんですと!?

「キャロルには好きな相手と結婚させてやりたいと仰っていたから様子を見ていたが……よりによって……こんな事ならさっさとジスランとの婚約を決めてしまえば良かった」

 ふぁ!?

「でも殿下を好きになったのはキャロルの方ですのよ」
「キャロルが!?」
「ですから最終的にシアンを黙らせてくれたのはお父様なのです」
「そうか……お前の様なつらい想いをしなければいいのだが……この先何があるか分からんから、キャロルの結婚が正式に決――」

 部屋のドアがノックされ、招待客が続々と部屋に通されてこの話は終了した。

 情報過多。

 その後はアルコンスィ伯爵の嫡男が結婚できなさそうだとか、ハイドレイン男爵がまた愛人と子供を作ったらしいといった情報を挟みながら、文学や音楽家の話をしていた。

 伯爵家の嫡男が結婚できないなんてよっぽど見目か性格が悪いんだろうなぁ……

 立ちっぱなしつらいな~、次回は座れる場所を確保しよう。

 はっ違う! ちょっと現実逃避してた。

 お母様って王太子の婚約者だったの!? それってフィリベールのお父さんだよね? しかも1度断ったって何だ? あたしの我儘で決まった婚約ではなかったの?
 シアンって、キスどきゅのジスランルートの悪役令嬢の名字なんだけど、何か関係あるのかしら……
 訳が分からぬ……



 翌日、隙を見てお母様付きの侍女ドミニクを捕まえた。
 ドミニクはお母様が実家にいた頃からの侍女だから、結婚する前のお母様にも詳しいはずだ。

「ね、お母様は王太子の婚約者だったの?」
「お嬢様どうしてそれを……?」

 やっぱりそうなのか。

「う、噂で聞いたの」

 盗み聞きとは言えない。

「そうですか……そのお話は奥様にはお尋ねにならない方がよろしいかと存じます。あまり思い出されたくないでしょうから……」
「じゃあドミニクが教えて。お母様はつらい想いをしたの?」
「ええ。政略結婚とはいえ奥様はずっと陛下のお力になる為の努力をされていらっしゃいましたから。王妃教育も積極的に受けておられましたし、理不尽な婚約破棄に大変泣かれた様です」
「そうなの……」

 理不尽ていうのは国王が王妃を好きになって振られたって事かな? ゲームのカロリーヌはヒロインを殺そうとしたけど、お母様は泣き寝入りだったのか……
 それにしても親子二代で王子に振られるとは……

「あと、シアンって誰か知ってる?」
「侯爵のお名前でしょうか? そういった事はスチュアートが詳しいかと思います」
「そっか、ありがとう」
「あの、私からお聞きになったという事は――」
「うん。言わない!」

 あたしはドミニクの言葉を遮って大きく頷いた。


 次は執事のスチュアートね。
 スチュアートは紳士なおじさまだ。代々ピーコメック家に仕えていて、彼のお父さんもまだお爺様の右腕としてジェイドバイン侯領で執事をしている。

「スチュアート! 質問があるの」
「何でございましょうお嬢様」
「シアンって誰か知ってる?」
「グロリオス侯爵で今とその前の宰相の姓でございますね」
「その人、お爺様に黙らせて貰わないとならない人なの?」
「そうですね……自分の息のかかった者を要職に据えたり、国王陛下の反対すら押し切って息子を宰相にしてしまったりと、傍若無人な振舞いをしていた様です」
「シアンは私の婚約を反対してたの?」
「ええ……現宰相の娘のエドウィージュ嬢をフィリベール殿下の婚約者にしようと目論んでいた様ですね」

 なるほど……カロリーヌはお爺様の反対した政略結婚に自ら突っ込んで行ったって事なのか。それで孫に甘いお爺様が何かしたぽい。そしてやっぱり、キスどきゅの悪役令嬢、エドウィージュ・シアンの家だった。

「お父様はこのこと知ってるのよね?」
「もちろんです。陛下から最初にお嬢様の婚約を打診されたのは旦那様ですから。悩まれておいででした」

 そりゃそうだよねぇ。政治の為とはいえ、かつて自分の奥さんを手酷く振った男に1人娘をよこせって言われたら気分良くないよね。

「悪い事しちゃったな……」

 お父様にも、お母様にも、お爺様にも……

「その様な事はございません。これからは旦那様のお仕事も楽になると思いますよ」
「ありがとう……」

 それだけが救いだよね。フィリベールとの婚約は折を見て解消してもらおう。

「私がこのこと知ってるってお父様とお母様には内緒にしてくれる?」
「畏まりました」

「あと……スチュアートっていくつ?」
「30歳です」

 え!? 転生前のあたしと同い年!? ……苦労してるのね。

「結婚してるの?」
「はい。子供もおります」
「いくつ?」
「9歳です」

 え!? 同い年!? 

「見た事ないけど……」
「はい。私の父と共にジェイドバインにおります」

 聞いてみないと分からない事は多い。……でも何で別居しているのとは聞きにくい。

「そうだ、貴族の名前が分かる様な資料ってない?」

 盗み聞きする際、ちょこちょこ知らない名前が出て来て会話について行けなくなる事が多いから、ある程度、人名や繋がりを知っておきたいのよね。

「でしたら後ほど名鑑をお部屋にお持ちします」
「ありがとう」

 その後、スチュアートが部屋に持って来てくれた貴族名鑑は、爵位と名前だけでなく、家系図も載っている優れものだった。これがあれば家と家の繋がりも分かる。

 ベッドで俯せになりペラペラとページをめくる。

 む? ハイドレイン男爵の奥さんって侯爵家出身なの? 愛人が何人もいる様な感じだったけど、奥さんや実家の人達は怒らないんだろうか……気になる。

 この日から、貴族名鑑を読むのが趣味となった。
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