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のんきな兎は想う
「本当に少ないんだね。じゃあ行こうか。あぁ、そうだ。鍵も預かるよ。」
レイルさんに手を差し出され、何を言われているのか分からなかった。レイルさんの手と顔を交互に見る僕に、
「この家の鍵だよ。それと、これが君の家の鍵だよ。」
そう言われて、手渡された鍵を受け取り、持っていた鍵を握り締める。これを渡してしまったら、もう、ここに帰ってくることはできない。それを突き付けられていることに目の前が暗くなる。どうしても、渡すことができない僕に、レイルさんは困ったように笑った。
「ウルル君、渡してくれるね?」
優しい口調の中、どこか圧を感じる言葉に、身体がビクつく。震える手で握り締めた鍵を前へ出した。それをスルッと指で摘まみ上げて懐にしまったレイルさんは、僕の荷物も取ると歩き始めた。僕は、息が速くなるのを感じながら、一歩一歩レイルさんに続くように歩く。
足が重くなり遠い道のりのように感じていたが、進むごとに、もともと住んでいた僕の家に近付いていく。視界にその姿を捉えて、扉の前に立った時、震える指で鍵を回す。扉を開けたのは自分なのに、開いたことに絶望を感じた。
「明日は休みだろう?ゆっくりするといい。」
レイル様は僕の頭を撫でて、微笑みながらそう言うと、荷物を手渡してきた。そして、背を向けるとそのまま立ち去ったのだった。
僕は、家の中で力を失くしたようにペタンと座り込んだ。
「ロイ……。ギュってして……。」
揺れる視界をそのままに、頬に流れる熱いものを拭う気力もなくて、その場に蹲った。
……どれくらい時間が過ぎたんだろう。外はもう真っ暗で、お腹も空いていない。悲しくて悲しくて、ロイに会いたくてたまらないのに、ロイに会っていいのかすらも分からなくなってしまった。
「もう、ロイのいるおうちに帰れない……。」
鍵も渡しちゃった、もうあのおうちに入ることができない……。頭の中がぐちゃぐちゃになって、荷物もそのままに、整えられているベッドに潜り込む。ロイの匂いがしない冷たいシーツ。涙が出てきて顔を押し付けた。
時間だけが過ぎて行って、明るくなってきた外をボーっと見つめる。今日は、トレイル様に休むように言われたから仕事もない。
僕は、のろのろと荷物を開けて、中から瓶を取り出す。ロイに買ってもらった光飴。もう半分もなくなってしまったが、光を受けてキラキラしている。一粒取り出して口に入れると、甘味が広がって美味しい。美味しいはずなのに、目が熱くなってぽたぽたと雫が落ちてくる。瓶を抱き締めると、僕はまたシーツにくるまった。
どのくらいの時間が経ったのか。そろそろ日が暮れ始めて、薄暗くなってきた頃。
―――ドンッ!
外で大きな音が聞こえ、僕は身体をビクつかせた。その音は、外へと通じる扉のすぐそこで聞こえてきたため、僕は身を縮こませる。
「な、なに、怖い……。」
そのままシーツにくるまって震えていたが、それ以上の音は鳴らず。何だったのだろうと首を傾げ、恐る恐る扉の近くまで行く。兎耳を立たせて澄ましてみるが、何も聞こえない。そーっと扉を開けてみる。しかし、
「……?」
変わらない風景があるだけで、何もなかった。僕は不思議に思いながらも、扉を閉めて家の中へと戻ったのだった。
今日にロイが帰ってくるとレイルさんは言っていたから、婚姻の話はその時にするのだろうか。ロイはどうするんだろう。傍にいることも駄目なのかなぁ、一緒にいるだけでも、駄目なのかなぁ…。ぐすぐす泣きながら考える。
もしかしたら、ロイが会いに来てくれるかもしれない。そう思っても、すでにとっぷり日が暮れた今も、扉がノックされることはなかった。
「ロイ、帰ってきたかなぁ。怪我してないかなぁ……。」
座って、ボーっと窓の外を見る。頬には涙の跡が残り、目は霞む。僕は、輝くお月様を見つめながら、長い夜を過ごしたのだった。
―――トレイルside
「……何と言いました?」
「ロイに、第2王女との婚姻の話が出ている。」
兄であるデリックに書類の不備があったとの名目で呼び出されたかと思えば、突然訳の分からない話をされる。怪訝な表情を隠さず聞き返すと、再度同じことを言われ、さっさと戻ろうとした足をデリックに向ける。
「ロイには番がいます。」
「分かっている。だが、まだ番の契約は成されていないだろう。戦力としてロイが国外に出ることを恐れている王が、一か八かでその話を出したんだろう。」
眉間に皺が寄るのが分かった。
「ロイが承諾するとでも?何を考えているのですか?」
「王とてロイを怒らせる気はないだろう。だから、承諾されるとは思ってないだろうよ。ただ、番契約が成される前にと一応打診しただけに過ぎない。」
「王の考えも分かりますがね。そんな話を出せば他の貴族たちも黙ってはいないでしょう。」
呆れたようにそう返すと、
「そのことでお前を呼んだんだ。」
真剣な顔で言われ、嫌な予感がして見返す。
「……王家と貴族。均衡がとれている今、ロイが王家と繋がると面白くない連中もいる。ロイに手を出すことは出来なくとも、その弱みに付け込もうとするやつらも出て来るだろう。」
「そんな馬鹿がいるとは思いたくありませんが、その話をするということは心当たりが?」
王家に仕えている近衛兵とは違い、騎士は国に仕える。そのため、ロイは貴族にも王家にも中立の立場であり、政に口を出すことなど一切なかった。ロイとて、「面倒臭ぇ。」と跳ね退けるに決まっている。ロイは自分の存在を良く理解しているからだ。
ロイの祖先には龍族がおり、その力が隔世遺伝でロイに現れている。その圧倒的な力は他者の追随を許さず、最強の名を欲しいがままにしているが、ロイ自身は自覚はしていてもそれに胡坐を掻くような性格ではない。だからこそ、ロイを慕う者は多いし、その牙を向けられぬようにと上層部は一目置くのだ。
だが、ロイが王家側に付くとなれば話は別だ。中立の立場であったロイが王家側となると、貴族側が異を唱えることが難しくなる。ロイが口を出さなくとも同じこと。それに危機感を覚える貴族も多いだろう。
「貴族の中にも過激派はいるだろう。王家の力が強くなれば、独裁国になるのではないかと懸念する声もある。」
「そもそも、その話は知れ渡っているのですか?」
「王がおっしゃったのは一昨日のことだったらしい。昨日、夜に実家に呼び出されてな。何事かと思えばその話をされた。公爵家の耳に入ったのが昨日の夜だったとすると、他の貴族たちは今にでも耳に入るだろう。」
「あの人たちのことはどうでもいいです。面倒臭いことになりましたね……。」
「あぁ、貴族たちが動き出すとすると、ロイがいない今だろう。」
そう言われた途端、血の気が引くのを感じた。今日、貴族たちの耳に入るとすると、ロイが帰還するまでに事を運ぼうとする輩が今すぐ出て来てもおかしくない。その上、ロイは本日中に帰還すると連絡があった。その情報をどこからか掴んだ者があったとしたら。
「まずい、今日ウルル君は休ませているんです!」
「何だと!?今、一人でいるのか!?ロイの家は知られている、すぐに誰か向かわせろ!」
顔色が悪く、体調が良くなかったことを加味して今日は休ませている。丁度、明日も休みだったため連休となれば体調を休めるのにいいだろうと思ってのことだったのだ。それがまさか裏目に出るとは。すぐに他の騎士に伝え、ロイの家に向かうように伝えた。
ロイがいない今、自分が第2騎士団の決定を行う立場にある。ここを抜ける訳にはいかず、知らせが届くのを待った。ウルル君は無事に家にいたとの報告が来るのを願って、今か今かと待っていると、
「副隊長!ウルルは家にいませんでした!しかし他の街人に聞いたところ……。」
ノックもそこそこに飛び込んで来た騎士の話を聞いて、目を見開くのだった。
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