ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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スナイパー同士の戦い

第六十四話 青春時代

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「ねえ、池田君、きみ今日も宿題やってこなかったでしょ」

 中学生一年生の夏の終わり、突然に教室で女子に話しかけられたので、僕は思わずのけぞった。セーラーの夏服に教室へと光が差し込んで、わずかにきらめく汗が透き通ってきらめいていた。

 あでやかに短く切った黒髪で、目鼻がくっきりとして、目が丸く大きく、まだ小学生のあどけなさを残した女子中学生はさしずめ、テレビに出てくる子役女優のような整った顔立ちだった。

 そんな娘に話しかけられたことなどまずない中学生の僕は、顔を見た瞬間思わず心臓がバクバクと音が飛び出て聴こえそうな勢いだ。

日向ひゅうがさん…だっけ?」

 彼女はむっとしてうなずいた。黒板の前でホームルームの時間にクラス委員長として、クラス内での意見交換や、日々の過ごし方、不満のまとめなどを仕切りつつ担任からの要望などを伝え、この教室をいつもまとめていたから名前を覚えることに不精な僕もこの娘の名字ぐらいは覚えていた。

「はあ、私、きみ、毎日宿題やってこないせいで先生に池田君のこと押しつけられたの」
「ご、ごめん……」
「……何か理由あるの?」

 ただゲームしてて面倒くさかったなんて彼女に言い訳しても通じないだろうな、でも、正直に言ったところでなじられるだけで、何の解決にもならない、逃げ出したかったが、彼女はそれよりも早く僕に追いつくだろう、陸上部に入っているとホームルームで言っていた。

「その……勉強がわからなくて」

 事実だった、小学校ならなんとかなったものの、中学では僕の頭では授業についていけなかった。彼女はなるほどと溜息をつき、前の席の椅子が空いていたので、通常とは反対向きに、つまり僕の方に向かって座って淡々と話し出す。

「……で、どこがわからないの?」
「その、先生が何を言っているのかわからない」
「そこからか、じゃあ数学の教科書出して」

「え、あっ、うん」
「この公式のxは……という意味で……ここを試しに代入してみるとわかるように……」

 そう言って静かに僕にレクチャーし始めた、正直、先生に習うよりも教え方が上手かった委員長は、昨日の宿題を10分ぐらいで僕にプリントの穴埋めを可能にさせた。

「できるじゃない」

 僕は自分でもなぜできたのかわからないくらい簡単に解けてしまった。しかし、そう言って彼女はすぐさま僕のプリントを回収しようとしたので、「まだ終わってない」と、言ったが、彼女はにこやかに笑った。

「大丈夫、合ってるよ、答え。じゃあ回収して良いでしょ」
「そうじゃなくて、君にありがとうって伝えてない」
「えっ?……ああ、そう、どういたしまして、わからなかったら私に聞きなさいよ、教えてあげるから、じゃあ、ね」

 夏服の美少女は片目をつぶって微笑んだ、その笑顔があまりにもまぶしくて、思わず僕は目をそむけてしまった。

 あの爽やかな美しさが忘れられなくて、土曜の放課後、この時の学校の土曜は半日授業だったが、腹を空かしながらぼうっとして廊下から、ぼんやり眺めるように運動場を見て、黒髪のショートカットの陸上着を着た女の子に目が向いた。──日向さんだった。

 彼女は先頭を切ってジャージを着た陸上部顧問の前に引いてある白い線に勢いよく躍り出た。息を切らし顧問にねぎらいを受けてきっと何気なしにだろう、3階の廊下の窓に向かって顔を向けたのだ。

 彼女は何を思ったのか、手を振ってきたので、僕に手を振っているのかとなぜか手を小さく振り返してしまったが、廊下の横にいる女子が黄色い声を上げながら彼女に声をかけているのに気づいて、しまった、勘違いした、恥をかいたと思って、恥ずかしくてその場からそっと逃げ出した。

──────────────────

「あのさあ、昨日手を振ったのに、なんで帰っちゃうの!」
「えっ……」

 次の週の月曜の朝、僕は教室の席についた途端、日向さんの凛とした声に驚かされた。

「だから、先週の土曜、君に手を振ったんだよ、次3年とガチンコでレースが始まったのに、きみ、見逃したでしょ! あれからが面白くなったのに!」

 中学3年生と1年生の彼女が競争するなら見ておけば良かったとふと思ったが、それよりもなんとかして彼女の怒りを静めるのが先だった。

「ごめん、用事があったんだ。ていうか、あれ、僕に手を振ってたんだ」
「そうだよ、せっかく友達になれて、応援してくれてるんだと思って、あいさつしたら、ささっと帰っちゃうんだもん、もう、正直、気分が悪かったぁ!」

 いつ友達ということになったんだろうかと首をかしげそうになったが、そうじゃなくてただのすれ違いだと説明したら彼女もすぐに怒りを収めてくれた。

「なーんだそういことね、じゃあいいよ、むしろ怒ってごめんね」
「ううん気にしてないよ。で、日向さん勝ったの?」
「ばっちり! この学校で私より速い子いないよ、夏の県体でトップ走るんだ」

 彼女は誇らしくピースサインを突き出した。

「へえ、すごいね県の陸上体育大会あるんだ」
「そうだよ、夏休みになる一週間前の日曜日、きみも見に来てよ」

「え、どこでやるの」
「県民体育場、上町のほら」

「ああ、あそこ、僕の家に近いよ」
「じゃあすぐ来れるね、それじゃあ、応援よ・ろ・し・く・ね、じゃあね! 絶対来てよ! 約束だからね!」

 日向さんは爽やかに元気よく愛想振りまくと、僕も何だか行きたくなってきた、どうせ暇だし見に行くかな、その時はただの軽い約束で、まんまと大会の応援席に座っていたホント僕はただのお人好しだろう。

 ただ、日向さんの美しい笑顔が見たかっただけの僕が、彼女の涙を見ることになるとは思いも寄らなかった……。
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