㊙︎ secret 秘密に気付いて下さい 四

特別枠 硫化水素自殺について

「楽に死ねる」は誤り - 硫化水素自殺の連鎖 総合的取り組み必要

2008年05月22日
論説委員　谷口　重克
　ある種の洗剤などを混ぜて硫化水素を発生させて自殺する方法、いわゆる「硫化水素自殺」が全国各地で相次いでいる。
　体調を崩したり避難を強いられるなど周辺の人が巻き添えとなるケースも目立ち、深刻な問題となりつつある。行政や業界の取り組みも始まったが、「自殺の連鎖」を止めるには、家族など周囲の人たち、自殺に使われた商品を製造する企業など総合的な取り組みが必要だ。
　今年1月ごろから、ネットで手口が紹介され始め、4月には自殺者が激増。先月1カ月間で少なくとも64件発生し、60人が死亡している。また、負傷者も145人に上り、そのほとんどが巻き添えになったもの。この傾向は5月に入っても変わらず、連日全国各地で自殺が相次いでいる。
　硫化水素とはどんな物質なのか。無色で卵が腐ったような臭いのするガス。毒性が強く、800ppm以上の濃度のガスを吸うと即死する。硫黄泉など温泉からも発生するため、入浴したまま気づかぬうちに中毒死する例もあるという。刺激臭は強くないものの、他の有毒ガスに比べ影響が出るのが非常に早く、また、空気より重いため、マンションなどで自殺を図ると、階下の人を巻き込むことになる。
　現場に立ち入る際には防護服が必要で、防護服なしの警察官が被害を受けるケースも出ている。注意点としては、臭いを感じたら一刻も早く現場から離れること。特に、救助しようとした人の巻き添え被害が多いので、発生源には絶対に近づかないことだそうだ。
　この自殺法がネットで急速に広まった大きな理由は「キレイに楽に死ねる」と表現されていることだ。だが、それは大きな誤りだ。
　硫化水素は呼吸系に作用し細胞が呼吸できなくする。つまり直接死に至る原因は「窒息死」である。呼吸しようとして肺は動くのに息が出来ない状況を想像すれば、それがどれくらい苦しいか、想像できるだろう。市販の洗剤を混ぜて発生する程度のガスで、首尾よく短時間で即死するくらいの高濃度のガスが発生するとは限らない、数時間はもだえ苦しむことを覚悟しなければならない。遺体も法医学の専門家によれば、緑色に変色し溺死体のような見るに耐えない姿になる。
　また、万が一死に切れなかった場合、鼻や肺など呼吸器系が損傷し酸素が脳にいかないため、脳に重い後遺症を残すなど、その後の生活も立ち直りが難しくなる。集合住宅なら、そんな事件を起こせば残された家族への影響は大きい。むろん巻き添えを出せば損害賠償など多くの人を不幸にすることは間違いない。
　日本の自殺者数は昨年で8年連続3万人超。これは交通事故による死亡者数をも上回っている。人口10万人あたりの自殺者で表される「自殺率」は25.5で、これはアメリカの2倍以上、世界でも、旧ソ連諸国と共にトップレベルの数字で「自殺大国」と言われている。自殺の動機は、健康が約5割でトップ、次いで経済・生活、家庭、勤務、男女関係の問題の順。県内での自殺者数も年々増加傾向で、昨年の県内自殺者は234人(11月現在)と、前年比0.9%増となっている。
　「なぜ自殺を」と思うが、自殺を考えている人は切迫している。普段から周りの人々がその兆候を捉え、「話を聞く」だけで予防できるケースは多い。授かった大切な命を自ら絶つのは人として大罪だ。誰かに相談してからでも遅くはない。