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繋がり
イギリスに、プラシーボなんてロックバンドがいるなんて知らない。
しおりを挟むプラシーボ (バンド)
※ウィキペディアより
プラシーボ(Placebo)は、イギリスのバンドである。1994年にロンドンで結成。
Placebo
PlaceboBologna2009.jpg
2009年11月のライブより。
基本情報
出身地
イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル
オルタナティヴ・ロック
グラムロック
ポストパンク・リバイバル
活動期間
1994年 -
レーベル
ユニバーサルミュージック
共同作業者
Hotel Persona
公式サイト
Placeboworld.co.uk
メンバー
ブライアン・モルコ
ステファン・オルスダル
旧メンバー
ロバート・シュルツベルグ(1994–1996)
スティーヴ・ヒューイット(1996–2007)
スティーヴ・フォレスト
(2008–2015)
ブリットポップ期のデビューながら、ブリットポップとは完全に趣を異にするグラムロックやゴシック・ロック色の強い音楽性は、当時のシーンにおいて異彩を放っていた。その後は徐々にニューウェイヴ色を強めている。
フロントマンのブライアン・モルコは、アイシャドウに口紅といった女性的なヴィジュアル・メイクを施すことでも知られる。
歴史 編集
以前ルクセンブルクでアメリカンスクールに通っていたブライアン・モルコとステファン・オルスダルが1994年に地下鉄の駅で再会したのをきっかけに結成。
結成当初、ドラマー不在だったため、スティーヴ・ヒューイットとロバート・シュルツベルグが交代でドラムをたたいていた。その後、ロバートが正式にPlaceboのドラマーとなったがブライアンとの折があわず1996年に脱退、スティーヴが正式に加入した[1]。
最初の2枚のシングルはそれぞれフィアース・パンダ・レコード (Fierce Panda Records) とディセプティヴ・レコード (Deceptive Records) よりリリースされた。その後、バンドはヴァージン・レコード傘下のインディーレーベルであるハット・レコーディングス (Hut Recordings) と契約し、1996年にデビューアルバム『プラシーボ』をリリース。1997年のNancy Boy(デビューアルバム『プラシーボ』からシングルカット)、1998年のPure Morning(2ndアルバム『ウィズアウト・ユー・アイム・ナッシング』からシングルカット)はイギリスで大ヒットし、大きな成功をおさめる。また、英語なまりの流暢なフランス語でフランスのファンを魅了し、欧州での絶大な人気を誇るようになる[2]。
『ブラック・マーケット・ミュージック』(2000年リリース)ではあまり大胆な変化は見られなかったが、2003年にリリースした『スリーピング・ウィズ・ゴースツ』ではダンス・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックの影響を受け、より大胆なアルバムに仕上がっている。
デヴィッド・ボウイの50歳の誕生パーティーがマディソン・スクエア・ガーデンで行われた際には、20th Century Boyを演奏、その後、デヴィッド・ボウイとPlaceboはWithout You I'm Nothingのデュエットシングルをリリースする。
『Black Market Music (2000)』からのシングルカットSpecial K のリリースに英音楽業界では難色を示したため(ドラッグ使用を容認したような内容が含まれるので)、最初にオーストラリアでリリースされた。
ブライアン・モルコ
2004年の秋に、シングルコレクション『Once More with Feeling』をリリース、またウェンブリー・アリーナで一晩だけのコンサートを行った。
2005年の9月にはK.D.Eの元メンバーであったDaniel Waiteと新しいアルバムをレコーディング、2006年3月にはアルバムからBecause I Want Youがシングルカットされた。
2006年3月にアルバム『Meds』がリリースされたが1月にインターネット上にリークされるという事件が起きた。アルバムからはBecause I Want YouおよびInfra-Redがシングルカットされた。
2006年10月、10周年記念コレクターでエディションというタイトルのもと、デビューアルバム『Placebo』がデジタルリマスターで再リリースされた。このボックスセットにはDVDも入っており、ミュージックビデオやコンサート、テレビ出演がおさめられている。
2007年4月、2003年にカバーしたケイト・ブッシュのヒット曲Running Up That Hillのプロモーションビデオ撮影のためファンを動員すること[3]を発表した。
2007年10月1日に、スティーヴ・ヒューイットは音楽的性の違いを理由に再び脱退。2008年にスティーヴ・フォレストが新加入した[4]。
2009年6月8日に、オリジナルスタジオアルバムとしては6枚目の『Battle for the Sun』をヨーロッパではPIASより、アメリカではヴェイグラント・レコードよりリリース。日本盤はソリタリーマンレコーズより、ボーナストラック1曲、およびメンバーからの日本ファンへのコメント映像付きで6月3日に世界先行発売された。
2017年8月に上海で開催されるサマー・ソニックの、2日目ヘッドライナーとしていったん発表されたものの、出演キャンセルとなった[5]。
私は、米津玄師×RADWIMPS野田洋次郎のコラボ曲
「PLACEBO + 野田洋次郎」が(誰かのカバーでも良いので)聴きたかっただけなのに…。
Placeboを検索したら、イギリスのロックバンドが筆頭に出てくる。
例えば、韓国のBTSの情報や、イギリスのプラシーボの情報みたいに、海外のミュージシャンの情報が、
日本のミュージシャンの情報よりも、上に出てくる。
日本でご活躍されている俳優さんの顔写真はないのに、
名前も知らないスパイの顔写真は掲載されている。
みんなもそうですか?
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