552 / 690
飯塚 幸三 ノート
長いですが、関心のある方は、読まれて下さい。IPさんの反論(仮題)
しおりを挟むFAQにIPさんから議論内容への反論が寄せられていたので、それを丸々転記します。
<<こういうFAQに反論や指摘を書いていいのかよく分からないんで何かルール違反というか不味かったら以下の文章は全部消して貰って構いません。>>
飯塚氏は計量学や工学の研究者として、或いは各種組織の長や顧問としての活動を事故当時も継続していたと判断すべき信頼出来る情報があります。
飯塚氏は2017年に日本計量史学会の学会報である『計量史通信』へ学会の理事としての立場で寄稿したり[4]、2016年[5]と2017年[6]に研究発表会で講演を行っていたり、現役の研究者として引退せずに2000年代以降も活動を継続しています。 事故直前の2019年3月1日の時点で日本計量振興協会の顧問を務め[7]、2019年3月20日に計量史学会の総会・講演会に出席し[8]、日本工学アカデミーの2019年4月11日時点の役員名簿にも名前が掲載されています[9]。3月から事故当日の4月19日までに計量振興協会と計量史学会の両方を突然引退したとは思えませんし、そんな情報源も皆無です。4月11日の時点で日本工学アカデミーの現役の役員だった人間が4月19日までの8日間で引退して無職になったとは考えづらいと思いますし、そんな情報源も見当たりません。怪我や病気や特別な事情も無いのに学会や協会の理事や顧問を突然引退するとは考えづらいですから、常識的に考えれば事故当時も引退しておらず現役の研究者・役員として活動を継続していた事になるのではないでしょうか。引退して無職の一般人とは到底言えず、官僚としては引退しても同氏の著名活動としての計量や工学の研究者としては現役だったと判断していいと思います。
また過去ログを見てみると飯塚氏が事故当時に隠居していたとか、事故直後の一部の報道を根拠にして当時の飯塚氏が無職だったと判断される方もいるようですが、飯塚氏は事故を起こした後で一般社団法人日本淘道会の理事長を辞任すると自分から申し出たそうです[10]。つまり事故当時は同氏の著名活動と無関係な淘道という分野とはいえ社団法人の理事長を務めていた事になります。事故後に辞任したという事になりますので、飯塚氏は事故当時は無職ではなかったということになります。社団法人の現役の理事長を無職と表現するのは誤報ですから、次のような報道[11]、[12]、[13]、[14]の中の、「事故当時の飯塚氏が無職だった」という記載に関しましては、おそらくマスコミ各社の誤報だったのではないかと思われます。4月11日時点で現役の工学アカデミー役員であると公表されていた人間が8日後の19日に事故を起こしたとしたら、僅か8日間の間で工学アカデミー役員を辞任したという明確な情報源でもない限りは現役の役員が事故を起こしたと報じるべきだったんですが、一部のマスコミは何の根拠も示さずに飯塚氏が無職だったと報じていたようなので、やはり誤報だと思われます。あと一応ですが、朝日放送のニュースのミカタという番組[15]では飯塚氏が事故当時に日本計量振興協会の元会長で、株式会社クボタの元副社長であったと同時に、日本工学アカデミーでは現役の顧問で、日本規格協会でも現役の監事を務めていたと報道しておりますので、マスコミ各社の報道も無職で統一されていた訳ではなかったようです。
次に飯塚氏が事故当時に公人・著名人だったか私人・非著名人だったかについてですが、「Wikipedia:削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関して」という項目には、「積極的に実名を用いて活動している政治家・スポーツ選手・研究者・作家・芸術家・アーティスト・芸能人などの著名人を除き、本名(個人の実名)を含んでいたり、個人が特定できる記述が行われたページは、削除の対象になります。」と記載されていますが、事故当時の飯塚氏は現役の研究者であると同時に役員として複数の団体で自ら積極的に実名を公開して活動を継続していたので、列挙された具体例の内の一つである「積極的に実名を用いて活動している研究者」に該当すると思います。また、飯塚氏は事故当時には職を辞していたものの、過去には各種単位の国際標準を決める影響力の大きな組織である国際度量衡委員会で活動していたり、日本大百科全書(ニッポニカ)にも日本人委員として実名が記載されています。過去に業界に対してそういう強い影響力を持っていて、事故当時にも同じ計量や工学の世界で研究者として活動を継続していた訳ですから、その点についても同氏の公人・著名人としての性格を強めると思います。
その上で飯塚氏の関与した交通事故や起訴されたという事実が同氏の著名活動である計量・工学の分野での活動に多大な影響を与えたと証明されれば、本記事中での交通事故についての記載は必ずしも削除対象にはなり得ない可能性が出て来ると思います。調べてみると飯塚氏は事故前の4月11日[16]には日本工学アカデミーの顧問を務めていたのに、5月15日[17]には役員名簿から名前が消えています。日本計量振興協会でも事故前の3月1日[18]には役員名簿に名前があったのに、事故後の6月1日[19]には名簿から名前が消えています。事故を起こして入院していた訳ですから当然ですが、計量史学会のHPでも事故を起こして以降は飯塚氏がそれまで行っていた現役の研究者としての活動がピッタリと止んでいます。先に述べた日本淘道会の事例の様に飯塚氏が事故後に自主的に役職を辞任したのかどうかは分かりませんが、少なくとも各団体の名簿からは消えて役職を失っているようです。マスコミや世論のバッシングも加わって、同氏は事故によってそれまで継続していた研究者としての活動を継続する事が不可能になった訳です。これは同氏の著名活動に多大な影響があったと看做していいと思います。
以上を踏まえた存命人物の伝記についてですが、「Wikipedia:存命人物の伝記#当人はプライバシー尊重を望んでいると推定する」という項目には、「もし、ある記述や事件が有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するものであり、信頼できる公表済みの情報源できちんと文書化されているものなら、たとえ否定的なもので当の本人が嫌がろうと、記事に含めるにふさわしいでしょう。」と明記されています。
飯塚氏の事故に関する記載は「Wikipedia:削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関して」における、「ウィキペディア日本語版で伝統的に削除されている例」には該当しないとも言えるのではないでしょうか。 また、「個人の犯罪歴に関して、実名や個人が特定できる場合、ほとんどが削除の対象になります。これは、日本国では、元服役囚に、服役囚であった事実を公開されない権利を認める判例(最判平成6年2月8日民集48巻2号149頁など)があることに由来します。」という指針も、飽くまで私人が対象であって積極的に実名を公開して活動している著名人には適用されないのではないでしょうか。そもそも例として挙げられた最判平成6年2月8日民集48巻2号149頁というのは「ノンフィクション「逆転」事件」を指している訳ですが、あれは政治家でも研究者でも何でもない一般人がノンフィクション作家やテレビ局によって過去の犯罪歴を公表される事を拒んだ裁判ですから、交通事故当時に既に著名な現役の研究者として活動していたと思われる飯塚氏の事例には当て嵌めなくても良いルールだと思います。
以上、私の主張を纏めると、①飯塚氏は事故当時に無職でなく現役だった②業界に影響力の強い著名研究者として活動しており、公人・著名人としての性格が強かった③交通事故は同氏の活動に多大な影響を与えた。 となります。上記の根拠を元にすれば飯塚氏の記事に交通事故について記載する事も一応は可能だと思うのですが如何でしょう?
飯塚氏の事故については「伝統的に削除されている例」には該当しないにしても「削除されず、伝統的に認められている例」にも該当しないかもしれませんから、そこまで強引な主張は出来ませんが、一応可能だとは思います。どちらとも決めにくい場合の経験則は、「害にならないことだけをせよ」との指針もありますが、それも私人・非著名人の場合ですので、事故当時に概ね公人・著名人だった看做せる飯塚氏の場合はそこまで記載に慎重になる必要は無いのではと思っています。
本来のノートページが保護状態で編集出来ないんでここに書いたんですが、、、 多分ですけど、マスコミの報道だけを根拠にして学会や協会の公式HPを調べずに飯塚氏が事故当時無職だったと判断した人が大勢いるんじゃないですか? 過去ログを見てみると、むよむよさん、Pinkpastelさん、要塞騎士さん、ぱたごんさん、Sato3015さん、静葉さん、等々は多分飯塚氏が事故当時無職かほぼ引退してたから記述すべきじゃないと考えてるみたいですが、 Assemblykinematicsさんは直接学会のアドレス貼って飯塚氏が当時現役で活動していたと論証されてますし、ているているさんは微妙ですけど飯塚氏が無職でなく公人・著名人だったという点には同意している様子です。 Newkaisoku1995さんも引退後の活動に言及して記述に賛成してますし、melvilさんやいそじんさんも飯塚氏が引退した無職でなく現役の公人だったと指摘してます。 あと私も上述の通り、事故時の飯塚氏が無職だったとは思えません。協会の名簿や講演記録とかを見ると研究者として普通に活動してる様に見えます。 ノートの合意形成がどういった形で行われるのか分かりませんが、飯塚氏が当時引退しておらず現役だったと考える人間も、まあまあ居るんじゃないですかね?
事故の件を本記事中に無理に書いて欲しいとは思いませんけど、以上の理由から書いた方が望ましいとは思ってます。
<<こういうのも邪魔なら全部消して貰って構わないんですけど、出来たら誰かに見える形で残しておいて欲しいな~とは思ってます。>>--240F:CA:34BA:1:DD41:2D82:B08E:4D56 2020年10月22日 (木) 23:23 (UTC)
・過去の方々に比べるとガイドラインを読んでいてよいと思いました。あとは存命人物の伝記の項目にある「存命人物の伝記」の執筆時には特段の注意を払わなければなりませんの一文と、独自研究は載せないの項目にある特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成を熟読すればよかったと思います。状況証拠的に、事故で氏の活動が止まったと推測できる――という主張は、独自研究に該当します。それ以外の発言も、特段の注意を払わなければなりませんの立場からすると問題があります。--Sato3015(会話) 2020年10月30日 (金) 05:39 (UTC)
(転記終了)--Sasuyan(会話) 2020年10月22日 (木) 23:31 (UTC)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる