上 下
2 / 17

第1話・生徒会長の嘆き

しおりを挟む
「何故なんだ!!」

ここは、都心からは電車で1時間ほど離れたところに建てられた男子校私立阿久津野学園の校舎内にある生徒会室。
俺の叫び声と共にダァンッ!!と机を強く殴る音が生徒会室中に響き渡る。

「おわっ!」
「おっと、驚いてお茶を零しかけたじゃないか」
「声が大きい。ボリュームを下げろ」

なんて三者三葉の反応を見せるのは、同じ生徒会のメンバーであり、俺の昔からの腐れ縁の悪友とも言える3人である。

「俺は!今!猛烈に!嘆いてるんだ!」
「だから声が大きくて煩い」
「まあまあ、律樹。何を嘆いているのかくらい聞いてやろうぜ?」

そう言って場を宥めてくれるのは、書記と広報を兼任してくれている天羽 時雨である。
時雨は普段はチャラけているがいざとなると俺達の中で一番大人な対応を取れて場を纏めてくれるムードメーカー的存在だったりするのでこういう時は一番頼りになる。

「で、陽斗。お前は一体何を嘆いてるんだ?」
「それは、勿論決まっているだろう。何故この年になっても、一向に恋人ができないのかという事だ!」
「………………」
「………………」
「………………」

力強く言い切って見せれば、3人はたちまち沈黙してまた始まったというような表情を揃って浮かべる。

「おい、待て。なんだそのまたそれかみたいな反応は?」
「なんだと言われてもまさしくその心境だからなぁ」

なんて、のんびりと茶の入った湯飲みを口にしつつ話すのは、会計の佐野原 友成。
のんびりおっとりしていてじじ臭い言葉で話す癖があり、時雨と共に俺とは小学時代からつるんでいる悪友の昔馴染みであり、時雨とは幼馴染の関係にある。

「だっておかしいだろ!成績優秀、スポーツ万能の文武両道にして、芸能人顔負けの容姿端麗ぶり。その上大財閥の嫡男で、大金持ちの超エリートな上、1年にして生徒会長を務める程のカリスマ性のあるこの俺が、恋人のの1人もいないなんて!」
「いや、自分で言うな」
「絶対に可笑しい!俺の何がいけないっていうんだ!?」
「馬鹿だからだろ。人間的に」
「んなっ!?」

冷ややかな声と視線で冷静にそう容赦なく告げてくるのは、日賀野 律樹。
生徒会の副会長にして、俺の生まれた頃からの腐れ縁の幼馴染である。

「おい、律!馬鹿とは何だ、馬鹿とは!?」
「なんだ。馬鹿過ぎで馬鹿も知らんのか、馬鹿が」
「~~~っ!馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞ、馬鹿!」
「………………」
「無視するな馬鹿!」
「今馬鹿って言ったな?」
「あっ」
「という事はお前が馬鹿だという事だな」
「ぐぬぬっ!」

そして、その幼馴染みにやり込められているのが、俺、赤城 陽斗である。
うちの学校は生徒会のメンバー選びが少し特殊で、生徒が選んだなら1年でも生徒会長や副会長などになれるという制度の為、いつも間にか誰かに推薦されていて、対抗も出てくることもなかったので結果的に俺が生徒会長になったわけだけれど。
何故か、周りの生徒会メンバーもいつものメンツが選ばれていたんだよな。
まあ、それは置いておいても律樹には腹が立つ。
昔から口喧嘩では絶対に俺が勝てないと言うのを分かっていて煽ってくるんだからな。
恨みがましくじとりと睨んでやれば涼しい顔でこちらを見返してくる。

「なんだ?」
「…もういい!」

思いっきり顔を背けて分かりやすく不貞腐れた様子を見せつけておく。
何が一番腹が立つって、律樹には絶対俺の悩みなんて分からないってところだ。
俺達昔馴染みの前では、特に俺に対してはほぼ棘しかない態度でいるのに、他の生徒達の前では穏やかで優しい優等生な副会長を演じているから、その持って生まれた類まれな美貌も相まって男女問わずかなりモテる。
昨日は可愛いと評判の後輩の男子生徒に告白されていたし、先週は女子高の物凄い美少女からラブレターを受け取っていた事だって知っている。
けれど、それらを全て断っているあたりもまた腹は立つけれど。
俺が振られた数と律樹が振った数どちらが多いか分かったものではない。

「俺の何がいけないと言うんだ…」

情けなく呟いて机に突っ伏する俺を見て、俺と律樹の言い合いをいつもの事だと見守っていた時雨が微かに苦笑を浮かべる。

「どこがって事はないんだろうけど、陽斗の恋愛運は昔から壊滅的だからなぁ…」
「煩い。改めて言われなくても分かってる。でも、一人ぐらいいたっていい筈なんだ。俺がいいって、俺じゃないと駄目だっていう運命の相手が」
「運命の相手なぁ。陽斗、それはやはり女性が良いのか?それとも男性でもいいのか?」

ふと問いかけて来た友成の言葉に俺は少しの間真剣に考えてからゆっくりと首を横に振って答える。

「…そうだな。性別は関係ない。どちらでもいいという訳ではないけど、本当に俺の運命の相手なら女性であっても男性であっても全力で愛するだけだ。そもそもうちの会社は世襲制ではなくて能力があるものが引き継ぐ習わしだしな。俺は元々他にやってみたい事もあるし、優斗の方が継ぎたがっているから渡すつもりだし、子孫を気にする必要もないからな」
「そう考えると優良物件なんだけれどな、陽斗」
「そうなんだよ!それなのに、何故なんだ!」
「いや、それならお前はもっと…」

再び嘆く俺に、友成が何かを口にするのを遮るかのように、先に律樹が口を開いて言ってきた。

「そんなどうにもならんどうでもいい話題はそれぐらいにしておけ」
「どうでもいい話とは何だ!俺はいたって真剣にだな!」
「ほう?真剣にと言ったな?」

俺の反論に律樹の瞳に剣呑な光が宿りすうっと目が細められたのを見て、俺は思わずピクリッは肩を跳ねさせた。
あ、これは不味いと悟った時にはもう遅かった。

「真剣にと言うなら、他にもっと真剣にならなくてはならない事があるのではないのか?なあ、生徒会長殿。今こうして俺達が生徒会室に集まっているのは何のためで誰の為だったかな?」

これは不味い、非常に不味い。
完全にブチ切れてますね、律樹さん。
なんて内心思いながら、背中に冷や汗を走らせてしまう。
解りたくはないが長年の付き合いのある幼馴染みである俺には分かってしまう。
今俺の目の前で絶世の美女でも敵うまいと言えるぐらいに綺麗に微笑んでいる律樹の背後に激しく冷え切ったブリザードが吹き荒れている事に。

「俺、俺がサボって溜めていた書類仕事を終える為…です」

自分の机の上に三列になって山積みにされた書類の山へと視線を向けて、ひきつった愛想笑いを浮かべながら答える俺に、律樹はさらに笑顔を深めて頷く。

「よく自覚しているじゃないか」
「は、ははは…」
「なら下らん事でぐだくだいってないでさっさとやるべきことをやれ!この馬鹿!!」
「は、はいぃぃ!!すみませんでした!」

一喝されてしまえば反論の余地もない俺は、軽く飛び上がってから慌てて書類を片付け始めるしかなかったのだった。
だが一つだけ言わせて欲しい。

恋人が欲しいという思いは決して下らない事ではないんだからな、ちくしょう!と。
しおりを挟む

処理中です...