LARGO

ターキン

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1章 リベルタス騒乱

第6話:初依頼

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―――ギルドを出た俺たちが、最初にやったこと。
それは、依頼に必要な装備を整えることだった。
といっても、新たに用意したのは薬草を積むための背負いかごと、レンタル製の幌馬車くらいだ。
幌馬車は移動手段と共に、野盗に対しての囮の役割も兼ねており、中にはそいつらが喜びそうな果物等の食料品をふんだんに詰め込んでおいた。 
まあこれだって俺達の食糧も兼ねている。 一石二鳥で無駄がない。

 そのまま馬車に乗ってノトスを出た俺たちは、手始めにウィルの依頼を片づけるべく、ノトス西の街道を進んでいった。

「にしても、馬車が必要なら言ってくださいよラルゴさん。 こんな幌馬車なんかより、遥かに立派なものを用意できたのに・・・・・・」

 御者を務めるウィルの後ろで、シャービスが残念そうに告げる。

「あのなシャーヴィス、大体の冒険者はお前みたいに裕福じゃないし、なんなら全然貧乏だ。 お前みたいに困った時に親が助けてくれるわけじゃない。 庶民の心を知る為にはまず、その営みを自分の身体で体験する必要があるんじゃないか?」
「確かに・・・・・・ラルゴさんの言う通りです・・・・・・ですが!」
「ですがもくそもない。 そもそも馬車だって俺がいたから借りれたようなもんだ、大体の奴らは徒歩だぞ、徒歩」
「・・・・・・すいません、僕としたことがまた・・・・・・」

 そう言って、シャーヴィスはしゅんと項垂れた。

「てことでだな、俺がお前たちの面倒を見ている間は、俺の許可無しで親に頼るのを禁止する。 それと、お前のナチュラル嫌味は無駄な反感を買いかねない。 言った時点で拳骨が落ちてくるものだと思え」
「い、嫌味ですか・・・・・・? 僕は断じてそのような・・・・・・」
「自覚が無いのが問題なんだ。 こればっかりは身体で覚えてもらうぞ」
「そんな・・・・・・」
「ふふ、シャーヴィスにはきっといい薬になると思うわよ」

 シャーヴィスが困惑する様子を、横に座るアニーが温かい目で見守っている。

「皆! おそらく目的地だ!」

 その時、御者を務めるウィルが大きく声を上げた。
話ながらだと、ただ移動するだけでも暇をしなくていい。
最近はソロばっかだったからな・・・・・・この感覚は久しぶりだ。

「さてと・・・・・・それじゃ、記念すべきアンビション最初の依頼と行くか」
「はい!!!」

 俺達は幌から勢いよく飛び出す。
そうして視界に映ったのは、延々と広がる草原と舗装された土の街道。
田舎らしく、とてものどかな光景が遠くまで広がっている。
そして、その少し外れに一つ見える大きな緑木の枝の一つに、ウィルが持ってきた依頼書のターゲットである、蜂の巣がぶら下がっているのが見えた。
遠目に見ても、中々のサイズである。

「ほらウィル、もっと近づいて見てみろ」
「だ、大丈夫なんですか・・・・・・?」
「さあ? その塩梅を知るのも、俺達の仕事の一つだぞ」
「・・・・・・はい」

 そう言ってウィルは一人、ゆっくりと緑木に近づいていく。
するとそれに気づいたのか、巣の周りを飛び回っている兵隊蜂が、ウィルを威嚇しようと近づいてきた。

「なんだこの蜂は・・・・・・でかすぎる」

 ウィルが驚くのも無理はない。
なんせ鳩くらいはあろう大きさの虫が、悍ましい羽音を響かせながら近づいてくるのだから。

「止まれウィル、それ以上行けば攻撃されるぞ」
「は、はい・・・・・・」

 ウィルは指示通り、動きを止める。
その視線は、近づいてくる兵隊蜂から、それが守る巣へとゆっくりと移っていく。

「はは・・・・・・」

 ウィルが苦笑いを浮かべる。
遠目にはあまり実感がなかったろうが、近づくにつれその大きさを実感できたらしい。
討伐依頼のそれは・・・・・・民家の一枚扉程の大きさがあった。

「こんなの・・・・・・初めて見ましたよ」
「そりゃそうだ。 見ないで済むように、俺達冒険者がさっさと駆除してるんだからな」
「納得です・・・・・・」
「さっき俺が言った意味がわかっただろ? 並みの人間じゃ対処できないもんが、ギルドに依頼として出されるんだ。 これはその一例にすぎないが・・・・・・やれるか、ウィル?」
「ははっ・・・・・・面白いじゃないですか」

 そう言ってウィルは腰裏から、樽ジョッキのような見た目の、対害虫用毒煙容器を取り出した。

「シャーヴィス、アニー! バックアップを頼む!」
「おっけー!」
「任せろ!」

 ウィルの声に続いて、二人がその左右後ろをカバーするように陣形を組む。
相変わらず、初依頼とは思えない鮮やかな動きだ。

「アニー!」
「はいっ、ラルゴさん!」
「もしもの時は木ごと燃やしてしまって構わん。 遠慮するなよ」
「で、出番があればそうします・・・・・・えへへ」

 そう言ってアニーは若干嬉しそうに笑みをうかべる。
そうしてウィルが一歩を踏み込む。
すると同時に、巣の中から次々と大きな蜂達が這い出してきた。

「うわあっ! 気持ち悪い!」
「アニー! こんなんにびびってたら、下水の依頼なんて到底こなせんぞ」
「ひ、ひぇ~・・・・・・。 頑張って・・・・・・ウィル!」

 ウィルは多少たじろぎはしたものの、慣れた手つきでマッチを取り出す。

「こいつを食らえ!」

 容器に火をつける。
そのまま、蜂達が蠢く巣の真下目掛けて、勢いよく投げ込んでいく。

「頼む・・・・・・効いてくれ!」

―――ボフッ!

 容器の中からモクモクと白煙が上がり、蜂の巣をみるみるうちに包み込む。

「・・・・・・ッ!」

 しかし、蜂達は多少動きは遅くなれど、死に絶えはしなかった。
そのまま。ゆるゆるとした軌道でウィルに向かって襲い掛かっていく。

「下がれ! ウィル!」
「くっ・・・・・・駄目か!」

 ウィルが軽やかな足取りでこちらに退避しだす。
それと同時に、アニーが前に出る。

「私の手柄みたいで悪いけど・・・・・・」
「気にするな、やってくれ!」
「うん・・・・・・任せて!」

 アニーはそのまま、樫の杖に魔力を込めていく。
それは、徐々に赤い魔力を帯び、その先端へと収束していく。
そして、迫りくる蜂と巣を同時に射線に収めると、アニーは勢いよく杖を構えた。

「いって! ファイアボール!」

―――シュゴォッ!!!

 アニーの樫の杖の先端から、巨大な火球が勢いよく飛び出していく。
それは、迫りくる蜂達を蹴散らしながら、勢いよく巣に激突した。

―――ボボボボボボ!!!

 巣は一瞬で火だるまになり、黒煙を上げながらぼとりと地面に落ちた。

「やったぁ!」

 狙いが正確だったおかげで、緑木の方は多少焦げ付きはしたものの原型を保っている。
残るは、火球の直撃を免れた僅かな蜂達しかいない。
そのまま、巣の仇討ちをしようとばかりに、アニー目掛けてよろよろと向かっていく。
それを見て、俺は残る二人に合図を飛ばそうとした。

「言われずとも!」
「わかってます!」

 まるで同じ考えだと言わんばかりに、二人がアニーを守るべく飛び込んでいく。
そのまま、残った蜂を一匹残らず切り落として見せた。

「お疲れさん。 これにて1個目の依頼達成だ。 初依頼にしては、上出来だ」
「ありがとうございます!!!」

 3人はとても嬉しそうに、礼を述べてくる。

「それでウィル、どうだった? 実際事にあたった感想は?」
「はい・・・・・・想像以上でした。 同時に、俺一人じゃこの難易度ですら満足にこなせないのかと・・・・・・」

 そう弱音を吐くウィルの頭に、俺は黙ってチョップした。

「いたっ!!!」
「何めげてんだ、最初は誰しもそんなもんだ。 これからできるようになればいいだろう」
「で、ですが・・・・・・」
「それにな、どんなに簡単な依頼にだって、適正ってもんは必ずある。 俺だって未だに、銅級依頼の動物探しなんかは失敗してばかりだぞ?」
「そ、そうなんですか? 意外です・・・・・・」
「金級だからってなんでもできる万能超人ってわけじゃないんだよ。 白金級だって同じだ、皆適正がある。 それに・・・・・・お手製の毒煙、完全に無駄ってわけでもなかっただろう?」
「言われてみれば・・・・・・そうですね」

 そう言ってウィルは、僅かに安堵の表情を浮かべた。

「何事も経験だ。 こういう依頼をこなしたかったら、アニーみたいに魔法が使える奴の方が向いてるという話だ。 これでわかったろ?」
「いやぁ・・・・・・私は虫はあんま・・・・・・苦手です・・・・・・」
「ハハハ。 なに、そのうち嫌でも慣れるさ。 ほら、その討伐証明の巣、さっさと積んじまえ」
「は、はいー・・・・・・」

 そうして、依頼完了の証である黒焦げになった蜂の巣を馬車に積み終えた俺達は、次の目的地へと向かう。

「次の依頼はこんなんよりはるかに難しいぞ。 御者は俺が代わろう、みんな今のうちにしっかり休んどけよ」
「りょ、了解です」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


―――それから俺は、ひたすら早足で馬を動かした。
にも拘わらず、ノトス西部森林につく頃にはすっかり夕方になってしまっている。

「ついたぞ。 おーいお前ら・・・・・・」

 ふと後ろを見ると、すっかり緊張感がとけてしまったのか、3人は揃って眠り呆けていた。
確かに休んどけとは言ったが、この緊張感の無さはよろしくない。

「敵襲ーーー!!!!!」
「うわっーーー!!!」

 わざとらしく大きな声を上げると、3人が飛び起きた。

「ラルゴさん! 敵はどこですか!」

 3人はそれぞれ武器を手に、一気に緊張状態に入っている。
この切り替えの早さはいいことだ。

「・・・・・・冗談だ」 
「じょ、冗談!? そんな・・・・・・人が悪いですよ・・・・・・」
「そう思うか? だがなお前ら、リラックスしすぎだ。 これから本番だってのはわかってんだよな?」
「は、はい・・・・・・」
「なら、あんな大物ムーブかましてる余裕はないだろうが」
「そ、その通りです・・・・・・面目ない・・・・・・」
「まあしょうがない。 気持ちを切り替えて、こっからは入念にいくぞ」

 俺はそう言って馬車を降り、ウィルを手招きする。

「なんでしょう、ラルゴさん?」
「俺とお前で斥候をやる。 アニーとシャーヴィスは商人を装ってくれ」
「しょ、商人の真似ですか。 しかし…・・・できるでしょうか、貴族の息子であるこの僕に・・・・・・」

―――ゴッ!

 俺は先程宣言したとおり、シャーヴィスに拳骨を落とした。

「今のは嫌味臭かったからな、しょうがない」
「痛い・・・・・・」
「それに、出自は関係ないだろう。 演技が得意か不得意かは問題じゃないからな」
「そ、そうですか・・・・・・にしても痛ぁ・・・・・・」

 シャーヴィスは大袈裟に頭を抑えている。
これでも結構加減はしたのだが・・・・・・。

「残念だが、ここで一番の適任はお前だ。 ウィルと俺は斥候だし、アニーは・・・・・・あまり商人っぽくない」
「で、ですが・・・・・・」
「お前しかいないんだシャーヴィス・・・・・・頼む」

 俺はやや臭い演技で、シャーヴィスに語りかけた。

「・・・・・・そこまで期待されているのなら・・・・・・わかりました!」

 すると先程までの弱々しい姿勢が嘘のように、シャーヴィスは目を輝かせだした。
・・・・・・純真を弄んだようでスッとしないが、シャーヴィスを奮い立たせる為にはこれが一番効果的なのだから仕方ない。

「いいかお前たち。 まず最初に、この依頼は野盗の拠点を特定するのが一番の達成への近道だ。 斥候の俺とウィルが見つけるのが一番ではあるが・・・・・・まあ、そう簡単にいけば苦労しない」
「何か策があるんですか?」
「ああ。 敢えて積み荷を持ち帰らせ、それを尾行する。 恐らくこれが一番楽だな。 シャーヴィスとアニーは、命を取られない程度に、商人の演技をしてくれ。 馬と積み荷は、後で取り返せばいい」
「な、なるほど・・・・・・私、演技なら自信あります!」

 そう言ってアニーは得意げに鼻を鳴らしている。

「そいつは心強いな。 お前たちは馬車に乗って、街道をゆっくりまっすぐ進んでくれ。 なんならそこらへんの薬草を積みながらでもいい。 シャーヴィスの鎧はちと目立つから、外套を上に羽織っておくように」
「了解です」
「問題なのは、敵がどう出てくるかわからんということだ。 俺達には、敵が野盗という情報しかない。 正直、胡散臭いとも言える。 まあ、ドルフやレイジーが選別してる銅級依頼なのだろうから間違いはないのだろうが・・・・・・用心するに越したことはないだろう」
「は、はい!!!」
「敵は何人いるかわからんからな、決して気を抜くなよ。 だが、警戒してる素振りは見せるな。 あくまでここを通り過ぎるだけの商人を演じるんだ」
「注文が・・・・・・多いです・・・・・・」
「お前が選んだ依頼だろ、これくらいできなきゃ話にならん。 まさかとは思うが・・・・・・できないのか?」
「ッ! ・・・・・・できます!」

 その言葉を発するとともに、シャーヴィスの表情に覇気が滲んだ。

「うむ、それでいい。 ではウィル、ここからは二手に別れて進んでいくぞ」
「えっ・・・・・・一緒に行かないんですか!?」
「探せる範囲は広い方がいいだろ、二人で動けばその分見つかりやすくなるしな。 特に、俺と一緒にいるとお前の特性が活きない」
「そ、それは・・・・・・そうですけど・・・・・・」
「いいか? これはシャーヴィス達にも言えることだが、何があろうと自分の命を最優先にしろ。 最悪、俺の事はどうだっていい、生きてギルドに帰るんだ」
「そんな・・・・・・できませんよ、そんなこと・・・・・・」

 そう言って、アニーは弱気に呟いた。

「正直敵の規模も実力もわからないんだ、いくら俺がいるからって庇いきれる保障はない。 それに、お前達を庇わないで良い分、俺も戦いやすくなるからな」
「そんな・・・・・・足手まといってことですか?」

 シャーヴィスが不機嫌そうに言葉を返してくる。

「そういうつもりで言ったわけじゃないんだが・・・・・・まあそうも取れるか。 だがな、これが不透明な敵に対して今できる最大の策なんだ、お前達もいずれわかるようになる日が来る」
「そうでしょうか・・・・・・」
「ああ。 だからその日が来るまで、無事に生き延びてくれよ」
「・・・・・・はい!!!」

 3人は若干納得がいかない表情をしつつも、元気よく返事をした。
伝えるべきことは伝えた。
後は・・・・・・事に臨むだけだ。

「・・・・・・よし。 では行くぞ。 アンビション、行動開始だ」

―――今にも日は沈みかけている。
間もなく、夜が訪れるだろう。
既に視界も満足に見通せない暗い森の中。
俺はシャーヴィスとアニーが動かす馬車を視界に収め続けながら、最大限の注意を払いながら進んでいった。
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