LARGO

ターキン

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1章 リベルタス騒乱

第8話:風を捉える炎

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―――夜、暗い暗い闇の森。
その中で唯一、街路脇の灯籠のみがぼんやりと明かりを放っている。
照らし上げるは、数多の倒れ伏す野盗達。
そして、それに囲まれながら向かい合う、二人の男の姿だった。

「・・・・・・待たせたな!」

 気が付くと目の前に、ラルゴさんがいた。
赤いマントを靡かせながら、どっしりと大盾を構えている。
その奥で、先程まで僕を甚振っていた金髪の男が大きく態勢を崩しているのがわかった。

「てめぇは・・・・・・ラルゴ!」

 ラルゴさんを前に、金髪の男は驚きの様子を露わにしている。
そのまま素早く態勢を立て直すと、一跳び、後方へと跳躍した。
それを見計らい、視線は目の前の男から離さないまま、ラルゴさんは僕に声をかけてきた。

「わりぃ、遅くなったぜ。 ここからは俺が代わろう」
「ほんと・・・・・・遅かったですよ・・・・・・危うく死ぬところでした」
「だが生きてる。 流石、俺が見込んだだけはあるぜ」

 ずるい人だ。
そんな事を言われたら、こちらからは何も言い返せない。
それに、こんな状態じゃ僕はもう戦力にならない。
ここは大人しく、陰でラルゴさんの戦いぶりを見守らせもらおう。

「アニー! シャーヴィスを運んでやれ!」
「は、はい・・・・・・!」

 呆然と立ち尽くしていたアニーに、ラルゴさんが声を飛ばす。
それと同時に、アニーは一心不乱にこちらに駆けだしてきた。
すると、遠目からこれを見ていた金髪の男が、苛立ち交じりの叫び声を上げる。

「そんなことを俺が許すと思うかぁ? お前らぁ! やれぇ!」

 その言葉を聞いて、思わず僕は身構えてしまう。
アニーも同様に、その表情には焦りを浮かべていた。
唯一ラルゴさんだけが、一切動じることなく金髪の男を見据えている。

 結局、少しの静寂が訪れただけで、特に何も起こらなかった。
それが不思議なのか、金髪の男は酷く狼狽えている。

「どうしたお前ら!? なぜ何もしない!?」
「無駄だぜドニー・エイブリー。 お前が頼りにしていた後詰めの野盗達は皆纏めてぶちのめしてやったからな」
「な、なんだとぉ・・・・・・!?」

 そうか・・・・・・ラルゴさんが一向に姿を現さなかったのは、影で別の野盗を倒していてくれたからだったのか・・・・・・。
それに、今ラルゴさんが口にした名前・・・・・・。

 ドニー・エイブリー・・・・・・。
ノトスギルドに在籍していたという、元金級冒険者だ。

「シャーヴィス! 大丈夫?!」
「ああ、済まない・・・・・・」

 隙を見てアニーが駆け寄り、肩を貸してくれる。
そのまま僕は身体を預け、ゆっくりと起き上がった。
そうして、この場をラルゴさんに預け、僕たちは退避を開始する。

「ごめんなさい・・・・・・私にもう少し力があれば・・・・・・」
「それは・・・・・・僕も同じさ・・・・・・すまない」

―――キィン!

 言葉と同時、背後で高い剣戟の音が鳴り響いた。
慌てて振り向けば、刀を振り終えたドニーと、その攻撃を防ぐラルゴさんの姿がある。

「チッ! 邪魔しやがってぇ!」
「通すわけねぇだろ、弱い者いじめの卑怯者が!」

 そう言って再びドニーを弾き飛ばしながら、その進路へ堂々と立ち塞がった。

「感傷は後にして、さっさと逃げろ!」
「ご、ごめんなさい!!」

 更に急ぎ足で退避を続け、そのまま暗い木陰の中へと飛び込んだ。
ここまでくれば、ラルゴさんの足手まといになることもないだろう。

 それにしてもあのドニーとかいう男、なんて奴だ・・・・・・未だに僕達を狙ってくるなんて。
それ程までに僕達を殺したいのか・・・・・・或いは・・・・・・ラルゴさんを恐れているのか。
 
「にしても・・・・・・こんなところで野盗ごっことは・・・・・・元金級冒険者の名が泣くぜ」
「てめぇ・・・・・・誰のせいでこうなったと思ってる!?」

 ドニーは、ラルゴさんの言葉に強い怒りを示した。
反して、ラルゴさんは至って涼しげな様子でこれに言葉を返していく。

「・・・・・・俺のせいだとでも? お前の腐った性根が引き起こした現実が?」
「ああそうさぁ! てめぇさえ現れなけりゃぁ、今頃こうはなってねぇんだからよぉ!」
「それは間違いないな」
「・・・・・・あぁん?」

 突然の同意に、ドニーは深い困惑を露わにした。
だが、ラルゴさんは言葉を続けていく。

「俺はな、弱者相手なら何でもしていいと思ってる、お前の性根が心底気に食わない」
「んだとぉ!?」
「だからな、お前のその、汚い性根が変わらない限り、何度でも思い知らせてやるさ。 お前が死ぬまでな」

 喋り方自体は非常に落ち着いている。
だが・・・・・・その表情からは、奴に対する深い怒りが滲みだしていた。

「ぬかせぇ! てめぇは俺がただ野盗に落ちぶれただけだと思ってるようだが、それは違うぜぇ?」
「ほう、興味深いな。 何が違うって?」
「わかんねぇ奴だな。 今や俺の方が強いって言ってんだぁよォ!!!」

 言葉と同時、間合い外からの強烈な踏み込み。
凄まじい速度だが、ラルゴさんは冷静に反応しながら大盾を構えた。

―――ガキィン!

しかし、弾き返せない。
ドニーが放った斬撃は見た目以上に重いらしく、魔力を込めたラルゴさんの防御にさえ揺さぶりをかけている。
それに生じた隙を狙って、ドニーは何度も刀を叩き込んでいく。

「どうしたどうしたぁ! 守ってるだけじゃ俺には勝てねぇぜぇ!?」
「ッ・・・・・・!」

 心なしか、ラルゴさんの動きが鈍っているような気がした。
それに、息も荒くなっている。
確かに、あの刀には斬りつけた相手を遅くする効果があるが、ラルゴさんは全ての攻撃を大盾で防いでいた。
他に何か隠された力があるのか?
或いは・・・・・・ラルゴさん自身に、何か問題が・・・・・・。
いや、きっとラルゴさんの事だ、ドニーの油断を誘うための演技に違いない。
あの駆け引きの巧妙さ・・・・・・僕も見習わなければ。

「オラァッ!」

―――バキン!

 ドニーの魔力を乗せた大振りに合わせて、ラルゴさんも魔力を込めた大盾をぶつける。
タイミングは完璧、ドニーが再び大きく弾き飛ばされた。

「決まった、カウンター!」

 そう、思ったのも束の間、奴は素早い身のこなしで身を翻し―――

「あめぇんだよぉ!」

 斬撃。
目にも留まらぬスピードで回り込みながら、大盾のガードが及ばない背後から。
しかもその狙いは、盾を構えるのに不可欠なラルゴさんの左腕だった。
当たり所が悪いのか、血が滲んでいる。
しかも、あの刀の一撃を身体で受けてしまった。
そうなれば、先程のように身体が重くなって・・・・・・。

 あれ、そういえば僕はいつから、普通に動けるようになっていたんだ・・・・・・?

「イッヒッヒ! この勝負、もらったぜぇ!」
「たかがこの程度・・・・・・ッ!?」
「お前も気づいたようだなぁ、この刀の持つ力にぃ!」

 どんよりと、ラルゴさんの身体が動きが重くなっていくように見える。
どうするんだ・・・・・・こうなってしまったら、いくらラルゴさんと言えど・・・・・・。

「知ってるよなぁラルゴォ? 俺の得意技ァ・・・・・・」
「・・・・・・なんかあったっけか?」
「へっ、忘れたってか? なら、身体で思い出させてやるよぉ!」

 ドニーが発した緑色の魔力が、そのまま身体を包み込んでいく。
そうして緑の魔力に包まれたドニーの様子は、なんというか・・・・・・とても軽快そうだった。
今のより鈍重そうなラルゴさんとは真逆である。

「オラァッ!」

 先程までに比べて、更に輪をかけて速くなったドニーが縦横無尽に長刀を振り回していく。
その動きはまるで竜巻のようで、ラルゴさんの周りを回るように前後左右から、斬撃を繰り出していた。
遠目からだというのに、そのスピードはとても目で追いきれない。
ましてや、ラルゴさんは動きを遅くされている。
如何にあの人でも、こればかりは防ぎようがないようだった。

「・・・・・・ッ!」

 ラルゴさんは斬られた左腕を庇うように動いている。
それは即ち、執拗に左腕が狙われている事を意味していた。
実際、対峙した僕達でさえあの大盾はとても脅威に感じたのだ。
元金級冒険者がそれを捨て置くはずがない。
しかしラルゴさんもそれをわかっているのか、決して大盾を手放そうとはしなかった。

「そこっ!」

―――ブンッ!

「っとあぶねぇ!」

 瞬間、絶妙なタイミングで振り払われたラルゴさんの右手の裏拳。
だがドニーはこれを紙一重で躱して見せる。
ギリギリで避けれたというよりは・・・・・・そう、弄ぶような動き。
奴の相手を舐め切った態度を前に、ラルゴさんはより苛立ちを募らせていた。

「そろそろその重り、邪魔になってきたんじゃねぇかぁ?」
「今更気づいたのか? 悪いがずっとだぜ」
「けっ、ぬかせぇ!」

 言いながら、ドニーが長刀に緑の魔力を込める。
恐らくは、先程ウィルに向かって放たれたものと同じだ。
遠くからでも、森の樹を一本切断するような威力・・・・・・。
こんな至近距離で受ければ、たまったもんじゃない。

「死にやがれぇ! ―――ウィンド・カッター!」

―――ブゥン!

 一閃。
弧を描いた風の刃が、至近距離からラルゴさんに迫る。
対するラルゴさんも負けじと大盾を構え、これを迎え撃とうとしていた。

「ぐッ!」

―――ガァン!

 響く衝撃音。
吹き荒れる突風。
そして・・・・・・宙を舞う大盾。
衝撃を全て大盾に逃がして、この場を逃れたのだろう。
しかしこれでは・・・・・・次の攻撃が防げない。

「終わりだァッ!」

 奴は無防備になったラルゴさんを見据える。
そのまま、風を纏わせた長刀で狙いを付けた。
凄まじい踏み込みと共に放つ・・・・・・渾身の一突き。
吹き荒れる豪風と共に、ラルゴさんに飛び掛かった。

「ッ・・・・・・ッ!?!」

―――

 一瞬。
何が起こったのかわからなかった。
・・・・・・気が付けば、宙を舞うドニーの姿。

―――ドガァッ!

「ぐはァッ!」

 そのまま、勢いよく地面に激突した。

「な・・・・・・何が起こった・・・・・・!?」

 尚も起き上がってくるドニー。
しかし、余程信じられなかったのだろうか、ここからでもわかる程に目を丸くしている。
それを見てラルゴさんは、余裕を含んだ声音で言葉を投げた。

「なるほど。 今ので仕留めるつもりだったんだが、自分で強くなったと言い張るだけはある。 こりゃあ随分とタフになったもんだ」
「ラルゴォ・・・・・・てめぇ、今何をしたぁ・・・・・・」

 起き上がりはしたものの、今ので受けたダメージは深刻なようだ。
ドニーの顔から一切の余裕が消えている。
それどころか、奴の顔は引きつり、焦りを含んでいた。

「簡単な話だ。 お前のちんけな刀の呪いなんぞ、最初から俺に効いちゃいないのさ!」
「な・・・・・・んだとぉ・・・・・・!?」

 あの刀の力は、ラルゴさんが言うには呪いというものの類らしい。
しかし、あの人にはそれが通用していなかった。
その話が本当だとするのなら、先程の鈍重そうに見えた動きは全て演技だったということになる。
全て・・・・・・この一撃を叩き込むための。

「なめてやがったのかぁ! この俺をぉ!?」
「お互い様だろ? それに・・・・・・な?」

 ラルゴさんが奴の顎を強く指さす。
そこには・・・・・・赤く輝く一つの紋章が浮かび上がった。

「こ、こいつはぁ・・・・・・熱・・・・・・アッチィイイイ!!!」

 ドニーがこれに気づいたかと思うと、凄まじい勢いで悶え始めた。
察するに、あの紋章はとてつもない高温を伴うのだろう。
ドニーはこれを反射的に手で抑えようとしたが、その触れた手すらも熱で痛めつけているようだった。

「さて・・・・・・仕上げといこうか」
「ま、待て! 話せばわかる! だろ!? ほら、俺達元は金級仲間だろ! な? な!?」

 ドニーは見苦しい命乞いをしながら、シャカシャカと四つん這いで後ずさっていく。
その姿はなんとも滑稽で、とても元金級冒険者のものだとは思えない。

「腹くくれよドニー。 お前の悪行も、ここで終いだ」

 そう言いながら、ラルゴさんは右手に魔力を込めていく。
それは赤く・・・・・・まるで迸る炎のようだった。

「頭!」

 その瞬間、周りで倒れていた野盗達の何人かが起き上がり、ラルゴさん目掛けてナイフを投げつけた。
しまったと思った。
僕達が敵に情けをかけたばかりに、そのツケをラルゴさんに支払わせる事になってしまうなんて・・・・・・。

―――カンッ!

 しかしラルゴさんは難なく手甲でこれを弾き飛ばした。
弾き返されたそれが、ぼとりと地面に突き刺さる。

「ぐぇっ!」

 と同時に、起き上がった野盗達が声を上げて倒れた。
その身体には、急所を外すように矢が突き刺さっている。

「ウィルめ・・・・・・世話を焼きやがって」

 ラルゴさんが静かにそう呟いた。
ウィルは・・・・・・完全に、先程ドニー殺されたものだと思っていた。
まさか生きていたとは・・・・・・これ程嬉しい事はない。

「ラルゴさん危ない!」

 間を置かずして、暗闇の中から響くウィルの声。
気づけば、ラルゴさんの背後で刀を振りかぶるドニーの姿がある。

「ラアァアルゴオォオ!」

 けたたましい雄たけび。
凄まじい形相。
ドニーが振り上げた長刀が、今にも振り下ろされようとしていた。

「いい加減・・・・・・見苦しいんだよ!」

―――ドゴォン!!!

 長刀を振り下ろすよりほんの一瞬早く、ラルゴさんの右腕が奴の顎を殴り抜けた。

「ウッギャアァァア!!!」

 拳を振り抜けたと同時に、熱風がこちらにまで吹き渡ってくる。
衝撃と共に、凄まじい勢いで地面を滑っていくドニー。
そのまま、凄まじいスピードで大樹へと叩きつけられた。

「ぐ・・・・・・がはぁ・・・・・・」

 そして遂に、ドニーは動かなくなった。
最早、立ち上がる余力はないだろう。
その様子を眺め終え、ようやくラルゴさんは息を吐きだしていく。

「ふぅ・・・・・・スッとしたぜ」

 倒した・・・・・・。
まさかあの状況から勝ちを掴み取るなんて・・・・・・相変わらず、なんて強さだ。
これが金級冒険者・・・・・・いや、僕たちの師匠、ラルゴ・アシュクラフトの力。
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