龍と旅する。

水無月

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クォーツ島

龍と人間

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 市場は人で賑わっている。

「おい。聞いたか? 汚染区域が広がったって話」
「また移民問題でごたごたしそうだ」
「海路も通行禁止になるところが増えたって」
「暗い話題ばっかだよな――」

 大通りの左右に隙間なく露店が立ち並び、商品を求め人が集っている。人混みに慣れていないのか、フードの人物はよそ見するだけで肩がぶつかってしまう。

 どん。

「チッ」
「すみません」

 愛想良さそうな笑みを浮かべて通り過ぎる。そうしているとまた違う人にぶつかりかけた。秩序なく人が行き来していて、足元には踏まれまくった野菜の切れ端や串が散らかっている。

 いろんな店が並んでいるせいか複数の香りが混ざり合い、甘ったるくもスパイシーという不思議な香りが鼻をくすぐってくる。好き嫌いが分かれそうなにおいだ。

「晩御飯どうしましょうか――」
「いらっしゃい。いらっしゃい! 甘くて美味しいよー」
「少しまけてくれよ――」

 あちこちから声が飛んでくる。明るい声と暗い話題がノイズのようにずっと鼓膜を震わせた。わずかに疲労が双肩に乗っかってくるのを感じたので、果物の殻にたぷんと入った飲み物を買い込み、海岸の方へと歩く。

(酸っぱ)

 頬が緩む。

 細長い管に唇をつけ、果肉と果汁、少量のはちみつが混じった液体を吸う。植物の管を通って口内を潤してくれる。歩き食いは良くないと言うが誰もがやっているとなんだかなぁと思ってしまう。

「おう、兄ちゃん! ちょうど焼けたよ!」

 頭にねじり鉢巻きをつけたおっちゃんが忙しなく団扇を振りながら声をかけてきた。

 足を止めてみると網の上では串に刺された肉がじゅうじゅうと焼かれ、安っぽいタレの香りがダイレクトに内臓を刺激してきた。空腹を一気に自覚してしまう。

 指を二本立てる。

「二本ちょうだい」

 香りに負けて購入してしまう。歯の白いおっちゃんから商品の入った紙袋を受け取り、硬貨を差し出す。

「まいど! また来てくれよ」

 歩き出して肉を齧る。ジュースと肉で手が塞がっているので動きづらい。何度噛んでも繊維がほぐれてこない肉から、甘いタレが溢れてきてしくったなと思う。

「甘……」

 顔をしかめていると、かすかに流れてきた磯の香りに肺に溜まった空気を吐き出した。

 海が、近い。












 ウミネコが鳴く。思っていたより大きい海鳥がミャアミャアと鳴き、岩の上で同じ海鳥のくちばしをカツカツと突き合わせている。雑音が遠ざかり、自然の音が心を癒す。ぎゅっ、きゅっとあたたかな砂を踏む音。寄っては返す波が目を楽しませる。熱い風が前髪を捲り上げ、耳を掠めていく。

「すげー」
「寝てるのー?」

 砂浜の端っこ。岩場の方に寄っていくと小さな人だかり、子どもたちが集まっていた。

 それもそのはず。波打ち際に巨大生物の頭が横たわっているのだ。

 蛇にも龍にも見える首はウロコではなくふわふわした毛に覆われており、長い身体を温泉のように海に浸け気持ちよさそうに目を閉じている。頭部からは海底の岩のような黒い角が四本、白い毛をかき分けて伸びていた。

 日光を受け海面のように煌めく毛皮に、子どもたちが恐る恐る手を突っ込んでもふもふしている。その光景に口角が上がってしまう。

『……ふむ』
「あ、起きた」
「きゃあ」

 特定の足音に反応したのか、白い毛に包まれた首が瞼を上げる。潤んだ膜に覆われた金の瞳が左右に動く。蛇の口からは老人のような、玲瓏な声が発された気がした。

 蛇が首を持ち上げる。動き出す気配を感じたのか、きゃあきゃあと子どもたちが蜘蛛の子のように散って行く。横を走り抜けていく子どもたちを見ながら、肉を齧っている人物はおもむろに近づく。

 ずり落ちないようフードを押さえながら視線を徐々に上げてく。

「寝ていたのか。……もしかして疲れてる?」
『くだらぬ心配などせんでいい。何だその肉は。我にも寄こせ』

 眼前でぐぱぁと巨大な口を開いた。水晶のような牙が鍾乳石のようで、洞窟の入り口のようだ。がっつり歯と牙が並んでいるのを見て、この生き物が蛇ではないことが理解できる。

 蛇の呼吸に目を細める。

 ほんのり海底の砂のにおいがするのは、巨大生物の口臭なのだろうか。

(落ち着く)

 屈まずそのまますたすたと入っていけそうな口に、紙袋から取り出した串焼きを取り出し、差し出す。

 ギロチンが落ちる速度で口が閉まった。

 どぉんと音と衝撃で目を閉じる。巨大生物の口は肉を差し出した人物の指すれすれで閉まっていた。もう数センチズレていたら手首がなくなっていたのだが、短くなった串を紙袋に捨てている人物の表情は、やんちゃした子どもを見守っている母のように穏やかだ。

 でかい口は串ごとバキバキと肉を咀嚼する。

「どう?」
『不愉快だ』

 果汁を飲んでいる人物は噴き出しそうな口を手の甲で隠す。

「良かったな」
『何がだ? 不味い……。何故人間は肉に余計なものをかける? ただひたすら、肉を焼くだけで良いというのに』
「俺も甘いタレは苦手かな……」

 がじっと肉を齧りながら適当な岩に腰掛ける。フジツボが付着し、海水で濡れていたがまったく気にしない。

 ザザンと白い泡を立てた波に、足首まで浸かっては引いていく。流れる汗に、冷たい海水が心地好かった。

「はぁ……」

 無意識に息を吐く。

 蛇はフンと鼻を鳴らした。

『疲れているのは貴様の方ではないか。のぅ? レリス』

 目ざとく見咎められ青年――レリスリジッドは蛇ではなく、こちらをじろじろ見ている大人たちに苦笑しつつ、岩にもたれかかる。

「人混みに疲れた」
『軟弱者』

 容赦なく切り捨てられレリスはくっと喉奥で苦笑する。

「ロッドも寝てたくせに」
『む?』

 海に潜む龍・ダイヤモンドロッドはギロリと睨むと、おでこで軽くレリスを小突く。とは言ってもレリスからすればもふもふの壁がぶつかってきたようなものだが。

 痛くはない。毛が口に入っただけだ。

 ぺっぺっとしょっぱい毛を吐き出す。

『子守をしてやっていたのだろうが』
「さっきの子どもたち? ……遊んでもらっていた、の間違いだろ?」

 レリスの百倍はあろう瞳が不機嫌そうに細められた。

『生意気な小僧が』
「おいおい。同い年だろ。……ったく。図体だけでかくなった蛇が。えっらそうに」

 肩を竦めると巨大首が音もなく海に沈んでいく。

 「お?」っと見守っていると、波に紛れて飛び出してきた桃色の蛇が足首に巻きついた。

「――へ?」

 その蛇はとんでもない力で、強引にレリスを海に引きずり込んだ。

 どぱぁん! と水しぶきが上がり、視界が暗くなり空気と遮断される。

 ぐんぐんぐんぐんと海底に引きずって行かれる。レリスの両手が海水を掻くが、無駄だとばかりに身体は沈んでいく。

 岩場の方は深いと聞くが、波も強く目も開けていられない。

 目を閉じて口を塞いでいると、ふわっとしたものに尻と脚が当たった。無理して片目を開けると、暗い海底に白くて長いものが揺らいでいる。

 ロッドだ。

 海を覆うほどに広がる長い身体。白い体毛が海藻のように揺らめき、水の中に白い炎が燃えているかのよう。そこに、金の光がふたつ灯る。

「――んっ、ぐ……」

 苦しい。右足首に巻きついているものをぐいぐいと引き剥がそうとするが、ロッドの舌は絡みついていて取れない。陸地ならのんびり解けば良いが、今は制限時間のある水の中。おまけに押し寄せる波で身体が動かしにくいというのに。

 ロッドはつまらなさそうに見つめているだけだ。

「……ッ!」

 息苦しさでビクッと利き手が震える。

 ――またこれだ。ちょっとでも嫌なことがあるとこいつは海に引きずり込んでくる。

(嫌がらせがガチなんだよっ……! やめ)

 白い毛を掴もうと水を掻くがロッドには届かない。

 やがて口から大量の気泡を吐き出し、レリスの意識は薄れていく。


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