2 / 131
クォーツ島
龍と人間
しおりを挟む市場は人で賑わっている。
「おい。聞いたか? 汚染区域が広がったって話」
「また移民問題でごたごたしそうだ」
「海路も通行禁止になるところが増えたって」
「暗い話題ばっかだよな――」
大通りの左右に隙間なく露店が立ち並び、商品を求め人が集っている。人混みに慣れていないのか、フードの人物はよそ見するだけで肩がぶつかってしまう。
どん。
「チッ」
「すみません」
愛想良さそうな笑みを浮かべて通り過ぎる。そうしているとまた違う人にぶつかりかけた。秩序なく人が行き来していて、足元には踏まれまくった野菜の切れ端や串が散らかっている。
いろんな店が並んでいるせいか複数の香りが混ざり合い、甘ったるくもスパイシーという不思議な香りが鼻をくすぐってくる。好き嫌いが分かれそうなにおいだ。
「晩御飯どうしましょうか――」
「いらっしゃい。いらっしゃい! 甘くて美味しいよー」
「少しまけてくれよ――」
あちこちから声が飛んでくる。明るい声と暗い話題がノイズのようにずっと鼓膜を震わせた。わずかに疲労が双肩に乗っかってくるのを感じたので、果物の殻にたぷんと入った飲み物を買い込み、海岸の方へと歩く。
(酸っぱ)
頬が緩む。
細長い管に唇をつけ、果肉と果汁、少量のはちみつが混じった液体を吸う。植物の管を通って口内を潤してくれる。歩き食いは良くないと言うが誰もがやっているとなんだかなぁと思ってしまう。
「おう、兄ちゃん! ちょうど焼けたよ!」
頭にねじり鉢巻きをつけたおっちゃんが忙しなく団扇を振りながら声をかけてきた。
足を止めてみると網の上では串に刺された肉がじゅうじゅうと焼かれ、安っぽいタレの香りがダイレクトに内臓を刺激してきた。空腹を一気に自覚してしまう。
指を二本立てる。
「二本ちょうだい」
香りに負けて購入してしまう。歯の白いおっちゃんから商品の入った紙袋を受け取り、硬貨を差し出す。
「まいど! また来てくれよ」
歩き出して肉を齧る。ジュースと肉で手が塞がっているので動きづらい。何度噛んでも繊維がほぐれてこない肉から、甘いタレが溢れてきてしくったなと思う。
「甘……」
顔をしかめていると、かすかに流れてきた磯の香りに肺に溜まった空気を吐き出した。
海が、近い。
ウミネコが鳴く。思っていたより大きい海鳥がミャアミャアと鳴き、岩の上で同じ海鳥のくちばしをカツカツと突き合わせている。雑音が遠ざかり、自然の音が心を癒す。ぎゅっ、きゅっとあたたかな砂を踏む音。寄っては返す波が目を楽しませる。熱い風が前髪を捲り上げ、耳を掠めていく。
「すげー」
「寝てるのー?」
砂浜の端っこ。岩場の方に寄っていくと小さな人だかり、子どもたちが集まっていた。
それもそのはず。波打ち際に巨大生物の頭が横たわっているのだ。
蛇にも龍にも見える首はウロコではなくふわふわした毛に覆われており、長い身体を温泉のように海に浸け気持ちよさそうに目を閉じている。頭部からは海底の岩のような黒い角が四本、白い毛をかき分けて伸びていた。
日光を受け海面のように煌めく毛皮に、子どもたちが恐る恐る手を突っ込んでもふもふしている。その光景に口角が上がってしまう。
『……ふむ』
「あ、起きた」
「きゃあ」
特定の足音に反応したのか、白い毛に包まれた首が瞼を上げる。潤んだ膜に覆われた金の瞳が左右に動く。蛇の口からは老人のような、玲瓏な声が発された気がした。
蛇が首を持ち上げる。動き出す気配を感じたのか、きゃあきゃあと子どもたちが蜘蛛の子のように散って行く。横を走り抜けていく子どもたちを見ながら、肉を齧っている人物はおもむろに近づく。
ずり落ちないようフードを押さえながら視線を徐々に上げてく。
「寝ていたのか。……もしかして疲れてる?」
『くだらぬ心配などせんでいい。何だその肉は。我にも寄こせ』
眼前でぐぱぁと巨大な口を開いた。水晶のような牙が鍾乳石のようで、洞窟の入り口のようだ。がっつり歯と牙が並んでいるのを見て、この生き物が蛇ではないことが理解できる。
蛇の呼吸に目を細める。
ほんのり海底の砂のにおいがするのは、巨大生物の口臭なのだろうか。
(落ち着く)
屈まずそのまますたすたと入っていけそうな口に、紙袋から取り出した串焼きを取り出し、差し出す。
ギロチンが落ちる速度で口が閉まった。
どぉんと音と衝撃で目を閉じる。巨大生物の口は肉を差し出した人物の指すれすれで閉まっていた。もう数センチズレていたら手首がなくなっていたのだが、短くなった串を紙袋に捨てている人物の表情は、やんちゃした子どもを見守っている母のように穏やかだ。
でかい口は串ごとバキバキと肉を咀嚼する。
「どう?」
『不愉快だ』
果汁を飲んでいる人物は噴き出しそうな口を手の甲で隠す。
「良かったな」
『何がだ? 不味い……。何故人間は肉に余計なものをかける? ただひたすら、肉を焼くだけで良いというのに』
「俺も甘いタレは苦手かな……」
がじっと肉を齧りながら適当な岩に腰掛ける。フジツボが付着し、海水で濡れていたがまったく気にしない。
ザザンと白い泡を立てた波に、足首まで浸かっては引いていく。流れる汗に、冷たい海水が心地好かった。
「はぁ……」
無意識に息を吐く。
蛇はフンと鼻を鳴らした。
『疲れているのは貴様の方ではないか。のぅ? レリス』
目ざとく見咎められ青年――レリスリジッドは蛇ではなく、こちらをじろじろ見ている大人たちに苦笑しつつ、岩にもたれかかる。
「人混みに疲れた」
『軟弱者』
容赦なく切り捨てられレリスはくっと喉奥で苦笑する。
「ロッドも寝てたくせに」
『む?』
海に潜む龍・ダイヤモンドロッドはギロリと睨むと、おでこで軽くレリスを小突く。とは言ってもレリスからすればもふもふの壁がぶつかってきたようなものだが。
痛くはない。毛が口に入っただけだ。
ぺっぺっとしょっぱい毛を吐き出す。
『子守をしてやっていたのだろうが』
「さっきの子どもたち? ……遊んでもらっていた、の間違いだろ?」
レリスの百倍はあろう瞳が不機嫌そうに細められた。
『生意気な小僧が』
「おいおい。同い年だろ。……ったく。図体だけでかくなった蛇が。えっらそうに」
肩を竦めると巨大首が音もなく海に沈んでいく。
「お?」っと見守っていると、波に紛れて飛び出してきた桃色の蛇が足首に巻きついた。
「――へ?」
その蛇はとんでもない力で、強引にレリスを海に引きずり込んだ。
どぱぁん! と水しぶきが上がり、視界が暗くなり空気と遮断される。
ぐんぐんぐんぐんと海底に引きずって行かれる。レリスの両手が海水を掻くが、無駄だとばかりに身体は沈んでいく。
岩場の方は深いと聞くが、波も強く目も開けていられない。
目を閉じて口を塞いでいると、ふわっとしたものに尻と脚が当たった。無理して片目を開けると、暗い海底に白くて長いものが揺らいでいる。
ロッドだ。
海を覆うほどに広がる長い身体。白い体毛が海藻のように揺らめき、水の中に白い炎が燃えているかのよう。そこに、金の光がふたつ灯る。
「――んっ、ぐ……」
苦しい。右足首に巻きついているものをぐいぐいと引き剥がそうとするが、ロッドの舌は絡みついていて取れない。陸地ならのんびり解けば良いが、今は制限時間のある水の中。おまけに押し寄せる波で身体が動かしにくいというのに。
ロッドはつまらなさそうに見つめているだけだ。
「……ッ!」
息苦しさでビクッと利き手が震える。
――またこれだ。ちょっとでも嫌なことがあるとこいつは海に引きずり込んでくる。
(嫌がらせがガチなんだよっ……! やめ)
白い毛を掴もうと水を掻くがロッドには届かない。
やがて口から大量の気泡を吐き出し、レリスの意識は薄れていく。
3
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした
まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる