全種族の男の子、コンプリートを目指す魔女っ娘♂のお話

水無月

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01 陽光知らずの森の魔女♂

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 青年は腰を抜かす。

「あ、ああ……」

 そんなはずはない。そんなはずは。
 どれほど現実を否定しようと目の前に広がるは血の池で、その中央に敬愛する魔王様がぷかぷかと浮かんでおられる。
 そんなはずはない。そんなはずはない。
 青年自身も血で真っ赤になりながら、しかし魔王の仇を討とうと奮い立つことは出来なかった。
 それほどに怯えてしまっていた。
 魔王様を物言わぬ骸に変え、それを見下ろしている存在。
 魔王より強い生物などいない。
 ならばそれは神か。
 ふざけるな。そんな神がいるものか。

「ま……魔王様……」

 愛しい魔王を無残な姿に変えた存在が、じぃっと青年を見た。









 🌙




 常に三日月が浮かぶ陽光知らずの森。崖の上にそびえる怪しげな洋館。
 人の背丈より高い窓から差し込むわずかな月光。
 それを明かりに、分厚い魔導書に埋もれるようにしてその人物は本を読み漁っていた。
 透き通るようなレモンイエローの髪に、少女のように整った顔貌にはぱっちりと大きな瞳。頼りない肢体を包むのは黒とオレンジの縞々ローブ。頭にはローブとおそろいの柄のどでかい三角の帽子。
 色合いは派手だが、その姿は物語などに出てくる古風な魔女そのもの。しかし身につけているのが小柄な少女なため、どこか「ごっこ」臭さが抜けない。
 廃墟と勘違いするほどに静寂で満ちた部屋の中では、暖炉の火がパチパチとオレンジに輝く。
 温かい室内。
 外では雪の足音が近づいていた。

 コンコン。
 戸を叩く軽やかな音。

「入れ」

 本から視線を離さずぶっきらぼうに入室許可を出す。
 キィと扉が開き、黒衣の青年が入室してきた。

「失礼します。カロンティーと桜餅をお持ちしました」
「お前この季節によく桜餅作ろうと思ったな」

 流石に本から顔を離してツッコむと、青年は憎たらしそうに「はあ?」と返す。

「人間の季節感や行事など、知りませんよ」

 この洋館の主人に下唇を突き出し、唾棄しそうな表情をしているのは、冒頭で腰を抜かしていた青年である。

 金薔薇の刺繍が施された皺ひとつない燕尾服。尻まで届く長い黒髪は後ろで一つに結わえ、左目には金のモノクル。魅力的な猫目は満月を思わせ、身につけた装飾品がすべて金と、なんともゴージャスな執事である。
 彼はティーテーブルに山積みされた本をどささーっと下に落とすと、そこにティーカップとお菓子を置いていく。

「本は大切にしろとあれほど……。その本めちゃくちゃ重いんだぞ」

 洋館の主人は頭痛そうに額を押さえる。
 読みかけの本を膝に乗せ、片手をポッケに突っ込む。かすかにチャリッと何か固いもの同士がこすれる音がした。
 手のひらを上に向け、親指を除いたすべての指をくいっと上に折り曲げる。すると、落とされた本たちがふわりと浮き上がり、別のテーブルの上に独りでに積み重なっていく。
 それを見て青年はチッと行儀悪く舌打ちする。

「いつ見ても見事な魔法。このキャット――感服いたします。女装野郎が」
「聞こえてんぞ」

 胸に手を当て恭しく腰を折る青年執事。
 洋館主人はよいせっと椅子から降り、本の山を避け、ティーカップに口をつける。

「うん。良い香りだ。味も俺好みだ」

 カロンとはこの洋館の中庭にのみ存在している植物の実。桃に似て、やわらかい身に甘い香りが特徴。大量栽培に成功したら売り出したいと主人は思っている。
 季節感を無視した桜餅も美味しい。

「んあ~。頭使った後は糖分だよな~。この甘いセットが最高だ~」

 満面の笑みで、落っこちそうなほっぺを両手で押さえる。洋館主人の外見は十二歳ほど。床に届くほどのたっぷりした髪に、リンゴを思わせる頬。背丈は青年の半分ほどしかなく、そこには見るものを癒す可愛いがあった。

「……キッツ」

 そんな可愛いを見て、執事の浮かべた表情は怨嗟。子どもが嫌いな人もいるだろうが。彼が浮かべているのは嫌いではなく、憎しみの顔。大切な人を奪われた遺族が犯人に向ける眼差しに似ている。
 あまりの恨みからか、思っていたことも口から滑り出てしまう。
 まあいいかという顔の執事に、立ち食い中の主人は怒らなかった。
 もぐもぐと咀嚼しながら眉を八の字にする。

「なーに怒ってんだよ。カルシウム不足か? 小魚の煮干し、いる?」
「いりません。くたばってください」

 懐から煮干しを取り出した主人に一礼すると、青年はドアを破壊する勢いで閉めて出て行った。
 いくつかの本が崩れ、天井から砂埃がパラッ……と落ちる。
 勿体ないので煮干しを齧る。

「……何を怒っとんだ、あいつは」







(――クソッ、クソ、クソ!)

 肩を怒らせ、人殺しそうな目つきで廊下を歩く。
 彼の名はキャットベリル。見た目年齢は二十歳頃で、背は高くすらっとしている。使用人の服ではなく貴族などが好むコートなどを着れば王子様のように見えるだろう。実際、彼は王族に近しい立場だった。
 ドアを蹴り破る勢いで厨房に戻る。

「クソが……。あの変態女装野郎が」

 形の良い眉をきりきり逆立て、彼は洗い物を始める。主人の前ではないので上着は脱いで、純白のシャツは雑に袖をめくっていた。

「平然と食べやがって。しかもうまそうに」

 彼の作った桜餅。途中までレシピ通りに作り、最後に猛毒の花びらを仕込んでやった。
 高位モンスターであろうと腹を下すその花は、人間が一枚でも齧れば最悪死に至る。
 それをありったけの呪いと憎悪を込めて餡子と包み、塩漬けした桜の葉でくるむ。
 やっと手に入った猛毒の花。
 ルンルン気分で部屋へ届ける。しかし主人は死ななかった。

(けろっとしてやがる……)

 ギシギシと音が鳴るほど奥歯を噛みしめる。
 その時、部屋の奥から足音がした。
 入り込んだ小動物か虫か。
 泡まみれの手で綿棒を掴み、音のした方へぐるりと首を向ける。

 そこには――

「皿洗いか。精が出るな。ベリ……いや、キャット」

 くりくりおめめの幼児だった。
 十歳ほどだろうか。ちびの主人よりさらに小さい。艶のある短い黒髪に、アメジストを思わせる澄んだ瞳。いいとこのお坊ちゃんのようなベスト姿で、むちっとした小さなお尻が見えそうなほど短いズボン。白の靴下にソックスガーターを付けた愛らしさと凛々しさを備えた姿。
 なんとか尻が見えないように、ズボンを引っ張っている。無駄な努力が愛らしい。
 キャットは脊髄反射で膝をついた。

「これは――ゴルドバード様。何故このようなところに」

 十歳と二十歳。
 大人側が臣下のように膝をつくが、幼児は疑問に思うことなく当然のように腕を組む。

「うむ。いやなに、喉が渇いてな。ミルクなるものをもらいに来ただけだ」

 と言って、お子様サイズのグラスを見せる。
 キャットは額で床を打ち付けた。洋館が揺れ、普通に穴が空いた。

「ゴルドバード様の喉の渇きに気づかぬとは……。このキャット一生の不覚ッ! 死んでお詫びを!」

 ゴルドバードと呼ばれた幼児はあきれ顔で、だが慣れた様子で椅子によじ登り腰かける。

「死ななくていいから。ミルクを入れてくれ」
「ハッ! この命に代えましても」
「……お前はいい奴だけど、その斜め上の忠誠心はどうにかならんか?」

 かっこつけて椅子に掛けていた上着に袖を通し、手袋も新しいのに変え、びしっと身なりを整える。モノクルは無事だった。
 冷蔵庫を開け、冷気が零れる内部からミルクの入った大きな透明の瓶を取り出す。
 主人お手製の冷蔵庫。その中には氷の魔石が設置されており、夏だろうが炎の中だろうが気温が一定に保たれる。


 ♢洋館の主人のメモ♢
 「魔石」とは魔の力を宿したモンスターの核。つまり心臓みたいなものだよ。
 モンスターをぶち殺せば手に入るよ。
 氷の力を宿したモンスターからは氷の魔石。炎のモンスターからは炎の魔石が取れるよ。
 強いモンスターほど、魔石は長持ちするよ。大きさはだいたい一緒だけど、たまに大きいのが見つかるよ。それは高値がつけられているから、売った方が良いね。
 メモ終わるよ。


 よく冷えたミルクをグラスに注ぐ。

「どうぞ。ゴルドバード様が飲むにはあまりに安物ですが……」

 表情を曇らせる執事に、ゴルドバードは首を左右に振る。

「そんなこと気にせずとも良い。ありがとう、キャット」
「な、なんと勿体ないお言葉」

 瞳を潤ませる執事に幼児はくっと笑い、ごくごくとグラスを傾けていく。
 ぷはーっ。

「冷たくてうまいな」

 腰を九十度にきれいに曲げた執事が無言でハンカチを差し出してきた。
 一瞬ハテナを浮かべるが、すぐにピンときたゴルドバードはそれを受け取る。

「気が利くな」

 ごしごしと白いひげを拭き取る。
 洗って返そうとハンカチを仕舞うと、アメジストの瞳がじっとキャットを見上げる。

「――で? 先は荒れていたようだが。何かあったか?」
「っ」

 顔を引きつらせ、執事はギクッと背筋を伸ばす。

「そ、それは……」
「また、主人殿に挑んでいたのか? めげないな、お前も」
「な! 『殿』など。あのような者に敬称など不要です! 道端の雑草で十分です」

 ゴルドバードは呆れたように足を組み、テーブルに頬杖をつく。

「それだと我らは雑草に負けたことになる。お前は納得しづらいだろうが、『主人殿』。これでよいのだ」
「……っく」

 キャットは拳を握る。

「それでまた怪我をしたか? 見せてみろ」

 腰を上げかける幼児に、手を振って制する。

「だだ、大丈夫です! 無策で挑むのではなく、今回は桜餅に毒花を詰めましたので!」
「毒殺か。その様子を見るに、効果はなかったようだな」
「……はい」

 あの化け物は毒も効かないのか。いや、だからといって毒でころっと逝かれては肩透かしもいいところと言うか、あっけないと言うか。言語化できない何とも変な気持ちになる。
 胸を押さえる彼に、ゴルドバードは机に目を向ける。

「何を作ったんだ?」
「桜餅です。あのボケ――ではなく、主人のレシピ帳にあったので、挑戦してみました」
「すっかり菓子作りが板についてきたな」

 悪戯っ子のようにくくっと笑われ、執事は頬を赤くして顔を逸らす。

「サクラモチ……か。聞いたことがないな。どれ。良かったら余にひとつ作ってくれないか?」
「も、もちろんでございます! 少々お待ちを」

 飯炊きなど使用人の仕事! と思っていたキャットだがやってみると思いのほか楽しく。今ではすっかりハマり、たとえあの主人のためだろうと、お菓子づくりは断らなくなっていた。今ではむしろ積極的に作りキッチンを占領している。
 三つ作り一つは主人に持って行ったので、ふたつを皿に良い感じに並べ、テーブルの上に置く。

「どうぞ。ゴルドバード様」
「ありがとう」
「そ、そんな。礼など――」

 わたわたするキャットに小さくほほ笑み、ナイフとフォークで切って食べる。
 まっすぐ伸びた背筋に、完璧なテーブルマナー。
 キャッツはそれをうっとりと眺めながら、洗った皿や道具を拭いていく。
 ぱくっ。

「……うむ。ねちねちして不思議な食感だな。香りも独特だ。中にあるのは黒い、なんだ? レバーか?」
「餡子です。簡単に言いますと、小豆と言うものを粉砕して砂糖を加えたもの、らしいです」
「……主人殿は相変わらず、余ですら聞いたことのないものを揃えているな。まるで――別の世界からやってきたようだ」
「だとしたら。そんな特定外来生物を放流しやがった奴がいるはずです。顔面に拳を入れなくてはいけませんね」
「さわやかな笑みで何を言っておるのだ、お前は」

 もちゃむちゃ。
 気に入ったのか、結構大きめの桜餅は皿の上から消えた。
 ナプキンで口を拭く。

「ふう。実に美味であった。褒めてつかわすぞ? キャット」
「ははぁっ! ありがたき幸せ。幸せすぎて怖いので、ちょっと死んできます」

 崖の上の洋館。落ちたら確かに死ねるだろう。
 窓に向かって走りかけた燕尾服の尻尾をつかまえる。

「いちいち死なんでよい。それより部屋の場所を忘れたから、案内してくれ」
「はっ!」

 この洋館は入り組んでいるうえ、迷いやすくなる魔法までわざわざかけてある。侵入者対策なのだろうが、こんな辛気臭いところに誰がやってくると言うのだ。
 とはいえ、ゴルドバードの案内などキャットにとっては名誉なこと。笑みを浮かべて前を歩く。

「少しふらつくな。手を繋いでくれ」
「何たる幸運! 歓喜の極み! 薄汚れた手ではございますが、どうぞ」
「……」

 土下座してシュバッと手を差し出してくる外見二十歳に、ゴルドバードもさすがに顔色を悪くする。

「お前……。なんでやねん。城に居た時、そんなんちゃうかったやん。面白みの欠片もないクソ真面目な奴やったやん? どうした?」

 手を差し出したまま、執事は顔を上げる。

「だ、だって! ……その……。不謹慎ではありますが、ゴルドバード様を独り占めできる環境が素敵すぎて……」

 つい、舞い上がってしまった、と。
 ゴルドバードはやれやれと頬を掻く。

「そんな可愛いことを言っても何も出ぬぞ?」

 ぎゅっと、小さい手が青年の手を握る。
 キャットは幸せに酔いながらふわふわと歩く。

「ところでキャット」
「はっ」

 すぐさま表情を引き締める。

「余のことはごっちんとでも呼んでくれぬか?」

 引き締めたキャットの目が点になった。

「え? ……え? は?」

 脳が理解せずしどろもどろになると、ゴルドバードが見上げてくる。
 キャットはすぐさま片膝をついて目線を合わせる。

「ごっちんだ」

 ゴルドバードはさも「良いあだ名だろう?」と言いたげな顔。

「昨日、十分くらい考えて思いついたのだ」
「なにをっ? 何を仰られるのです? 貴方様にはゴルドバード・ミカエリスという、気高き名が……」
「余はもう何者でもない。ただのゴルドバードだ。ならばあだ名の一つもあって良いだろう?」

 キャットは愕然と口を開ける。
 ゴルドバードは自虐的な笑みを一瞬浮かべ、キャットの黒髪を撫でる。

「余とお前はもう対等なのだ。いつまでも臣下のように振舞わなくとも、良いのだぞ?」

 キャットは心臓、核の上に手を当て臣下の礼を取る。

「御冗談を――。対等になったところで、私の忠誠心は揺るぎません」
「……」

 頑固者のつむじを、ゴルドバードはため息をつきそうな表情で見つめる。

「まあ、よい。だがごっちんと呼んでもらうぞ」

 身を翻す彼に、キャットは影のように追従する。
 おずおずとゴルドバードに話しかけた。

「ほ、本気ですか? ゴルドバード様」
「……」
「ご、ごっちん様」
「うむ? どうした?」

 にやりと笑われ、キャットはどきりと胸が鳴る。
 頭を振り、キャットは困ったように額を押さえる。

「またそのような、可愛らしいあだ名を……」
「ははっ。良いではないか。余はもう――いや、私はもう何者でもないのだ。だいたい、ゴルドバードなど長くて言いづらいであろう」

 軽快に笑うゴルドバー……ごっちんに、キャットはこっそり苦笑する。
 城にいるときより、イキイキしておられるのはもはや気のせいではあるまい。キャットを不安にさせないように無理をして明るく振舞っているのか、それとも本当に――
 キャットは再び手を繋ぐ。

「お戯れが過ぎますよ。――魔王様」

 ゴルドバード・ミカエリス。かつて「魔」のつく生物全ての頂点にいた男は、口元に笑みを乗せたままそっと目を閉じるのだった。


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