5 / 189
一人目
05 アラージュの衣装
しおりを挟む風呂上りは食事となった。
「あ、あの?」
あたたまりほっかほかになったエイオットの正面に料理が山と積まれる。どれもこれもいい香りで、量が半端ではない。しかも、いわゆるお誕生日席に、主人を差し置いてエイオットが座らされた。
本当にこれ一人で食べてもいいのかと疑問に思い執事を見るも、彼は気まずそうに目を泳がせている。黒髪の男の子は悲しそうな顔でずっと頭や背中を撫でてくる。
……主人はずっと過呼吸で机に突っ伏していた。
「早く食え」
「い、いただきます」
すごく目を合わせてこない執事に促され、エイオットは手を合わせる。
休憩で食べたお弁当はたいへん美味だったが、三人分を四人で分けたため量が少なかった。エイオットは夢中で食べる。
「おいしい。おいしいよ」
「ゆっくり食え」
「そうだ。ワイン飲むか?」
「キャット。未成年だ」
やたら動揺している彼に、ごっちんがツッコミを入れる。性被害の話が衝撃だったようだ。
「それ俺のワイン~」
入れてほしそうにワイングラスをキャットに向けるも、
「はい。水です」
「……」
主人のグラスには透明な液体が注がれた。
実父と盗賊からの暴力に長距離移動。疲弊しただろう。すっきりして腹が膨れた今、エイオットはすやーと眠ってしまっていた。手にフォークを握りしめたまま。
水を飲んでいた主人と口元を拭っていたごっちんと明日のメニューを考えていたキャットが同時に目を向ける。
主人はトンとグラスを戻し、ひょいと椅子から飛び降りる。
「可愛い寝顔だな~。しょうがない。俺が部屋に運ぶか」
風呂から出た際に足首まである裾の長い寝間着を着せておいたので、起こす必要なくこのまま寝かせてあげられる。
「変態が寝てる子に触るな。俺が運ぶ」
「俺が運ぶもーーーん」
決闘(じゃんけん)の末、主人が運びキャットが扉を開ける係。ごっちんも、エイオットの部屋がどんな内装なのかと気になりついていく。
廊下を進み、扉に触れる。
「扉を開けた瞬間、爆発しないでしょうね?」
「きみ、俺を何だと思ってんだ? しないよ」
「話しかけないでください」
聞いたから答えたのに……と笑顔のままげっそりしている主人を無視し、やたら警戒するように扉をキィッと開ける。
中はピンクのファンシー部屋だった。
白いレースで飾られたピンクのカーテン。ベッドや椅子も白い花柄のピンク。唯一絨毯だけは黒かったが、そのせいで余計にピンクを際立たせている。フローライト(光る石)の色もピンクだ。
キャットは無言で扉を閉めた。
「何故閉める?」
「なんっだこの……乙女全開の女の子のような部屋は⁉」
「俺の趣味だ」
「そうかキモいな」
キャットとごっちんと心にダメージを負った主人が入る。
「俺の部屋の方が広いですね」
「そりゃあね。きみでかいし」
ピンクの部屋が珍しいのかきょろきょろしていたごっちんが訊ねる。
「キャットの部屋は何色で統一されているんだ?」
「ごっちん様の髪と瞳の二色でそろえております」
「……う、うむ」
子狐をそっとベッドの中心に寝かせる。身体が大きく育つ獣人が寝てもまだまだ余裕のあるように設計されているので、子どものエイオットにはかなり広いだろう。だってもっと人数が増えてきたら、仲良くなった子と一緒に寝るかも知れないしな。ベッドは最低でも三人は並んで眠れる大きさの物にしているぞぐへへ。一緒に寝る未成年たち……ぐへへ。
「こんな部屋で寝たら悪夢を見るんじゃないですかね……」
「じゃあ、きみの部屋で寝かせてあげるかい?」
「嫌ですよ」
「なんだお前」
主人と執事が話している間、ごっちんは花柄の上掛けを肩まで引っ張り上げてやる。
「私たちも部屋に戻るか」
きゅっとキャットの手を握る。
「はわわわわ……。ごごごご案内します」
「はい。おやすみー」
各自、部屋に戻った。
刃物を持った盗賊が物置の中に入ってこようとする。
「はっ!」
エイオットはそこで目が覚めた。
悪夢を見た気がする……それはそうと視界がピンク一色だ。悪夢が吹っ飛ぶほどの衝撃だった。目が点になる。
しばしぼーっとしていたが、やがて頭がさえてくる。
もう一度丸まって眠ってしまいたくなるほどふかふかのベッド。やわらかそうでしっかりとした造りの椅子やクローゼット。ピンクの光に照らされた室内は村の生活では考えられないほど、ピンクで溢れていた。
「ここは……?」
あの人たちは?
三人を探す。
短い間だったが、確かに一緒だった。不気味だし怖いし壁があるけど、父さんや盗賊たちよりよほどマシだった。
お風呂にも入った。ご飯も食べさせてくれた。
いないの? おれ、一人になっちゃったの?
ベッドの下、椅子の後ろをくまなく探す。
黒い瞳にじわっと涙が浮かぶ。
やわらかな絨毯にぺたりと座り込み、べそべそと泣き始める。こんな高価な家具より、誰かがそばにいてほしい。
「……ふえ……ひぐっ、ぅえ……」
広い部屋に小さな嗚咽が虚しく響く。
――コンコンッ
「!」
へにょっていた耳がピンと立つ。
「起きているかい?」
あの女の子の声だ。
「ごしゅじんさま!」
扉を開け、飛びついた。
「うおっと……。どうしたの? 怖い夢でも見た?」
床に膝をついて自分より小さな身体をぎゅうぎゅう抱きしめる。ほんのりだが、昨日の石鹸の香りがした。
「さみしかった……。どこか、行っちゃったかと、おぼっだ……」
主人は苦笑しながら頭を撫でる。
「おやおや。きみの中の俺はえらい薄情な奴だね。叱っておいてあげよう。ほら。顔を見せて」
「う……?」
頬を両手で挟まれ、優しく上に向けられる。間近にある魔女っ娘の瞳は、ピンクの光を受け赤紫に見えた。
「おはよう。エイオット」
「お、おはよう、ございます……」
おはようなんて言ったの、いつぶりだろうか。
扉を閉め、主人は部屋の椅子に勝手に腰かける。足が届いておらず、ぶらぶらと揺れている。
「エイオット。大事なことなんだが、きみの年齢を教えてくれるかい? 見た目は十五歳くらいってとこか」
もう一つある椅子に座ればいいのに、エイオットは主人の足元に腰を下ろす。
「おれ? 九歳です。たぶん」
主人の青い瞳がきらっと光る。
「ほほう。一桁か。素晴らしい」
「たぶん、ですよ?」
「構わない。どうせきみは未成年だ。俺の未成年センサーがビンビンに反応しているからな」
「はえ……?」
この人何言ってるんだろう、という顔をする。主人はよっと椅子から下りると、風呂敷に包まれたものを渡す。
「エイオット。きみの服だ。好みじゃないかもしれないが」
「え? いいんですか?」
まさか服を支給してもらえるとは思ってなかったのだろう。床に座り、ふりふりとふあふあ尻尾を振りながら包みを解く。
(もしかして尻尾があるから椅子に座らないのだろうか)
主人は家具選びを失敗したなと椅子を見つめる。
(どんなのだろう……)
エイオットはわくわくしながら初めてのプレゼントを開ける。
中には確かに服――服? 布が入っていた。装飾品なのか金の、飾り? も付いており高価そうなことだけは分かる。
逆にそれ以外は何も分からない。布面積がとにかく少ないし、この三角形の布はなんだろう。どこから頭を出せばいいのかも、手首を出せばいいのかもわからない。
あちこち角度を変えて眺めてみるも、さっぱりだ。
「……」
頭がこんがらがりそうなので、素直に主人に聞くことにする。
「これ、なんですか?」
「きみの服だよ。着方が分からないかい? 俺が着せてあげよう。脱ぎたまえ」
「は、はい」
女の子の前でちょと抵抗はあったが、エイオットはもたもたと寝間着を脱いでいく。
「脱いだ服は椅子の上に置いてね」
「はい」
下着は身につけていなかったのでこれで全裸だ。
「脱ぎました」
「ありがとう。両手を横に広げてじっとして」
エイオットは言われた通りTの字になる。
せっせっと慣れた手つきで着せていく。
時折チャリチャリと、装飾品がぶつかり涼やかな音を立てる。
エイオットは楽しみに待つ。
「ほい。これでいいよ」
「え? もう? なんだか。すーすーする……」
自分を見下ろすと、服を着たはずなのにお腹が見えた。
服を、着たはず、なのに。
「?」
言うなればアラビアのお姫様の衣装に近い。お腹が見えるデザインで、手首や足首の布がきゅっと締まり、袖や足元がふんわりゆとりのある造り。違うところがあるとすれば、肝心なところの布が少ない、と言ったところだろうか。
腕や足は白い布なのに、股間を隠す布は黒でしかもマイクロビキニほどの面積しかない。胸にいたっては垂れ下がる布で隠してあるだけ。両手を万歳すれば桃色の突起が丸見えになってしまう。
肩から鎖骨、そして腰回りを丸い金の飾りが等間隔でつけられ、踊り子のように動けばいい音を奏でてくれるのだろう。
背中も大きく開いており、ぷりっとしたお尻もよく見える。下は裸足だ。
砂の大国・アラージュの伝統衣装。お祭りの夜。位の高い女性が身につけ、信仰する神に捧げる踊りを舞う。その時の衣装で神聖なものである。
けっして夜の服でもエロ衣装でもない。前国王がハーレムの女性全員にこの衣装を着せたことが発覚した際は、少々揉めたが。
(放心して)言葉もないエイオットに、主人は満足げに頷く。
「ううん。いいね。よく似合っているよ」
「……」
「流石俺だ。自分のセンスが怖いな。あ、そうそうエイオット。散歩に行こう。トイレの場所とか入っちゃいけない場所とか、教えてあげる」
「……あの。ご、ごしゅじんさま? ごしゅじんさま」
「ん?」
エイオットの顔は真っ赤になった。
「これ、なんです……か?」
「服だが?」
平然と返され愕然とした。
「こ、こんなの。服じゃ……。なんですかこの、服? は!」
「良く似合っているよ」
「やだ、こんな服。やだ!」
腕を振ったり地団太を踏んだりするものだから、装飾がチリチリと音を立てる。
主人は腰に手を当てる。
「何が不満だい?」
「おヘソ丸見えだし、お尻もぜんぜんかくれてないっ。恥ずかしいよ。こんなの……」
羞恥から先ほどとは違う涙が滲む。
「おかしいよ。おれ、男の子なのに……」
エイオットの涙も目の前の人には効果がない。主人は聴きたい台詞が聞けたと舞い上がっていた。
「ッシャァ! ふっ。やはり恥ずかしがりながらの「おかしいよ。おれ、男の子なのに」は最強だな。下半身にズドンときた。この台詞、最低でも年に一度は聞かないと死にそうになる」
話の通じなさに若干慣れてきたのか、じたばたと暴れる。
そのせいか、おちんちんが下着からはみ出そうになった。
「あっ!」
急いで下半身を手で押さえる。何とかパンツの中に仕舞おうともじもじさせるが、面積が足りなくてうまく収まらない。女の子がガン見してくるから余計にやりづらい。
「ふえ……」
「見事だ。だが言っておこう。きみには俺が渡す服以外、袖を通すことは禁ずる」
「えっ!」
「嫌なら裸でいると良い。それもまた良き」
「……」
エイオットは頭が真っ白になる。この洋館に来て、何度驚かされたことか。
この、裸より恥ずかしい服で過ごすか、裸でいるかを選ばなくてはならない。
究極の選択を迫られ、九歳ははたまらず逃げ出す。
(なんでなんで⁉ おかしい、おかしいよ!)
素晴らしい俊足。人間ではまず捕まえられない。
しかし――
「あ、あれ?」
ガタガタ。
どれだけ押しても引いても扉は開かない。
「開けて! 出して。出してよ!」
どんどんと扉を叩きまくるが結果は同じ。その間にもゆっくりと、女の子は身体をエイオットの方へ向けていた。
それが余計にエイオットをパニックにさせる。
「誰か来て! お兄さん。しつじのお兄さん! いやだぁ。いやだいやだ!」
本当は黒髪の子に助けを求めたいのだが、生憎名前を教えてもらっていない。
「エイオット。怖がらなくていいよ。可愛いよ」
「来ないで……ふええっ、来ないで!」
悲鳴に近い声を上げるも、エイオットの願いは聞き届けられなかった。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる