全種族の男の子、コンプリートを目指す魔女っ娘♂のお話

水無月

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16 レムナント

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🌙







(なんで、こんなことに)

 嘶きの空。
 膝を抱え洞窟の隅で小さくなって震えているのは、レムナント・ジョン・ロッドレイツ。
 傷一つないがその端正な顔は、血がこびりつき深い恐怖で染められていた。高い位置で結われた灰色の髪も数日洗っていないためにべたつき、この日のためにあつらえた服も砂と血で塗れている。

「レムナントさん」

 ビクッと肩を震わせる。おそるおそる岩陰から顔を出すと、宵の明星のリーダーである黒騎士ミョドモンさんだった。あんな厳つい鎧を着ているのに、足音ひとつしない。

「これを」

 片膝をつき、差し出してきたのは小さな赤い木の実。危険を顧みず食料を探してきてくれたのだ。頭が上がらない。

「ありがとうございます。でも、ミョドモンさんが食べてください。貴方の体力が何より大事です」
「俺ぁさっきいっぱい食べてきたから、な。これはレムナントさんに」

 にかっと一本欠けた白い歯を見せて笑ってくれる。まったく笑っていられる状況ではないが、暗くさせまいとしてくれているのだろう。痛くて辛いことになれている私は、人の温かさで涙が出そうになる。
 ぐっと下唇を噛んで涙を堪える。泣いている、状況ではないのだ。

「少し休むわ」

 そう言って赤い飾り羽が付いたヘルム(兜)を脱ぐミョドモン。顔の下半分を覆うようなチクチク髭がカッコイイ。
 疲労困憊で本当は鎧も脱いで一息つきたいのだろうがそこは一流のハンター。休む時でも警戒は怠らない。
 申し訳ないと思いつつ、喉の渇きが限界なので赤い実をひとつ口に入れる。

「っ! すっぱ! ~~~ッ!」

 ブルルッと全身を震わせるレムナントに、ミョドモンと洞窟の入り口で見張りをしていたデーネがげらげらと笑い出した。
 何とか飲み込んだレムナントは涙目で抗議する。

「知ってましたね!」
「だっはっはっはっは! 傑作だよ。レムナント様」

 腹を押さえて転げ回るデーネ。
 ミョドモンも気が済むまで笑い飛ばしたのち、軽く頭を下げた。

「すまんすまん。だがなぁ、その赤い実はハンターの洗礼みたいなもんだよ。どこにでも自生していて、だが豊富な水分と体力を回復させる効果も持つ。薬も買えないような新人ハンターがよく世話になる実だ。覚えときな」
「……はい」

 殊勝な態度で頷くお貴族様に、ミョドモンは感心した風にじょりじょりした顎髭を撫でる。

「ずいぶん変わったな。レムナントさん。初め会った時は無理してるなぁと思ったのに」
「そ、そんな風に思っていたのですか⁉」

 ガーンとショックを受ける彼に、デーネは警戒を強めながら笑いすぎによる涙を拭う。

「ええまあ。箱入りお坊ちゃんが無理に踏ん反り返っているような感じ?」
「!」

 ミョドモンも同意する。

「市民が想像するような『生意気で偉そう』な貴族を頑張って演じている……そんな気がしてよう。俺ら内心でうぅーんってなったもんだぜ」
「⁉」

 顔を真っ赤にし、レムナントはさらに小さくなってしまう。

「そ、それは……」

 レムナントははっきり言って自分が貴族だとは思っていなかった。生まれ持った膨大な魔力のせいで魔封じの手錠と足枷を嵌められ、地下室で一人暮らす日々。魔封じを買う金のない市民の出だったならば殺されていた。父上に感謝なされよと、ご飯を運んでくる防御魔法に秀でたお抱えの魔法使いに言い聞かされる。
 レムナントは地下から出て家族に会いたい、いっしょに暮らしたい一心で、ここまでの年月を魔力操作に費やした。

 ロッドレイツ家は家族だろうと厳しく、

「レムナント。マフラーなど編んでみました。地下は冷えますから。お使いなさい」
「ありがとうございます。母上……」

「はっ。お前のような者が私の弟とはな。いいか? 貴様如きが私と対等など、思い上がるなよ? そうそう。土産を持ってきたんだ。貴様などこの庶民の菓子ごときで十分だ」
「ありがとうございます。兄上」

「おい。まだ魔力制御できないのか? 貴様のせいで我らは防御魔法ばかり上達していくではないか……! え? 会いに来なければいい? ば、馬鹿が! 貴様如きが指図するな」
「兄上……」

「おおーん。どうしようレム! 母さんをバチクソ怒らせちゃったよー。どうやったら機嫌なおるかなー?」
「父上。またですか」

「うぎゃー! レムナントふざけんな! あの鬼女(許嫁)との結婚の日取りが決まっちまった! いやだー。決闘で私を吹っ飛ばした女なんて。あんなゴリラ一族に嫁ぎたくないーっ」
「落ち着いてください。檻を揺らさないで……。それと男は嫁ぎません」

 厳しく……厳しいところもあったかもしれないが、身内には優しかった。二つ上の次男は極端に無口で、会いに来ても一言も発さず、絵を描いているだけだった。
 家族と、嫁いできた義姉以外の人間とろくに離したこともないのだ、そもそも貴族がどういったものかもあまり知らない。
 ゆえに『宵の明星』と会った時は家名を汚さぬよう、また「貴族とは舐められてはいけない」という兄の言葉を思い出し、頑張ってナンカエラソウな感じを自分なりに出したのだ。

 それがまさか気まずい空気を生み出していたとは。宵の明星の皆さん、妙に目を泳がせる変わった方だなぁと思っていたら。

「…………ッ」

 カァと顔を赤くし、ケツを向けて蹲るレムナントにミョドモンはヘルムを被りなおす。

「ま、俺ぁいまのあんたの方が好きだぜ? 最初のレムナントさんはよ。ちょっと……どう接すりゃいいか分からなかったからな」
「……忘れてください」

 魔力制御を可能になった途端、何もすぐに外の世界に飛び出したわけではない。数ヵ月は家族以外の人間、つまり使用人や義姉の家族相手にコミュニケーションを取ったりしてみた。ぎこちないが、自分なりに話せていたと思う。
 そうなってくると今までの恩を返し、家族の役に立ちたいと思うわけで――

 そこそこ経験を積んでから、家のために、ひいては国のために騎士になろうと思ったのに。いきなりこんな目に合うとは。
 赤ランクが護衛につくと聞いた時は大げさな、と思ったが、今にしてみれば彼らで助かったと思う。

 弱いモンスターしかいない『始まりの草原』にて。動く粘液(スライム)を相手に剣でぺちぺち戦い、辛くも勝利を収め、後ろで見守っていた宵の明星がノリ良く拍手してくれた時だった。

『わあ。まおーさま。見―――つけた。こんなところにいらして~』

 ゾクッと、全員の背筋が凍るようだった。
 固まるレムナントを守るような陣形を組み、即座に臨戦態勢に入る赤ランク。例外的な強さを誇る金ランクを除けば最強に位置する彼らだが、武器を握る手は……震えている。
 彼らにしてもこんなことは初めてだ。
 なんせ目の前に浮かんでいるのは。

「魔族……ッ」

 宵の明星の一人が虫メガネのような道具で相手を覗く。それは魔法道具、魔具の一種で、相手のステータスを看破することが出来る。鑑定スキルに比べれば精度は劣るが、有ると無いとでは全然違う。
 リーダーのミョドモンが叫ぶ。

「魔族⁉ 間違いねぇか!」
「ああ。他は文字化けしてやがるけど、あのガキ……魔族だぜ」
(文字化け、だと)

 魔具は使う者のレベルに影響される。レベルの分だけ魔具の精度がプラスされるのだ。
 レベル八十超えのデーネが使用して文字化け。つまりはそれだけ、自分たちよりも――格上。
 黒衣の男の子はにこっと無邪気に笑う。


 名前  ああぁぁあ♯あ 種族 魔族
 レベル 攻撃りょく ぼうぎょぎょ まほう たい§い すきΓ――


 視界にノイズがかかったようだ。鑑定の魔具を舌打ちしながら仕舞う。
 黒衣の魔族が口を大きく開ける。身の毛がよだつのをいち早く感じたリーダーは、咄嗟に仲間に指示を出す。

「何か来る! 全員。防御態勢。レムナントさんを守――」

 「音」が聞こえたのはそこまでだった。




 耳が馬鹿になったようだ。以前、モンスターの咆哮で一時期耳がマヒしたことがある。あれと似ている。

(ヤロウ……ッ!)

 立っていたのはリーダーだけだった。
 耳に水が入ったような持ったりした感じと、キーーーン高い音が頭の中で響く。
 ヘルムに守られているはずの耳の穴から、熱い液体が流れている。仲間の状況を確認すると、悲惨の一言。
 レムナントの前にいた仲間の三人が動かない。彼を守るように覆いかぶさるように倒れ、完全に事切れている。レムナントは辛うじて息があったが、耳と目から大量の出血。魔法防御を固めているデーネが比較的無事で、這いながらレムナントの方へ向かおうとしている。この状況から考えられるのは。
 あらゆる物理防御をのれんの様に素通りする、

「音の攻撃か……ッ!」

 この間、一秒。
 だがすぐさまキヒッと針のような牙を見せ男の子が笑い、追撃を放つ。

『まおうさまぁ~。あーそーぼーーーーーっ』

 ――やばい。また来る。

 ミョドモンの決断は早かった。
 撤退する。
 懐に入れたままの転移陣を発動させる。これも魔具で、設定した場所に一瞬で戻れるという優れもの。たいそう高価なものだが、緊急用に青ランク以上のハンターならひとつは持ち歩いている。
 紙切れに描かれた魔法陣が光を放つ。
 大口を開けた不気味な姿は瞬時に見えなくなった。同時に、周囲の景色や空気、においも変わる。
 そこは。

「ふざけんなよ! なんで嘶きの空なんだよ!」

 リーダーが激昂する。転移先はギルド『スクリーン』に設定した。いつもならギルドに戻るはずなのに。
 どういうことだ。

「リーダー。恐らく、あの魔族のチビが! 攻撃直後だったからでしょう。やつの魔力が干渉し、転移先がズレちまったんだ……」

 よたよたと、レムナント肩に担いだデーネが歩いてくる。他の三人は――クソッ。
 リーダーはデーネの声も聞こえていなかったが、口の動きからある程度は察した。

「あの洞窟に身を隠すぞ。まずは回復だ」
「ラジャー!」

 ミョドモンとデーネは仲間の亡骸を置いて洞窟に走る。放置などしない。必ず、埋葬してやるからな。
 洞窟の前でこちらを睨んできた馬型モンスターを切り捨て、レムナントを洞窟の奥で寝かせる。
 ぐったりして呼吸が浅い。鼓膜は破れている。瞼を開けると眼球は無事だった。仲間が守らなければ破裂していただろう。デーネはすぐさま回復薬をレムナントにぶっかける。妖精の鱗粉と霊薬、漢方などを混ぜて作られたそれはすぐさま傷を癒す。一本で一千万はする上級回復薬を惜しげもなく使用する。低ランクでは買うことすら不可能。そのおかげでレムナントは一命を取り留めた。もう、彼らを斡旋してくれたギルドマスターに足を向けて眠れない。
 ミョドモンとデーネも回復薬で傷を癒す。ようやく耳が聞こえるようになった。

「……リーダー。夢じゃねえ、よな? 魔族、だったぜ?」
「ああ……生き残りがいた、ということになる。考えたくはないがな」

 魔族。
 かつて――人類を絶滅寸前まで追いやった悪名高き種族。モンスター以上の脅威、強さ、憎悪から、人類は徹底的に追い詰められた。数では人間の方が圧倒的に多い。それなのに押し負けた。
 奴らの王、魔王が。王の癖に前線で暴れまくったせいだ。魔族は王に続けと調子づいた。
 だが、人類が勝った。数百年前。魔王と魔族共がぱったりと姿を消したからだ。……これを勝ったと言っていいのかは微妙だが、メタメタに負けていた当時の人間たちを奮い立たせるために、当時の魔法帝が戦争に勝ったということにしたのだ。
 魔王の首もなく、民衆は勝ったなど信じなかった。けれども数百年、姿を見せない彼らに、人類は徐々に存在を忘れ、平和ボケしていった。

 ミョドモンはふらつきながら立つと、洞窟の外を鋭く睨む。あの禍々しい姿はない。

「祖父の話で聞いただけで、おとぎ話の類だと思ってたんだが。拝める日が来るとはな」
「もしや、魔王が復活する前兆、とか? 魔王がどうこう言っていたし」
「はん。勘弁願いてぇな」

 デーネは薄ら笑いを引っ込める。強敵を前にするとどちらが強いがすぐ腕試しをしようとするリーダーが「勘弁願う」など。それだけの力量差を感じ取ったということか。

(ま、奴の鳴き声一発で、壊滅してるからねぇ。俺ら)

 魔族全員があれほどの強さなのだとすれば、人類が追い詰められるのも納得だ。デーネは胸元で揺れる緑の石を握る。魔法防御力を高める護石の首飾り。無事だったのはこれのおかげだ。

「どうする? リーダー」
「レムナントさんの回復を待って、嘶きの空から離脱する」
「えっ?」

 よたよたと足元に縋りついてくる。

「レムナントさんなら俺が背負う! だから、このことを一刻も早くギルドに報せるべきだ。魔族っ、魔族が出たんだぞ⁉」
「……デーネ」

 いつも冷静なこいつが。俺が弱音を吐いたせいだ。リーダーだってのに、不甲斐ねえ!

「腹減ったな」

 ミョドモンはどっかりと腰を下ろすと、食料袋を漁る。あんまりねぇな。もっと持ってくるんだったぜ。
 ぽろっと、もともとぐらついていた歯が取れた。回復薬でもくっつかなかったか。それだけ魔族の攻撃が凄まじかったか。
 ポイっと捨てる。

「パッサパサの携帯食しかねぇが。食うか?」
「ミョドモン⁉ 一体どうした? 飯食ってる場合か?」
「落ち着け。デーネ」

 二口サイズの固形食料をかじり、リーダーはわざと穏やかな声を出す。蜂蜜味で美味い。

「焦る気持ちは分かるが、ハンターには必要ない。俺たちに必要なのは冷静さ。……お前が言ってた言葉だろ?」
「ミョドモン……」

 ハッとしたように、デーネはうつむく。

「第一。ここが嘶きの空のどの辺なのかもわかってねぇ。意識のない人間を抱え、闇雲に歩き回ったところでいらん体力を消耗するだけだ。……俺の言いたいことが、分かるか?」

 デーネはしっかりと頷く。

「ああ。まずは嘶きの空のどの辺なのか確かめないとな。草原からここまで移動したんだ。魔族とはいえ、すぐには追い付けないはずだ。そもそも俺たちを追ってきていないかもしれないしな」

 いつもの調子に戻ったデーネにミョドモンも頷く。

「よし。そうと決まれば俺が偵察に行ってくる。もしかしたら他のハンターに会えるかもしれねぇ。その時は転移陣にただ乗りさせてもらうぜぇ?」

 ニヤリと笑い携帯食を口内に押し込み、ミョドモンは洞窟の外へ。デーネは見張りとなった。

 レムナントが目を覚ましたのは、次の日の昼のことだった。




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