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一人目
19 金ランクの強さ
しおりを挟む「…………ぅ」
どれだけ気を失っていたのか。意識を取り戻したレムナントは瞼を上げるだけで精一杯だった。
それでも震える手足で地面を掻き、身を起こそうと力を込める。お腹の下で、デーネさんが下敷きになっているのだ。早く退かなくては。
「ぅう」
少し頭を上げただけで殴られたような衝撃が走り、ガクンとまた倒れてしまう。視界が霞みろくに見えず、耳はボワーっと耳障りな音がずっと響いている。風の音も聞こえない。
全身の骨が軋んで痛い。燃えるようだ。
(……魔族、は?)
声を発したはずだが、音にならなかった。かすれた息だけが風に溶けていく。
周囲を見回すと、すり鉢状に抉れた地面の中心で倒れているようだった。直径百メートルほどの穴。地層の色が変わっているのが分かるくらいに深く。星でも降ってきたような有様だ。
魔力の爆発。
――お前の魔力は抑えないと危ないから。制御を頑張るんだぞ。
父の言葉。思わず笑ってしまう。よくこんな爆弾を、殺さずに地下室で飼い続けられましたね。
ぽたぽたと、右目から血が滴る。眼球が損傷したのか、涙が枯れたのか。
「っ、にかく……帰らな……いと。うぶっ」
口から血を吐いてしまう。喉の奥が熱い。数回咳き込み顔を上げると、子どもの素足が見えた。
「……」
『お呼びでしょーかぁー? まおーさまー』
数十秒かけて顔を上げる。
まったくの無傷。服に汚れひとつさえない。
寒くないのに、燃えるように熱いのにカタカタと震える。
「……なん、で?」
『え? 『魔族は?』って呼んだじゃないですかー。ンモー。まおーさまのせいで、タイラントホースのせなかまで吹っ飛んだんですよー? ぷんぷんっ。でもちょっと楽しかったです。もっとやって、もっとやってー』
きゃっきゃと無邪気にはしゃぐ魔族に吐き気がした。ごぼごぼっと口から出てくるのは血のみ。
「……えぐ、ぅぇえ……」
『まおーさま。ハンカチどうぞー』
差し出される赤いハンカチ。
それを叩き落とすこともできない。内臓が傷ついたのか、熱い血がどんどん逆流してくる。
「うぼっ……! ごぼっ。っうう……えぼっ」
胸が痛い。びちゃびちゃと血を吐き出す。どうやっても止まらない。
「ううう、ううぅ」
『アハッ。嬉しい。僕、赤い色も血もだーいすきっ。順番で吹っ飛ばし合いしよっかー。次は僕の番ねー』
よく聞こえなかったが、魔族が指先に魔力を集めているのを感じる。魔族の「攻撃する気はない」動作で赤ランクが殺されたのだ。明確に「傷つけてやろう」という意志の元で攻撃されればどうなるか。自分など、跡形も残るまい。
――死にたくない。
家族の顔が浮かぶ。
デーネさんに、会いたい、けれど。同じところに行くのは、百年後だ。
「お前も……ごぼっ」
『はい?』
「道連れに、してやる……」
『はいいー?』
首を傾げる魔族。
――ヒュッ
『!』
ほんわかした表情を消し、魔族は横っ飛びでそれを躱す。今まさに魔力をぶつけようとしていた魔族の足元に、細長い釘のようなものが突き刺さっていたのだ。
『なにこれ? これって六角――』
ハッとして目を上に。上空を見上げる。
昼間だというのに、三日月が浮かんでいた。
『あれは』
「黄金消費魔法」
幼い手が、キンッと硬貨を弾く。
「落花星(らっかせい)」
青白い光線が豪雨のように降り注ぐ。
『ぐうううぅーーーッ』
魔族は初めて焦った表情を浮かべ、ありったけの魔力で自分の頭上に半透明の赤い壁を展開した。城壁のような分厚さ。それこそ隕石でも防げそうなものだったが――
ドドドドドドドドドッ
凄まじい爆音が周囲に響き渡る。
人差し指くらいの光線が地面深くに突き刺さる音。えぐられる地面の音。そのふたつが無数に折り重なり合い、瀑布の様な騒音を生み出していた。
遠くから見れば、まさしく青白い滝に見えただろう。
「っく」
レムナントは咄嗟にデーネの頭を抱え、その場に蹲る。
『あああああああああ』
手のひらに直に衝撃が伝わる。魔族が全力で紡いだ魔力の防壁。城壁に匹敵するそれが、たった一発の光線も防げない。
『ぐぎゅううううううっ!』
紙の盾でビームを防ごうとしているかのような、あっけない手ごたえ。青白いゲリラ豪雨がおさまるころには、魔族は血まみれのハチの巣になっていた。
『あっ…………そ、んな……』
身体の七割を失いながらも魔族はまだ立って、いやふらつきながら浮いていた。三日月の上で主人はつまらなさそうに胡坐をかき、おもちゃのような虫メガネを覗く。
「魔族、か……」
魔族の、子どもだった。
短い黒い髪に、十歳ほどの肉体。それを包むのはゴスロリ(ゴシックアンドロリータ)ドレス。
大きなリボンを首に巻き、ふんだんなフリルで飾られた肩から手首にかけて広がる袖。お腹も背中も丸出し。胸は黒いレースで控えめに隠してあるだけ。チャックを留めていないスカートは斜めになり、本来下着が見える位置には黒いベルトが腰に巻きついていた。
素足にもリボンが巻きつけてある。
「ほぅ……」
ド好みの衣装に思わず声が漏れたが、それ以上の感想はなかった。
未成年センサーが発動しないのだ。
(こりゃあれだな……。キャットと同じパターンだな)
キャットもアレで、見た目を裏切る高齢なのだ。魔族は老けにくく長命な種族らしい。これが普通だとキャットは言っていた。羨ましいってレベルじゃねーぞ。
ぴらっと、懐から紙片を取り出す。
「レムナントって、あれか?」
蹲っているせいで顔が見えん。でも髪型が一致するからもうあれってことでいいや。
主人は虫を払うように手を振る。
「おい。魔族。邪魔だ。どっか行け」
『う、う、う……。やだ。まおーさまと、あそぶの』
「は?」
思わず周囲を探したがごっちんの姿はない。脳を半分以上失ったせいで幻覚でも見えているのだろうか。
『まおーさま。まおー……さまぁ』
大量の血を零しながらふらふらと蹲っている人に近づいていく。
いかん。レムなんとかを殺されては俺がここまで来た労力が無駄になる。ポッケに手を突っ込む。
「黄金消――うむ?」
「ぅがあああああっ」
突如。狂ったようにレムナントが起き上がり、魔族を押し倒し両手で首を絞めつけ出したのだ。
「許さない! 許さない! 許さない!」
(おうおう。すげーガッツだな)
レムナントが最後まで会話で時間を稼いだおかげで主人は間に合ったのだ。諦めなかったから、命がつながった。
「でもそれ以上無理すると死ぬぞー」
二枚目の金貨を取り出そうとした時だった。
『遊んでくれるの? まおーさま』
身体の半分以上を失っても、スノゥリスははっきりと動く。
一本しかない足でレムナントを蹴り飛ばす。
「ぐっ」
満身創痍のレムナントは踏ん張ることも出来ずに地面を転がる。それとほぼ同時だった。
魔族が流した血が、意志を持ったように動きレムナントに襲い掛かる。一つに合流した血液はドリルのように回転し、レムナントの胸に突き刺さる―ー
――その寸前で。
風の速度で割り込んできた影が受け止めた。
カァァン!
弾き飛ばされたのは血のドリルの方だった。
『なんで?』
「おお」
主人はのんきに地上を見る。
レムナントの前に、金と緑のメタリックなボディを持つ巨大昆虫が無傷でたたずんでいたのだ。
百七十はあるレムナントより大きい。角を含むと三メートルにもなる虫。奥地の更に奥。最奥に潜むボス的存在。暴君麒麟(タイラントホース)と同格のモンスターである。
『王冠空輝大兜(ヘラクレスオーロラオオカブト)……』
よろけながらも距離を取ろうとしたスノゥリスだが、次の瞬間吹き飛ばされ、大地に叩きつけられた。
『―――ああっ』
千切れかけていた左手首が外れてしまう。
「……」
声も出せず、レムナントは自分を庇い勇者のように立つ背中を見上げる。
「二体」の虫モンスターを従え、モルフォ蝶のような輝くマントを羽織った青年。主人は三日月の高度を下げ、彼の頭上辺りで浮遊する。
「〈優雅灯〉じゃないか。元気そうだな」
「……まあ、はい」
レムナントはこの時初めて主人の存在に気づく。
〈優雅灯〉は背丈より長い棒をくるんっと回す。先ほど魔族を殴り飛ばした棍棒だ。
「〈黄金〉。後ろの人を頼む。魔力カラで死にそうです」
三日月に座ったまま、ちらりとレムナントを見下ろす。
「えー? なんで俺が成人を助けにゃ……助けに来たんだった」
〈黄金〉がいるのなら、虫二体のどちらかを彼の護衛につける必要はない。三メートルのカブトムシと翅を広げると五メートルにもなる巨大蝶、蝶鎌鼬〈アルタイル〉……より速く、〈優雅灯〉本人が突っ込む。
『邪魔しないで。死んで!』
「百年後な!」
血が腕の形になり、無数の腕が棍棒の青年に伸びる。
真っすぐ振り上げた棍棒で十四本まとめて断ち割り、返す棒で五本薙ぎ払う。さらにレムナントに向かおうとした二本を横に断ち、ニ十本から三十本、四十から五十本。一つに束ねられ巨大な腕と化した血を一閃。
瞬きする間に青光が走ったようにしか見えない。青年は走りながら血の腕を細切れにした。
「……っ!」
レムナントが目を瞠る。
――人間、なのか……?
(なんであいつ剣使わないんだろ……)
レムナントに魔力を流し込みながら、主人は据わった目で対戦を眺める。
虫使いの癖に虫たちより前に出てるし、棍棒で斬撃放ってるし。今日も絶好調に意味わかんねぇな、あいつ。
魔法の世界なのにフィジカルでごり押ししてくる奴が、主人は苦手だった。
『ギュウウ』
『グ、ガアア』
縄張りで暴れる者たちに、怒り狂った馬型モンスターがすり鉢状の中に飛び込んでくるが、昆虫たちが瞬殺している。アルタイルは名の通り鎌鼬のようにモンスターを札束のようにバラバラにし、ヘラクロスオーロラオオカブトはその角で、モンスターを山の向こうまで投げ飛ばす。
強さの次元が違う。
虫たちの暴れっぷりを見たモンスターたちはすり鉢状から離れ、タイラントの足元まで逃げる。
邪魔はいなくなった。
「魔族に個人的な恨みはないが。人を殺した害獣を駆除するのもハンターの仕事!」
『うぅっ。おまえ嫌い。帰る……』
魔族の後ろに黒い渦が巻く。
転移魔法だが、魔族が使用するものにうっかり巻き込まれれば、魔界のどこかに転移してしまう。人間は魔界の空気下では生きていけない。
だから主人は鋭く叫ぶ。
「深追いするなアゲハ!」
「――はああっ!」
裂帛の気合と共に、瑠璃色の棍棒を喉目掛けて突き出す。
ヒュボッ!
神速の突きが魔族の首を胴体と泣き別れさせたが、魔族の身体は首ごと転移の渦の中に沈んでいく。
『また、あそぼ? まおーさま……』
首だけになっても言葉を話す。
「――くっそ。仕留めきれなかった」
追い打ちの如くアルタイルが羽を羽ばたかせ鎌鼬を転移陣に放ったが、手ごたえはなかった。やがて転移の渦も消え、すり鉢状の大地に風が吹く。
「……お疲れさん。カブト君。マダム」
カブト君――ヘラクロスオーロラオオカブトが慰めるように〈優雅灯〉の両肩に着地する。重さで青年の足首がズドンと地面にめり込むが本人はけろっとしている。
棍棒の青年がズゴンズゴンと近づいてくる。
「その人は? 大丈夫そう?」
「気絶した。ゴジ〇みたいな足音でこっち来んな」
主人はレムナントをぽいっと三日月に乗せる。
「転移陣持ってる? めんどくさいからそれでぱぱっとギルドに戻ろうぜ。早く使いたまえ」
「……自分の使いなよ」
主人は三日月に座り「早く早く」と膝をぱんぱん叩く。
〈優雅灯〉ははぁとため息をつく。
「はいはい」
青年は懐に手を入れ、使い捨て転移陣の紙片を取り出す。
「……」
虫を乗っけた青年はじっと顔を見てくる。
「なんだね?」
「さっき久しぶりに名前呼んでくれたね。……父さん」
主人は「やべ」と言いたげに口を手で塞いだ。
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