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惨劇に挑め
05 死の黒い川
しおりを挟む黒鳥人の若い衆は山の中を逃げ惑っていた。
――どういうことだ。
我らが勝っていたはずだ。我らが圧倒していたはずだ。
光の矢は少女をハリネズミに変えた。的確に急所を狙い、最後の一発は眼球に突き刺さった。生きていたとしても、動けるはずはない。
なのに、少女は起き上がった。操り人形の如く。
まだ強化が続いている彼らは、足音を立て、茂みや枝を引っかけながら走る。
ちらりと後ろを見遣ると、ついてきているのは三人だけ。散り散りになってしまった。
「なん、だよあれ! バケモノじゃないか!」
「取り乱すな! ひとまずこのまま避難所まで行き、仲間と合流するぞ」
「い、いやだ! 俺は逃げるぞ」
「あ、おい」
仲間を見捨てて逃げるなど、戦士にあるまじき所業。
一人が避難所ではなく、里の外へ続く道に曲がると、そこには――
「な、なんだぁ⁉」
黒い川が流れていた。
山の中に突如として現れた川に、追いかけてきた仲間も足を止める。
「か、川……? なんでこんな」
「構ってられっか!」
「ばっ! 危険だぞ。近寄るな」
一人が特に確かめもせずさぶさぶと川に入っていく。それを止めようと一人が手を伸ばすが、もう仲間がそれを抱きしめて止めた。
「動いちゃ駄目!」
止めるなと振り払おうとしたが、川の中央まで行った仲間が急に沈んだ。
「え?」
それほどまでに深いのかと川を覗き込んだ時だった。
「ぎゃあああおおおおおお……」
沈んだ仲間の異様な悲鳴。羽をばたつかせ両手でもがきながらも水面から顔を出した彼は、目、口、鼻、耳から黒い水を流していた。
いや、逆だ。黒い液体が彼の穴と言う穴に入り込もうとしているのだ。
「きゃああっ! 虫ぃ!」
いまだ抱きついている彼女と共にギョッとして跳び上がる。黒い川だと思っていたのは黒い小さな丸い虫。それが何千何万と列をなしていたのだった。
「おごおおお……じにだぐね……。だず、げ……」
ごぼごぼと体内から食い荒らされ、虫の群れの中に消えて行く仲間。
たまらず、仲間は彼女と共に逃げ出した。
「逃げるな! ……クソッ。いま助けてやる!」
残った一人が魔法を放って虫たちを蹴散らそうとする。
「火槍(かそう)ッ!」
炎を凝縮し槍と化した一撃を叩き込む。スキルで強化されている今の彼の魔法は、山の一角を吹き飛ばすほどのものだったが――
「そんな……」
愕然とした。里一の魔力を持っていた彼の自信が砕ける。仲間を助けるのを諦め、里の中へと身を翻す。
樹木や岩、山肌は爆撃を受けたかのように吹き飛んだというのに、虫たちは一瞬列が途切れただけでまた合流し、川となっていく。火傷すら負っていない。この山に生息する虫ではないと、即座に判断したのだ。
彼の勘は当たっていた。あと少しでもその場に仲間を助けようと長居していたら、虫たちの『主』によって殺されていただろう。
「……」
黒い川から少し離れた樹木の上。ミノガムシの糸で編んだハンモックでくつろいでいた青年は爆炎にちらりと目を向けるが、すぐ興味を失くして編み物を再開した。彼の腹の上では、女性の腕の長さほどあるカイコチャンと手のひらサイズの人面蜘蛛(トランススパイダー)がせっせと糸を提供している。
(何色に染めようかな……。レムナント様、紫が似合いそうだけど。お好きかな……?)
たまに虫たちを撫でつつ、場違いなほどのんきに衣服を編んでいく。
狩猟頭は避難所へ向かっていた。その背に、息も絶え絶えな長を背負って。
(ステータス弱体化がかかっているんだぞ⁉ それなのに、なんだ、あれは……)
先ほど、目の前で起こったことが信じられない。矢が刺さり、針山と化した少女が魔法を放ったのだ。死んだと油断したところへの青白い閃光。まさに光の速度で、長の脇腹を貫いた。
羽を散らし、落ちていく長。受け止めようと走る自分。動揺してしまう若い衆。
ゴキッ、ミジッと嫌な音を立て、侵入者の姿が変わっていく。
カランカランと抜け落ちる矢。何事もなかったように立ち上がり、こちらを見つめる青い瞳。真っ白のローブ。
『落花星・裁き』
耳に滲み通るような玲瓏な男性のもの。先ほどまでの無邪気な声ではない。
青白く光る巨大な剣が上空に現れる。それは地面に突き刺さると大爆発を起こした。
強制弱体化。金貨ナシ。それと――
「……」
かすかに聞こえる羽音に、金髪の青年は迷惑そうに目を細める。ここまで力を押さえてもなお、里の面積の七割は無くなり、山とテイメイの森をごっそりと削り取っていた。だが、それだけである。炎が燃え広がったりはせず、土がきれいにくりぬかれただけだ。
「アゲハめ……」
ちょっと銀河系一可愛かったからって調子に乗りやがって。
今と違い血色がよく、真っ赤っかなほっぺがふくふくして、俺を見つけると嬉しそうに走ってくる。
『ちゅっちゅしてー』
『お手々つないであげる』
『ご主人様、だーーい好きっ』
「……ハッ」
ふるふると頭を振るい手の甲で涎を拭う。いかんいかん。思い出に浸っている場合ではない。クソ! なんて可愛かったんだ。
ちゅっちゅしてあげると永遠にちゅーをしようとしてくるのがまた……
「……ハッ!」
強めにばしばしと頬を叩く。痛い。しっかりしろ俺! 成人したというのに油断ならねぇなあの虫野郎。これが銀河系一の力か!
何かと戦いながら手で土煙を煩わしげに払うと、ゆるりと逃げた者の後を追う。
そこからは一方的な蹂躙だった。
向かってきた者は悉く地に伏せ、少しずつ水晶種の戦意を失わせていく。戦闘員以外の者も槍を構えていたが、手足は震え向かってくる様子はない。
対する主人は杖。どこから取り出したのかそれを剣のように扱い、敵を薙ぎ払っていく。一見すると簡単に折れてしまいそうな細い杖。それを軽く振るっただけで折れ曲がった体勢のまま、大男が森の奥へ消えて行った。
それもデザインこそ洗練されてはいるが動きにくそうなローブ姿。雪雲が切れ、満天の夜空が顔を覗かせる。星々を背負って進撃する主人を、精鋭たちが誰も止めることはかなわなかった。
「奮い立て皆のもの! 標的を穿て。紫電一閃」
長を魔法で治療していた老婆が手のひらを突き出す。放たれた雷の槍が空を走る。除夜の鐘をつく木の棒めいた太い光条。治癒魔法で魔力を減らしたとは思えない輝き。主人の閃光に迫る速度で標的を穿つ。
「おばば様に続け!」
「死ね! 侵略者が」
非戦闘員も呪文を唱え、次々に攻撃魔法を打つ。黒鳥人はほぼ全員が赤い瞳――金に次ぐと言われる色――を有している。魔力の量は他の種族を軽く上回る。そんな彼らが同時に十発以上。長の反則じみたスキルがあるとはいえ、彼らはけっしてそれに頼り切りだったわけではない。非戦闘員でさえ週に一度、おばばから魔法の手ほどきを受けている。
これを釣瓶打ちに受ければ、いかに魔法防御を固めた相手だろうとひとたまりもない。
「……」
これに対し主人がしたのは、杖を横に振るう、だった。
おばば様は見た。一斉に放たれた魔法の力が、蝋燭の火のようにあっけなくかき消える様を。
「――え?」
手を突き出した姿勢のまま、目を見開く。これだけ黒鳥人が揃っていて、一歩たりとも歩みを止められない。
ワシの魔法が……数十年鍛えた魔法が、こんな若造の一振りで……
孫ほど年の離れた青年の青い瞳が、狼狽える老婆を冷たく見下ろす。
「どけ。――小娘」
「がっ⁉」
バチィと杖に殴られ、老婆の軽い身体は玩具のように地面を転がる。
「おばば様ぁ」
「許さない!」
黒い着物の女が老婆をなんとか受け止め、完治していない長が魔力を振り絞る。
こいつが報告にあった「若い男」なのだろう。なんという……なんという魔力量。まだスキルは発動しているというのに。杖だけでも、黒鳥人十人以上の魔力が込められている。
おばば直伝の紫電の槍。それはこの里で一番鋭かったが、素手で叩き落とされた。
「――っ⁉」
長の瞳に涙が浮かぶ。杖でもなく、素手で。それは、少女の心を折るには十分だった。
「止まれぇ!」
狩猟頭が斬りかかってくる。主人はそれを杖で受け止めた。ガキィと耳障りな音が鳴り、暗闇に火花が散る。
「何者、だ」
ズッと、狩猟頭の足が下がる。主人は一歩、歩を進める。
「……どうして我が里を狙う」
ビシッと、剣にヒビが入る。こちらを見ているようで、見ていない青い双眸。
「……目的は、なんだ」
背後で悲鳴が聞こえる。非戦闘員たちが逃げ惑う足音も。だが、誰一人里からは出られない。黒い生きた川が、里を無情に囲んでいる。川に入れば虫の餌。飛んで川を越えようとすれば魚が跳ねるように、黒い川からヤゴのような巨大な虫が飛び出し、顎を突き立てる。
青年が進むたびに、ズズ、ズズと下がっていく自分の身体。狩猟頭はありったけの力で吠える。
「質問に、答えんかぁ!」
「……」
足を上げ、ヤクザキックをぶちかますと狩猟頭は背後に面白いように飛んだ。樹木に激突し、動かなくなる。
「「……っ!」」
戦える者がいなくなり、身を寄せ合う人々。だがその前にひとつの影が立ち塞がった。
小さな翼の、赤髪の男の子だった。
「えっ⁉」
長が焦った顔で振り向く。子どもは皆、避難所に押し込めたはずなのに、出てきてしまったのか。
(あの子は狩猟頭の……)
クロスは父からもらった本物のナイフを構えると、主人に向かい突進する。長が手を伸ばすが間に合わなかった。
「ダメェ!」
「里の皆は僕が守る!」
「う、え? え?」
白ローブの青年が初めて表情を変えた。
ズブリ。他愛もない子どもの攻撃。それが青年の太ももにやすやすと突き刺さったのである。
「え?」
「――え?」
これには刺した本人も、長も、里の者もあっけに取られる。
ナイフが刺さった個所からじわじわと血が滲みだし、白いローブを赤く染めていく。
青年の顔は冷や汗に塗れていた。痛かったのか、予想外の事態に混乱しているのか。
「……」
クロスは人を刺したことはなかったのか、手を離して呆然としている。主人の手がその首根っこを掴むと持ち上げ、そろっと長の膝の上に座らせるように置いた。
「「……」」
頭が真っ白になる長と男の子の横を通り過ぎる。そこでなんとか長は正気づいた。急いで手を伸ばし、男の足を掴む。
「待ちなさい! 貴方は何なの⁉ 里を、皆をどうしたいの」
「……」
長の必死な形相に、主人は困ったような顔を向けた。
「最初に話し合いを拒んだのはそっちじゃん……」
「!」
長の目が狩猟頭の方へ動きかけたが、今はそれどころではないとブンブンと頭を振るう。
「た、対話を望みます。貴方の望みは何⁉ わ、わたしはどうなっても、構いません……。里の皆は……これ以上は……」
じくじくと脇腹が出血を続けている。瞳もかすみ、声も覇気がなくなっていく。無理に魔法を使ったせいだろう。スキルを持っていて魔法も使えてそれでいて美しいって、天から色々貰いすぎだろこの娘。成長次第ではあのアロハシャツおじさんと肩を並べられるかもしれない。水晶種という蔑称で迫害される理由も分かるね。人間は自分より秀でた者を排除しようとする生き物だからね。才能の原石ばかりだよ、この里。単純に俺でも羨ましいわ。
そもそも『幻獣種』というのも、ペガサスやユニコーンみたいな存在のことではなく、数が減って絶滅の危機がある種族のことだ。回復薬の原料となる妖精種は牧場という名のおぞましい工場で安定供給されているので問題ないが、獣人同士でも弱肉強食は、ある。
力の弱い種族はどうしても追いやられていく。ギルマスの白豹獣人などは勢力を強め、アクアとファイアのような弱い狸獣人はどんどん数を減らしていく。狸獣人も『幻獣種』である。『幻獣種』の双子とか価値が高すぎて目眩がする。ヴァッサーよく売ってくれたな。
……話がそれた。
未成年に懇願されては、主人は足を止めるしかなかった。
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