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惨劇に挑め
24 水晶種の代償
しおりを挟む「ムギか。どうした?」
ドアを開けてやると、怯えた表情の赤毛の少年が立っていた。ふむ。この子なら俺の魔法を突破できるのも納得だ。なんたって赤目だしな。
ボロボロの羽もかなり数が増え、ボリュームが出てきたな。キャットの飯とごっちんのトリートメントマッサージの効果か。
味見で倒れていたと聞いたが、回復したのか。
下腹部を押さえているのであまり回復してないように見える。
「あの、エイオットさまのお姿が見えなくて……。不安になってしまって」
「よくベッド抜け出せたね。ごっちんかキャットがついているはずだが?」
「……? いえ。誰も……」
主人は首を傾げる。なんやかんや面倒見の良いキャットと世話好きなごっちんがまとめていないなど。なにかあったか? たまたまトイレの時間が被ったとかそんなんだろう。
それにしてもエイオットがいないと不安って、なかなか可愛いことを言うじゃないか。子どもたちが仲良くしていると幸せになる、俺が。
「エイオットならここで寝てるよ。あ、起きてるわ」
ベッドの方を向くと黒い瞳がぱっちり。まだ枕を抱いて寝転んだままだがしっかりこちらを見ていた。俺と目が合うとふわんと尾が揺れる。何をしてても可愛いな。
「エイオットさま」
エイオットを見つけ、ほっとしたようだね。
「入りたまえ」
「いいんですか?」
「? ああ」
廊下と部屋の境目を数秒眺めたあと、えいやっと覚悟を決めて飛び込んでくる。両足ジャンプしちゃうのが可愛い。
「お、お邪魔します」
「はっはっはっ」
可愛い行動に笑いが漏れる。
そろそろっと歩き、エイオットに近寄る。
「エイオットさま。エイオットさまは、お腹大丈夫ですか?」
「うん。おれは平気だよ」
「……どうしてエプロンだけなのですか?」
少年特有の滑らかな肌、腰からお尻にかけてのなだらかな曲線を見て、ムギちゃんが照れたように目を伏せる。……だからその表情はなんなの⁉ おじさんすっごく気になるよ。
隣で目を真ん丸にしている主人が目に入っていないようで、ムギはゆっくりとエイオットに手を伸ばす。
触れるか触れないかの力で頬を撫でる。
「エイオットさま。わたしはここにきて、日が浅いのです。エイオットさま。側にいてくださらないと、いやです」
甘えるような声に、不安に揺れる瞳。
カチッ。
エイオットにお兄ちゃんスイッチが入った音がした。がばっと起き上がる。
「ご、ごめんね? おれ、ムギちゃんの近くにいるようにするね?」
「はい。……ありがとうございます。エイオットさま」
床に跪き、エイオットの手に手を重ねる。見下ろすエイオットと見上げるムギちゃん。あれかな。ムギちゃんもしかしてすげー世渡り上手な子かな? あざといんよね……。里でも散々人の顔色窺ってたんだなーと思うわ。
「じゃ、エイオット。途中だけど看病に戻ってあげなさい。おそらくアクアとファイアも、きみがいないと不安がるだろうから」
「そ、そうかな? そう思う?」
「ああ」
きっぱりと頷き、エイオットの自尊心や自己肯定感を押し上げてやる。これは生きていくうえでの土台みたいなものだからね。愛し方が分からなくとも、抱きしめて「愛している」や「きみが必要だ」と声をかけるだけでいい。と思っている。俺は育児がうまいわけでも得意なわけでもないからな。これしかできん。
エイオットはぱさっとエプロンを脱ぐと、いそいそと服を着だす。急に全裸になったエイオットに、ムギはぱっと顔を両手で覆って背を向けている。ムギちゃんの反応も抜群に可愛いし、裸を見せることに抵抗がなくなったエイオットも素晴らしい。ほぼ裸のアラージュ衣装を着せた甲斐がある。
「んー。ちょっとお尻が。ぬるぬるするぅ」
ぐいぐいとお尻の生地を引っ張っている。途中だったしな。
「拭いてあげようか?」
ハンカチを手にニコニコ笑顔で近寄るも、ムギが間に入ってきた。
「ん?」
「もしかしたら何かの病気かもしれません! わたしも、お腹を壊したとき、じゅるじゅるの……あ、その……」
何かを言いかけ、ぼっと顔を赤らめてしまう。
ほほう。じゅるじゅるのなにがお尻から出たのかね?
ん? んん? とにやけ切った表情でムギの顔を見ていると、ハンカチだけ取り上げられた。それで遠慮なくお尻を拭き始めるエイオット。『早く戻ってあげなきゃ』という思いで頭いっぱいになっているな。あ、そのハンカチは洗わずに俺にくださいね?
「じゃあね。ごしゅじんさま。行ってくるね?」
「おう。廊下は走らないように。ああそうそう。俺、これから出かけるから。留守番しておいてね」
お尻がスッキリしたエイオットはお腹を心配するムギを引っ張って部屋から出ていく。うーん。双子にはバニー服として、ムギちゃんには何を着せようかな……ん?
なぜか戻ってきたエイオットがひょっこっと顔を出す。
「どうした?」
まさか留守番は嫌とか言い出すんじゃ……
「約束。忘れないでね?」
それだけ言うとぱたたと走って行く。も、もちろん覚えてるよ。明後日になっちゃってごめんな。本来ならきみたちを一番に優先するんだけど……。
まだ(陽光知らずの森外では)日が落ちていないのに、主人は変身を解く。背が伸び、髪は結われ、白のローブ姿に。
「……はあ」
アゲハとデートの約束してるんだよな……。水晶種の代償は大きいぜ。
白いローブを脱ぎ捨て、デート用の服に着替える。育児の時は外している涙型のイヤリングを耳につけ、ブーツを蹴り飛ばすように脱ぎ捨てる。
「あれ?」
靴。どこやったけ? おお。あった。
棚の一番下から靴箱を引っ張り出す。スニーカー。色んな靴を試したが結局故郷の靴に勝てる履物が無くて、知り合いの靴屋に細々とごちゃごちゃ注文を付けてやっと納得のいく一足を作ってもらったのだ。もう来るなと言う顔をしていたが旅人やスポーツをやっている人に売り出したら儲かったので、「また来てね」と手紙が届いた。なんだあいつは。元気でやってんのかな?
この世界はシンプルな服が一般的だから、あまり着飾らないようにする。俺はデートの時はバシッとスーツで決めたい。
ぎゅっと紐を結ぶ。
「はああ~~~」
精霊に例えられる美貌の顔が精神的苦痛に歪む。なんで大人の姿を、着飾らねばならんのだ……。なんだこのセルフ拷問。俺が何したってんだ。ちょっと平和な里を襲っただけじゃないか。
「……行くか」
窓を開けるとそこから外に飛び出す。すぐに飛んできてくれた三日月君に腰掛ける。目指すは首都『ブルーフェリシア』。
「ああ~。気が重い」
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