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惨劇に挑め
26 お話ししよう
しおりを挟むエイオットの平らな胸で泣いているとやがて落ち着いてきたのか、ぐすっと鼻をすすりながら顔を上げる。
「った、叩いてしまい、申し訳ございません……」
「いいよ。そんなの。アクアは大丈夫?」
「痛くねーよ」
強がってはいるが、アクアの顔はきれいに腫れていた。ファイアがぺろぺろちゅっちゅして治そうとしている。俺は鼻血が止まらない。
「腰のタオルを急に捲るから、ムギちゃんびっくりしちゃったんだよね?」
「……悪かったなー。尻尾を洗ってやろうと思ったんだよー」
「んちゅんちゅ」
「アクアさまは……悪くありません……。ごめんなさい」
タライのお湯で血を流すと、主人は腰を上げる。
「冷えるよ。湯船に入りなさい」
「大人ごしゅじんさま。ムギちゃんが……。具合悪いのかも」
「ムギはね、粗相をすると暴力を振るわれる環境にいたんだ。それで怯えているんだよ」
子どもには難しい話かな? だが見守りに徹しているとエイオットが口を開く。
「大丈夫だよ! ムギちゃん。ごしゅじんさまはムギちゃんを叩いたりしないよ」
勇気づけてあげているエイオット。眩しい。
「そーだぞ。あの……ちっこい魔女はなんかくすぐってくるけど、暴力は振るわないぞ。このでかい方も。多分な」
びっと指を差される。あれも俺やで。
「ぺーろぺーろ」
マイペースなファイアが可愛い。
「……」
とはいえ、大人に暴力を振るわれた記憶がすぐになくなるわけじゃない。エイオットにしがみついたまま離れない。裸で抱き合う少年たち。なんて美しい……。
ぱっとしゃぼんが子どもたち四人をまとめて閉じ込める。
「え?」
「なにこれ」
「?」
突然の事態に目をしばたたかせる子どもたち。ちびっ子たちを収容したしゃぼんはふよ~っと湯船の上まで浮遊すると、それこそシャボン玉が割れるように消えた。
「「「「わっ」」」」
子どもたちの声が浴室に反響するも一瞬で消える。
目を丸くする子どもたちだが、重力に従いすぐにお湯の中にドボンした。
「ぷはあ。……なに?」
ムギを抱いたままエイオットが顔を出す。しがみついたままのムギはハテナマークがいっぱいだ。
「ああ~~~っ」
がぼがぼとファイアが溺れている。足、つくと思うんだがパニックになってしまっている。
「ファイア。つかまれ!」
アクアが尻尾をファイアに向ける。視界に現れたぶっとい尾にぎゅっとしがみつく。見事に大人しくなった。
抱きついたままのファイアを連れ、子どもたちは湯船に浸かっている大人の元までざぶざぶと歩いて行く。
いつの間に髪を編んだのか、頭にタオルを乗せた主人が手を振ってきた。
「いまの、大人ごしゅじんさまの、魔法?」
首を傾げるエイオットに頷く。
「一言言えよ! びっくりしただろ」
むくーっとお餅になるアクア。なんでそんなに可愛いのかな?
「すまない……。ゆっくりあったまるといい」
精神を安定させるため最低限の明かりだけを残し、フローライト(照明代わりの石)の光を消す。
一部天井の無い円形窓から降るような星空。足元の間接照明と、湯船の中だけが淡く光る幻想的な光景。
浴槽の壁にもたれ、天井を仰ぐ主人。子ども等は顔を見合わせると、大人主人の側にちょんと座る。アクアだけは元気いっぱいに泳ぎ出す。円形プールのように広いので、気持ちは分かるが光るお湯に興味を示さないのは流石だ。
「うひょひょーい!」
犬かきバタ足で盛大にお湯が飛び、エイオット達に降りかかる。
「アクアー。泳いじゃメッ、でしょ?」
「ああん? なんでだよー」
むくくーっとさらに膨れるアクアに涙が止まらねぇ……。
エイオットは大人主人を抱きしめる。ムギは自分が泣いていたのに、誰かが泣くとそっちの心配をしてしまうらしい。優しい子だ。……あっでもいま膝に乗っかられるとあのグオ。
「ほら。大人ごしゅじんさま泣いちゃったじゃん!」
「そいつは別件で泣いてる気がする」
真理を突いてくるが自分のせいで泣いている可能性が2くらいあると思ったのか、泳ぐのをやめてファイアの隣に大人しく座る。
「アクア。さっきは、ありがと……。パニックに、なっちゃった……」
「いちいち俺に礼言うなよ。ファイアだって腫れたとこぺろぺろしてくれただろ? 俺がファイアを助けるのは当然のことなんだよ」
自信満々の笑みでどんっと胸を叩くアクア。素直にかっこいいと思いました。ファイアも同じなのかアクアを見たままぽーっと口を開けちゃっている。
涙をぬぐい、赤い髪を撫でる。
「ムギ。ここではそんなに怯えなくていいんだよ? ……失敗しても、誰も責めたりしないさ。キャットも、怖いけどあれは怒ってるんじゃなくて、叱ってるだけ、だから、な」
俺にはめっちゃ怒ってくるけどな。
「怒ると叱るって一緒だろ」
話を聞いていたアクアが突っ込んでくる。そうやってすぐに疑問を口に出すのは良いことだ。
「違うよ……。『叱る』は愛がないと出来ないからね」
「はあ?」
「そのうち、分かるよ」
双子の頭を撫でておく。俺は一気に詰め込んで教えない主義だ。
「……エイオットさま。アクアさま。ごめんなさい……」
「いいってば」
「あんまり謝るとファイアになっちまうぞー」
「むうっ」
三人がムギをよしよしと撫でる。ファイアは少し拗ねた表情だが。
誰も自分に怖い表情を向けないことで落ち着いたのか、ぽすっと俺の胸にもたれてくる。精神統一精神統一……円周率でも数えよう。3・14159265……
「ところでこの石はなんだろう」
浴槽の底に沈んでいる石をお湯と一緒に掬い上げる。
「わたしの、涙です」
「はあ?」
浴槽の縁でおはじきのように遊んでいたアクアが納得いかない声を上げる。ファイアはぴったりとアクアの背にくっついている。
「黒鳥の涙は水に触れると固形化するのです……。クロスさまが教えてくださりました」
「そうなの?」
エイオットは俺の腕にくっついてくる。3589793238462……
「涙の癖にしょっぱくねーぞ。これ」
ぺろぺろ舐めているとファイアに奪い取られた。何するんだと言う前にファイアがソレをぱくり。
「……おいちい」
「美味いのか⁉ 味しないって言ってたじゃん」
多分きみの分泌物がおいしいんだと思いますよ。ファイアにとってはね。
主人が無言でファイアの前に手のひらを差し出すと、ちゃんとぺっと吐き出した。いい子。
「お腹空いてるのか? ファイ……」
「ちゅーーーっ!」
「むぐーーーッ?」
宝石についていた分では足りなかったのか、アクアの頬を両手で挟み、ファイアが熱烈キス(直飲み)をお見舞いしている。場所を選ばなくなってきたな、ファイア。いいことだ。
「……」
それを見て羨ましそうにしているのはエイオットだ。俺やムギを交互に見つめている。
俺の膝に跨り、逞しくない胸板に頬を押しつけているムギが見上げてくる。この体勢で上目遣い……勘弁してえぇ……。
「お兄様。あの、ごっちん様に聞いたら、私の役目は太ることだとおっしゃっていました、が……。そうなのですか?」
ごっちん。良いこと言うじゃん。
「そうだね。……いっぱい食べて元気になってほしい」
でないと遊べないからな~ぁぁぁぁん。
「元気になったら、わたしは何をすれば、いいのですか?」
「ん?」
何か、役目を与えられていないと不安になっちゃうのかな? 目標がないとふらついてしまう子かな……。
「花嫁修業をすればどうだい」
「皆さん、そう言ってくれますが。具体的に、何をすればいいのか、分からなくて」
控えめに抱きついてきてくれるが、ぐっ! くすぐったい……。裸でくっついてきてくれるのは嬉しいが、俺は場所が悪ければ触れられただけで腰抜かしてしまうから……ぐぐぐ、耐えろ。
主人は必死に奥歯を噛みしめる。
「ようはキャットみたいに万能、とまではいかないが一通り家事はこなせるようになっておけということさ。料理に掃除、裁縫、家計管理、冠婚葬祭、マナー。できたらかっこいいし。心豊かに暮らせると思う」
「ど、どうすれば……。誰か、教えてくれる人が、いるのですか?」
お、やる気はあるみたいだね。愛の力かな。くふふ。
「強制じゃないからね? 暇だなと思えばキャットのところに行くと良い。それか俺か。そうしたら教えてあげられるよ」
「はい……。あ、頑張ります」
ぽっと頬を染めている。良かった。クロスのことはちゃんと心に残っているようだ。
イイ感じに話は纏まったと思うが、どうしてエイオットは頬を膨らませてむすっとしているのかな?
腕にくっついたまま拗ねている。可愛いなぁぁ。
腕が動かせんので、唇を狐耳近くまで持って行く。
「どうした。エイオット。のぼせたか?」
ぱっと表情を切り替える。
「あ、ううん。考え事してただけで……」
ほほう? 俺に嘘をつくのか。いけない子だ。
エイオットの腕から、自分の腕を引き抜く。
「あ」
悲しそうな顔を見せたエイオットの腰に手を回し、こしょこしょと尻尾の付け根をくすぐる。
「ひゃん!」
ばしゃんとエイオットが飛沫を立てる。俺諸共子どもたちの顔にお湯がかかる。
「……オメー。人に泳ぐなって言っといて」
「ち、違うよ。大人ごしゅじんさまがくすぐるから……」
頬を膨らませ、きっと俺を見上げてくる。なんだその可愛い睨み方は。
「俺に嘘をついたな?」
「え? あ……ち、違うもん。ムギちゃんと喋ってるから。おれとも、お話してよ……」
言いながらぶくぶくと湯船に沈んでいく。顔の半分がお湯に沈むが、黒い瞳は俺を見上げている。
あんまり可愛いことしないで。くらくらしてきた。
沈没しかけのエイオットを抱き寄せる。
「すまなかった。エイオットも、悩みがあれば言うがいい。悩みが無くてもどうでもいい事でも、話しかけてくれたら、俺は嬉しい」
「そう、なの? つまんないことでもいいの?」
「ああ」
良いに決まっている。「用はないよ。名前呼んだだけー」でも俺のHP(体力)は五百くらい回復する。
ついでなのでこっちをじーっと見ているアクアファイアコンビも抱き寄せる。
「うわわ。なんだよ」
「むぎゅ……」
「きみたちもな。何かあれば言ってくれ。俺は察することはできない。鈍いからな」
「そんな自信満々に言うことか?」
「言うことだ」
子どもたちの髪を撫でていく。順番に。腕があと二本ぐらいほしい。
「ムギ。上がったらキャットに髪を整えてもらうといい。さっぱりするし、エイオットのようにさらさらになるよ」
そう言われ、ムギは遠慮なく大人に抱きついているエイオットに目を向ける。
「執事のお兄様に、切ってもらったのですか?」
「そうだよ! すごく上手なんだよ~。アクアとファイアも、切ってもらいなよ」
双子は同時にそっぽを向く。
「あれ?」
「嫌だぞ! あいつコエーのにハサミ持って背後に立つとか! ゾッとするわ」
「きゅうう……」
耳を前に倒したファイアの鳴き声に癒される。アクアの気持ちも分からなくはない。俺も鋏持ったあいつが背後にいたら杖構えるわ。
「でも二人。髪長さバラバラだし」
アクアは大人主人を見上げる。
「おい。お前は髪切れないのか?」
「……お前?」
一段低くなった声に、ツインズが青くなって抱き合う。
「う、う~。……えっと。なんだっけ」
「ご主人様って呼んでね。ムギも、ね?」
赤い瞳をぱちくりさせる。
「えっと……。お兄様ではなく、ですか?」
「うん」
「お兄さ、ご、ご主人様のお名前は?」
「ご主人様って呼んでね?」
「……」
目を点にするムギに、出番だ! とばかりにエイオットが拳を握る。
「大丈夫だよ! おれの『かんてー』がもっとレベルアップすれば、ごしゅじんさまの名前、分かるようになるから」
「それってあれだろ? 数字が分かる微妙な能力だろ?」
ずーんと湯に沈むエイオット。アクアが「あっ……」と口を押さえ、ファイアが「また言った」とアクアの尻尾をぺちぺちする。
「?」
ムギはよく分からないといった表情で首を傾げると、ゆっくりと主人が腰を上げる。
「……のぼせてきた」
「大丈夫? ごしゅじんさま!」
「なんだ普段からのぼせてるから顔見せないのか?」
「手、繋ぐ……?」
ど、同一人物だということをどうやって証明すれば……。そうだ! 目の前で変身すればいいんだよ。こんな簡単なことに気づかなかったとは。魔女の姿にも戻れるし、一石二鳥だな。
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