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肆意
10 いつもより意地悪
しおりを挟む次に向かったのはあらゆる病や怪我に効くという『長寿の湯』。ついでに浴衣の貸し出しもしていると言うので来てみたが、入れないほど混雑していた。
「ここは諦めるか」
長命である我らが無理にここに入る必要もない。他の者に譲るべきだな……キャットが復活してくれると思ってここを選んだのだが。
十歳児に背負われている目を回している青年。
これ、私の台詞のせいだろうか。それとも熱い湯に長居したせいだろうか。
後者なら水風呂に入れてやりたい。
「お客様? 具合が悪いのでしたらこちらに」
出ていこうとすると風呂屋の者が客をかき分けて声をかけてくる。『長寿』と書かれた縁起の良いハッピを着ているので分かりやすい。
ううむ。心配をかけてしまったか。
「長湯させてしまってな」
「休憩室がありますので、どうぞ」
のぼせる者が珍しくないのか慣れた対応だった。通されたのはだだっ広い畳の部屋。魔風機(まふうき)と呼ばれる風属性のモンスターからとれる風の魔石がはめ込まれた魔具が、部屋全体に涼しい風を届けている。
室内には浴衣姿の者が十人ほどおり、談笑したり午睡(夕方)したりしていた。そこにキャットを寝かせる。
「水をお持ちします。ゆったりしてお待ちください」
「うむ。感謝する」
大人びた男の子に微笑まし気に一礼すると、早足で去っていく。忙しいだろうに。
「ご自由にお使いください」と書かれた団扇を手に取り、それでキャットの顔を扇ぐ。
「は! ご、ごっちん様」
飛び起きたキャットにびくっと肩が揺れる。
「体調はどうだ? 長湯に付き合わせてしまったな」
「ごっちん様は悪くありませ……! ……ご、ごっちん様が俺を、勘違いさせるようなことを仰るから」
キャットにしては珍しく拗ねたような顔だ。
勘違い? 何か言ったか?
「香水を贈ろうと思っただけだ」
「そ、そんなこと言われたら……」
「おや。気がつかれましたか。お水です。どうぞ」
長寿ハッピの者が湯呑をふたつ乗せた盆を差し出してくる。動き回っているのか汗だくだ。
ありがたく受け取る。
「ありがとうございます」
「気を遣わせたな」
「いえいえ。ごゆっくり」
ごっちんを見てにっこり笑うとそそそと去っていく。大きな耳に長い尻尾。成人しても小さな身体で素早い動き。鼠(ねずみ)獣人か。か弱い種族だが繁殖力が高いので幻獣種(レッドリスト)入りはしていない種族だ。
「あの。ここは……?」
「『長寿の湯』の休憩室だ」
「ご迷惑をおかけしました」
まさか主君に運ばせ、看病までさせてしまうとは。一生の不覚!
深々と頭を下げるキャットの頭を、小さな手が撫でる。
「ふえ⁉」
「迷惑なものか……。私はお前たちを守るために、魔王になると決めたのだ。どーんともたれかかってくればよい」
胸を拳でどんっと叩く黒髪の男の子。「ま、もう魔王ではないがな」と笑う姿が痛々しい。
キャットは負けじと言い返す。
「身に余る栄誉ではございますが。俺はそんな貴方を支えたくて……!」
「分かっている。お前とベリルには感謝している」
「……」
「おっと。今はもうお前がベリルだったな」
悪戯っぽく笑う主。キャットは今日もごっちん様は美しいと見惚れていた。
冷たい水を飲んで一息つく。
「私はまだ温泉巡りするが、お前は帰るか?」
「帰りません」
「わかった。だがここで少し休もう」
「はい」
静かな空間を楽しむ。
「ところで。お前は私のことが好きなのだろう?」
「ん、ブッ」
口を押さえるキャットの背中を摩る。
「好き、と言いますか。愛、ですかね……」
「あ、うん」
キメ顔のキャットに雑に頷く。
「愛しているのに私がちょっと触っただけで気絶するのはどうかと思うぞ?」
「……? 愛する者に触れられたら気絶するのは当然では?」
なんだろうか。この絶妙に分かり合えない感じ。
ごっちんはサイドの髪を耳にかける。
「えっとな……。つまり何が言いたいのかと言うとな」
座ったままにじり寄ると、キャットにぴたっとくっつく。
「あぎゃっ」
「少しずつ慣れていこう」
「ご、ごごごごっ……」
言葉にならないキャットの身体を、すりすりと撫でてみる。適当に。いろんな場所を。
「ひゃぐっ」
悲鳴を上げそうになった口を自らの手で塞いでいる。
「エイオット達はよく触れ合ってきてくれるが、お前はあまりそういうことをしないな、と思ってな……」
「いや、あの。それは」
「こうやって毎日触れ合っていれば、お前も慣れてくるんじゃないか?」
「慣れる……?」
「そんなことあり得るのか⁉」みたいな顔をするな。
希望を持て。
ごっちんは正座しているキャットの膝に跨ると、以前のように向き合う体勢となった。
「カッ」
「ほら。抱きしめてみろ」
「おわぁあああ……」
「簡単だろう?」
キャットを抱きしめ、肩に顔を埋める。薔薇と汗の香りがする。
周囲の人は弟が兄に懐いているように見えるのか、「あらあら」といった表情だ。兄の方は硬直してしまっているが。
すりっと頬を押しつける。
「ん……。何か言ってくれないか?」
耳の横で囁くと超高速で震え出した。おっかしいなぁ。こいつ、四天王全員に囲まれてもボロボロになるだけで済んだ猛者なのに。
かぷっと耳を甘噛みする。
「こら。何か言わないか」
「ごほっ」
ぶくぶくと泡を吹くと背中から後ろに倒れてしまった。……先は長い。気長にいこう。
「軽率に気絶しすぎだぞ」
「軽率に気絶させないでください!」
次にごっちんたちがやってきたのは『果実の湯』。オランジやユッズ、アイウメといったいい香りのする果物がぷかぷかと浮いている。可愛らしい。
二人はユッズの浮くお湯に浸かっている。露天なので、茜さす空が美しい。
黄色いユッズを指でちょんとつつく。
「はーあ。キャットが私に触れてきてくれないから寂しいな」
「うぐっ……!」
胸元を押さえている青年をじとっと見つめる。
「キャットは私に悲しい思いをさせても平気なのだな」
「……カッハ‼」
「抱きしめるくらいしてもいいと思うんだがな」
「ごぼごぼごぼ」
キャットが溺れたので引き上げ、風呂の縁まで持って行く。
「しっかりしろ」
「ゲホゴホッ! ……ご、ごっちん様。今日はなんだか、いつもより意地悪ですよ……?」
貼りついた前髪を払いながら困った表情を作るキャット。またこいつは可愛いことを。
「意地悪な私は嫌いか?」
「そんな俺は存在しません!」
「……」
「で、ですが。もう少しご容赦を」
却下したかったが、子ども相手にこれ以上は大人げないか。
「仕方ない。了承してやろう」
「ありが……」
希望に花咲かせたキャットの胸に抱きつく。
「このくらいにしておこう」
「話聞いてました⁉」
髪を団子状にしたキャットがザパァと飛び上がる。
その後もキャットで遊んでいるとどやどやと団体客が押し寄せてきた。キャットは隅っこに寄り、ごっちんはそんな彼の腕に抱きつく。
「あの……」
「嫌なら振り払えばよかろう」
「……」
振り払ってこないので甘えておく。
キャットは「魔王様こんな……お可愛い御方でしたっけ?」とピンボールのように暴れる心臓を宥めていた。
(頬が、赤い……)
お湯に入っているからか頬は薔薇のように色づき、艶のある唇が潤んでいる。
(大変だ)
一生見てられる。目を離したくない。
今日はなんだかサービスも多かった。ごっちん様からたくさん触れてきて下さり、何度意識がぶつ切りになったことか。ちょいちょい今日の記憶がない。今も、腕に抱きついておられるから、肌同士が密着する。ごっちん様の裸体がこんな近くに……。
ごくっと生唾を呑む。
果実や花びらが浮いているお湯で助かった。もし透明な湯なら。刺激が強すぎて昇天していた。よく浸かりたい派なのか、口まで湯に沈んでいる姿が大変愛らしい。鼻先に流れてくるユッズを指でつついて遠ざけている様など〇Α♯m▲……いかん。可愛すぎて人語を忘れた。
(温泉って最高だな。二人きりになれるし。疲れ取れるし。ご、ごっちん様がお召し物をみみみ身につけていないし……)
相撲取りのような体型の団体客で埋まっているが、キャットの意識下では存在しないことになっている。香り高い湯に入っているのは自分と主君のみ。なんて素晴らしい空間だ。
「キャット?」
世界一愛らしくも気高い声がした。即、妄想を打ち切り、バッと横を向く。
「は! いかがなさいましたか?」
紫の瞳が見上げてくる。
「二人旅行もいいものだ。よければまた、一緒に行ってくれぬか?」
「……? 『共に来い』の言葉だけで。それを断る魔族はいませんよ?」
「『はい』か『いいえ』で答えろ」
「はいもちろんついていきますううぅ!」
過去一番の大声だった。
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