全種族の男の子、コンプリートを目指す魔女っ娘♂のお話

水無月

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豪放磊落

05 キャットの父親

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🌙









 一方。洋館に残ったお留守番組は―ー




「じゃあ、ムギってどう書くんだ?」
「ムギしゃん……」
「うむ。ムギはこう書くといい」

 白い紙にすらすらとペンを走らせる。ごっちんを左右から挟み込むように手元を覗き込んでいる双子。あったかいけれど、書きづらいな。
 対面の椅子を指差す。

「あっちに座るといい?」
「「……」」

 なんで? と言いたげに顔を見てくる。

「いや。いい」
「変なやつ」
「こう、でしゅか?」
「『ム』が左右反対になっているぞ」

 せっせと書き直すファイア。正しい向きになったムに、赤ペンで花丸をつけてやる。

「よくやった」
「わあ……」

 キラキラ目を潤ませるファイアに、むすっと膨れる。

「あー花丸! ファイアだけずりぃー」

 ムキになってアクアもペンを握るが、勢い余って三角になってしまう。

「むきーーーっ」
「落ち着け。ゆっくり書くといい」
「……」

 頭に血が上りかけるも、ごっちんの声を聞いていると波打つ心が鎮まってくる。
 ちらちらとお手本を見ながらムギと書いてみる。アクアらしい角ばった字だが、カタカナなので問題はない。

「うむ。よく書けている」

 花丸を描いてやると、アクアは身を乗り出しファイアに紙を見せつけた。

「おい見ろ。俺も花丸もらったぞ!」
「ステキ」

 ぱちぱちとファイアが拍手する。アクアは満足そうにエッヘンして自分の席に戻る。

「もう洋館にいる奴らの名前はばっちりだぜ」

 ごっちんが書いた名前を指差して読んでいく。

「これが俺だろ? ファイアにエイオット。ムギにお前にごすじん。……?」

 ひとつ、知らない名前があった。

「誰だこれ?」
「ん……? ああ、それはジュリスと読む。キャットの名前だ」

 アクアとファイアがさらに詰めよってくる。頬同士が当たってぽよぽよする。ぬくい。

「あいつは執事だろ?」
「キャットしゃん……。じゃないの?」
「キャットの本名だ」

 双子は口を四角にする。

「じゃあ、キャットってなんですか……?」
「正確にはキャットジュリスだ」
「でもエイオットはベリルって言ってたぞ?」

 アクアは机に頬をぺちょっとくっつけてだらける。主人の真似だろうか。

「背筋を伸ばして座った方が、かっこいいぞ」
「!」

 シュバッと姿勢を正すアクア。

「ベリルは私が与えた名だ」

 おそらく本名より大事にしてしまったせいで、鑑定表示でベリルの方が出てしまったのだろう。

「名付け親ってことか? おま、ごっちんが?」
「いや、称号のようなものだ。あいつはベリルになれるよう、初代ベリルにぼっこぼこに鍛えられたからな」
「初代ベリル?」
「キャットの父親だ」

 本人は戦いとは無縁の司書になりたがっていたが、ベリルの名は見事息子のジュリスにスライドした。
 強さだけなら脳筋お馬鹿のシャドーリスなのだが……キャットは指揮も取れるからな。

「あの執事の親父? どんなやつだよ」
「ここにおりますよ」

「「?」」

 アクアとファイアが同時に顔を上げる。
 そこには土いじりをするときのようなオーバーオールに身を包んだ、素朴な中年男性が立っていた。
 黒い髪に赤い瞳。
 いつの間に図書室に入ってきたのやら。
 にこっと笑顔を見て、アクアとファイアの声が重なる。

「「誰?」」
「ジュリスの父です。いやあ。息子が世話になっております」

 キャットが三十年歳を取ればこんな見た目になるだろうな、といった姿の男性だ。魔族は人間と同じように年を取るわけでは無いが。

 子どもは残酷だった。

「嘘つけ! 執事の方が美人だぞ。本当に血が繋がってんのか?」

 魔王の初代右腕は胸を押さえてへたり込んだ。
 ごっちんはのんきに感心する。

「私の元右腕を倒すとは、やるな。アクア」
「ぐおおおお……。息子は妻似ですから」

 よろよろと起き上がると、がっとアクアの頬肉を掴んだ。パン生地のようにもにもにと揉みまわす。

「あ? うああぅあうあう」
「生意気な~。このっこのっ」
「むああぁああ」

 ごっちんが止める前に、ファイアが腕に噛みついた。

「アクアをいじめないでっ」

 がじがじと力を入れるが、キャット父からすればくすぐっただけだった。ファイアも簡単に捕まってしまう。

「おおーん? やるのかちびっ子。おらおらおら!」
「むええええええん」

 机の上でファイアももみくちゃにされる。頬を。
 ばっと大人に飛び掛かる。

「ごらー! ファイアから離れろおっさん」
「おっさんだと⁉ いい度胸だクソガキが」

 振り向きざまにがしっと頭を鷲掴みにされる。
 二人纏めてもちもちもちもち。ほっぺマッサージされる。

「あぅあぅああおあう」
「むええええええ」

 じたばた抵抗するが、短い手足ではどうすることも出来ない。

「喧しいぞ。図書室で騒ぐな。カリス」

 元ベリル――キャットカリスはぱっと手を離した。

「失礼いたしました」

 粛々と一礼するが、口元は悪戯っ子のように吊り上がっていた。
 魔王様はため息をつきながら額を押さえる。

「お前は変わらんな……。いい年して。落ち着け」
「ははあ。ごっちん様にそう言われるとは。歓喜の極みですね」
「お前と比べると、ジュリスはいい子だな」
「はっはあ。悪い気はしませんね。『私が育てました』と似顔絵貼りたいくらいですよ!」
「……」

 再度ため息をついた。





 図書室で飲食禁止なので、お外でティータイム。
 お外のテーブルにはすでに用意されているらしく、色々乗っている。
 子どもたちは走ってテーブルに向かった。いつものように美味しいお菓子が置いてあるはず……

「息子から『ごっちん様に粗相のないようにな』と指差されながら言われたので、頑張ってみましたよ」

 焦げた洋菓子と濁った色の紅茶が並ぶ。

 アクアとファイアの瞳から輝きが消える。
 黒いが甘い香りは微かにするので、お子様は洋菓子らしきものに手を伸ばした。
 小さな鼻を近づけ、うっと息を止める。

「火事の時のにおいがする」
「食べられるの……?」

 以前は生ゴミだろうと平気で口にしていたが、すっかり舌が肥えてしまった。

「まあまあ失礼なこと言いやがって。口に詰め込んでやろうか?」

 青筋を浮かべたおじさんが笑顔で睨んでくるので、がじっと暗黒物質をかじる。美味しいかもしれないと希望を込めて。
 がしゃごりごりと変な音がする。苦い。甘い香りは気のせいだったのか。苦しい。木炭でももうちょっとうまいと思う。固い。

「じゃりじゃりする」
「キャットしゃん、帰ってちて……」

 アクアがんべっと真っ黒になった舌を出し、ファイアはここにいない執事を思って泣く。
 ごっちんも微妙な笑みで紅茶を一口。

「相変わらずお前の紅茶はコメントに困る味だな」
「ばっか。よせって。ほめ過ぎだぞ」
「……」

 洋館に来てキャットが執事まがいなことをやり出したときは、慣れないことをさせて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だがおかげで快適に過ごせていたんだなとしみじみ思う。

「(口直しに)ミルクを持ってきてくれんか? あの冷たい箱に入っている」
「りょーかい」

 お茶目にウインクしながら走って行くおじさんを見送る。
 アクアは食べかけのクッキーをそっと皿に戻す。ファイアも同じく。普段なら注意すると悪露だが、無理に焦げた物体を食えとは言えなかった。

「あのおっさん。今までどこに居たんだ?」
「カリスはずっと中庭で野菜作っている。カロンの大量栽培が出来ないか、頑張っているな」
「かろん?」
「桃に似た実だ。紅茶にすると美味いらしいが、私は飲んだこと無い。初めは主人殿がカロンの世話をしていたんだが、いつの間にかな」

 すっかりきな粉ミルクばかり飲むようになってしまった。……身長が伸びると思ったのだが、大人主人殿やキャットははるか上空だ。あの魔女っ娘より小さいのは何とかしたい。

 箱を担いでキャット似のおじさんが戻ってくる。

「またせたな~」
「箱ごと持ってくるな」

 疲れた顔のごっちんに構わず、おじさんはでんっと箱をテーブルに置く。

「いいだろ別に。おお。色々入ってんな。さあ飲め飲め」

 ミルクを注ぐと子どもたちは一気に飲みだした。

「ぷはーっ」
「これが一番おいち」
「ああ?」

 口が滑ったファイアの頬をもみくちゃにする大人。
 痛くはないが恐怖から泣き出す。

「うええええええん」
「おーおー。生意気言うのはこの口かあああん?」
「ファイアを虐めんなってば!」

 がじがじと頭に子狸が噛みつくがお構いなし。限界を確かめるようにお子様の頬を伸ばす。

「すっげー伸びる。ははっ、すげえな! おもしれー……。餅だ、餅」
「えええええん。やめちよ」
「ごらー! やめろおおお」

 ごっちんは周囲を確認する。そういえば止める人がいないんだった。
 飲みかけミルクのコップを置き、席を立ってテーブルを迂回する。
 おじさんの背後に立つと尻を蹴った。

「いてえ! ……何すんだよ。ミカエリス」

 ぎっと振り返り、誰もいなかったので目線を下げる。

「やめんか。どうしてお前はそう、子どもなんだ。息子を見習え」
「ああん? 俺のどこがガキだってんだ」

 泣いている子をまだ伸ばしているおじさん。

「はあ。ファイアを置け。それと私のことはごっちんと呼べと言ったであろう?」
「ははっ。すまんすまん。そうだったわ」

 ぽいっとファイアを椅子に戻すと、すぐさまアクアが抱きしめる。

「ファイア! 大丈夫だったか?」
「うええええん! あぐあぁ! うえええええんっ」

 片割れに抱きつき、わんわんと泣く。

「よしよし。きたねぇおっさんに触られて可哀想に。ぺーろぺーろしてやるからな?」
「誰が汚いおっさんだアア痛いっ!」

 どかんと足を踏んでから箱を開ける。こんな暗黒物質でお茶はできない。確かキャットが置いていったお菓子があったはず。

「おや。なんだこれは」

 皿の上、黄色い四角い物体がある。控えめな甘い香り。上部が茶色いが、焦げているわけではなさそうだ。もうひとつは、ピンク色の丸い……桜餅と言ったか。また作ってくれたのか。と言うことはこっちの黄色い方も美味しいに違いない。

 足を押さえてひっくり返っているおじさんを「邪魔だ」と蹴っ飛ばし、アクアとファイアの前に皿を置く。

「なんだこれ! うまそう」
「うゆぅ……」

 アクアと、ぽろぽろ涙を零しているファイアの頭を撫でる。ファイアが泣き止むのを待って、ピンクのお餅を指差す。

「こっちは桜餅と言って、一度食べたことがあるが、美味だったぞ。こっちは、何だろうな。キャットが作ったものだ。不味いはずはないだろうが、万が一と言うこともある。私が味見をしよう」

 フォークを刺そうとしたが、するりと手から引き抜かれる。
 三人で見上げるとカリスだった。苦笑いを浮かべている。

「流石に。ミカ、ごっちん様に毒味はさせられませんよ」
「違う。味見だ」
「同じです」

 右手でごっちんの胸を押して下がらせ、黄色い長方形をひと口大に切り分け、口に運ぶ。キャットと言いカリスと言い、どうしてこいつらはこうなのか。
 ごっちんは己の腕を摩る。子どものようにふにふにとしてやわらかく、無力だ。
 私はもう魔王でもなんでもない。それなのにこうしてずっと大切にしてくれる。四天王共も、今は好き勝手に暮らしているだろうが、私が呼べば瞬時に集まってくれそうだ。
 ごくりと飲み込むと、カリスはミルクを一気飲みした。

「うーわ。甘くて美味しいわこれ……」

 美味しいという割に顔色が悪い。甘いものあまり好きではなかったな、こいつ。

「おい! それ俺のミルクだぞ」
「んな怒るなって。また入れてやっから」
「お前が口付けたコップとか嫌だ」

 おじさまは真顔でアクアを指差す。

「ごっちん様。このクソガキの尻を叩く許可をください」
「お前の尻を叩くぞ。……まあ、味見をしてくれたことは褒めてやる」

 カリスは一歩下がって礼をする。

「有難き幸せ」

 にっと笑い、新しいコップにミルクを注ぐ。


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