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豪放磊落
15 泡歌の海
しおりを挟む「ここだ」
出発してから数時間。ついに到着した。時計がないため――時計はあるが文字盤があるわけでは無く、朝、昼、夜を報せる大雑把なものを時計という――正確な時間は分からないが、そんなに時間はかかっていないと思う。
「ここがイースター島か」
「泡歌の海だ。お前だけどこに居るんだ」
眼下に広がる海の色が妖しい。暗い。黒い。太陽光りを拒んでいるかのように。
泡歌の海に近づくにつれ、空も不安定になってきた。一時間ほど前から雨が降り出し、今は強風が吹いている。
「ここっていつもこんな天気かい?」
「そうだな! 来るたびに雨が降っているな」
「波も高いですね」
浮いている三日月に影響はないが、マンタ君が結構揺れている。それでも落ちない魔族の精鋭。
髪がなびかないように、主人は金の三つ編みを首に巻きつける。
「では頼むぞ。シャドーリス君」
シャドーリスに声をかけたのに、キャットが睨んできた。
「気安く名前を呼ぶな」
「お宅の弟さんが厳しいんですけど」
「可愛い奴め! ジュリス。海を動かすから、三日月の方へ移動するがいい」
すごいこと言ったな、今。
「その三日月。大人二人も乗れるのかよ」
「浮かぶことなら出来る。来い」
手招きするとキャットが飛び移ってきた。ガクンと三日月が高度を下げたが、なんとか浮遊している。
「もっと安定感のある乗り物にしろよ」
「作った当初はこんなに誰かを乗せるなんて、考えてなかったんだよ」
シャドーリスはマンタを消すと海の上に立った。
どこからともなく水色の透き通った杖が現れる。それを握った途端、海が渦を巻いた。
海が引きずられたような、聞いたこともない音がする。子どもたちが聞いていれば泣き出してしまいそうな、心を不安にさせる音。
「……シャドーリスって魔法使いタイプなの?」
「ああ、まあ。魔法使いの癖に運動神経も良いので、戦士もやれる器用な御方です」
うんざりしたような声音だが、チラッと見ると、表情は誇らしげだった。
器用、か。それはお前らだから器用の一言で片づけられるのだろう。冗談めいた話だ。
魔法も剣も奥深い分野だ。生まれつき魔力量に恵まれていた主人とて、魔法を一流まで達するのに、人の寿命の限界以上の時間を要した。他の道を修めながら極められるほど、魔導の研鑚は甘くはない。
渦潮を発生させている銀の髪を見下ろす。
「ふーん。四天王は才能お化けばっかりか?」
「いえ。努力型の典型的な魔法使いもいますよ。その御方が一番、性格がマシですね」
「……」
マシ、という言い方に含みを感じる。苦労してそうだな。
渦巻いている部分のみ、水位が下がっていく。風呂の栓を抜いた時のようにゆっくりと、だが確実に。
「すげぇ。なんだあいつ、バケモンか」
「化け物ですよ。お前もな」
海に丸い穴が空く。すっぽりと円柱に、水がない。黒い穴が空いたようだ。
深さはどれほどか。直径は二十メートルほど。
「いやはや。お見事」
ふたりで気のない拍手を送る。まったく疲れていないシャドーリスはそれでも、照れたように後頭部を掻いた。
「ここを下りて行くがいい。ここから入ると深海でも水圧に潰されず、呼吸も出来てそこそこ自在に動ける魔法がかかるようになっている。それで人魚族を探すと良い! 魔法が解けるのは三日後。三日経つとお前らぺしゃんこだからな。せいぜい気を付けろ!」
はっはっはっと笑っている。水圧に耐えて水をどかすだけでも大変なのに。四天王の名は伊達ではないな。
「シャドーリスはついて来ないのか?」
「興味がない!」
気持ちのいい返事だった。
規格外の水使いと別れ、一行は緩やかに降下していく。
「あー。俺もシャドーリス様と帰れば良かったかな。一緒に野菜作ってた方が楽しそう。こんな変態といるより」
「はあぁん? もしかしてお兄様と離れて寂しいんでちゅか? キャットちゃんはお兄ちゃんっ子なんでちゅねー。プークスクス」
猫耳キャットにビンタされた。
「やめて! 加減を知らんのか⁉ きみも二万近くあんだぞ」
「るっせぇわ! 豚」
「豚⁉」
騒いでいると、辺りが明るくなってくる。太陽光、ではない。海自体が光を放っている。
「照明いらずとは親切だな」
「油断す……お前だけ油断して朽ち果ててろ」
「あれあれ? いま心配してくれたの? 優しいんだね、キャットくぅ~ん?」
往復でビンタされた。
着地した海底は白い砂と岩の世界。雪が積もったかのようだ。
「灰……じゃないよな?」
「生き物の死骸や骨だろう。地球……どこかの海底もこんな感じだった」
「? 海底に来たことがあるのか?」
「えーっと。聞いた話だ」
水の無い円柱空間の外は、水族館のように色んな魚が――一匹もいない。深海だもんな。
試しに片腕を円柱の外に突き出してみる。シャドーリスの魔法が働いているのか、水圧を感じない。
ゆっくりと身体全体を海の中に入れる。水が纏わりついてこない。身体に薄い膜が貼られているような。ローブも髪も濡れずにいる。
海の中はひんやりと冷たい、が、耐えられないほどではない。むしろこの季節には心地いいくらいだ。子どもたちは厚着させればいいとして。
陸地とはいかないが、そこそこ自由に動ける。海水に動きを邪魔されない。
呼吸も、問題無いな。多少の息苦しさはあるが、獣人なら適応できるだろう。それでも苦しそうなら俺の魔法の出番だ。
「いやはや。すごいな。きみの兄貴」
「兄貴じゃない! ……でもまあ、そうですね」
「なんだツンデレか?」
「黙れ。埋めるぞ」
シャドーリスの魔法をふたりで一通り確かめると、三日月に戻り子どもたちを起こす。
「おーい。到着したぞ。起き……」
俺がまだ大人の姿の時間帯なんだから、起こしたら可哀想だな。でも目が覚めていきなり海の中でも驚くだろうし。
「どうしたらいいと思う?」
「俺たちが常に視界内にいれば、パニックにはならないだろう。なっても海上に出ればいいだけだ」
「採用」
バスケットを繋ぐ縄を外し、三日月には帰っていてもらうことにした。
手を振って見送る。
「またね。三日月君」
「お前。物にまで名前つけてるのかよ。気持ち悪いのは性格と趣味だけにしておけ馬鹿」
すまないね。物にまで神が宿る国にいたもので。
バスケットを両手で抱え上げる。
「重い。子どもたちの成長が嬉しいね。きみが美味しいご飯を作ったおかげだ」
「ふん」
バスケットを差し出す。
「持って? 重い」
「ヘタレが。お前が持ってろ。両手が塞がってるお前を守ってやる」
かっこいいセリフを吐いてはいるが、魚モンスターを狩って食べたいだけだな。こいつは。
「ワア。アリガトー」
明るい深海を歩く。
主人は忙しなく周囲を見回す。
「ちょっと拍子抜けかな?」
「あ?」
「ムギちゃんの里みたく、入った瞬間囲まれたりするものと思っていたから」
「……俺もそこまで詳しくはないが。人魚族は警戒とかしたことないんじゃないか? 深海なんて誰も尋ねてこないだろうし?」
お前みたいな変態以外、と金の目が言っている。
「そう、なのかな」
「さあな。ま、いきなり魔法をぶっ放されても、お前を盾にすればいいわけだし」
「人権について話し合いませんか?」
まったく警戒していない、なんてこともないだろう。怪しまれるだろうが言葉は通じるはずだ。しかしどんな姿だろう。わくわくが止まらないぞ。
「上半身が魚で、下半身が人かもしれないな」
キャットが怖いことを言った。
「何言ってんだ! 下半身が魚に決まってんだろ。人魚はなぁ……下半身が、魚が、定番なんだよ」
「なにムキになってんだ。そこ需要か?」
「重要っつーかすべてなんだよ! 半魚人スタイルも許さないかんな!」
「俺に言うな」
今ので一気に不安になってきた。どうしよう。人魚族が二本脚で歩いていたら……。全滅させて見なかったことにして泣きながら帰るしかない。
「うっ」
ぼよんっという音と共に、キャットが何かにぶつかった、ような声を出した。
「どうした?」
「バリアが貼ってある。おそらく人魚族が張ったものだろう」
つまりこの先が、彼らの住処か。
透明なバリアは触るとぷよんぷよんしている。素通りは出来なさそうだ。
「破るか?」
「待って。どこかに呼び鈴が付いてない?」
「玄関かよ」
呼び鈴を探していたら金髪が縮んできた。
「……朝か」
「そのようだ」
「便利だなお前。おい。起きろ」
泣かれたのが響いているのか、キャットの声が小さめだ。
子どもたちの肩を揺するが、優しすぎて起きない。
「俺も手伝おう」
ちまっとした魔女っ娘がバスケット内に身を乗り出す。
「おーい。起きたまえ」
「うん……」
すごく小さな声で頷いたエイオット。はい。天使。
「かっわいいな。可愛さだけで世界狙えるだろ」
「親馬鹿極めてないで起こせ煩悩魔人」
「変なあだ名を付けんじゃない」
「おじょーさんたちー。だれー」
舌ったらずな声が聞こえた。
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