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プロローグ
カリフォルニア州:ロサンゼルス
遡ること十年前。まだ少年だった俺は、眼前に座り込む男を静かに見下ろす。
路地裏の壁に寄り掛かる男には、喉元を何かで切られたような切り傷があり、少年の右手に、その元凶たるナイフはあった。
未だ肩を上下に揺らす男を見て、少年はナイフを持ち上げる。
男がか細い声で、あっ……あっ……と呟いた。
普通ならこのままナイフでとどめを刺すだろう……だが、何を考えたのか、少年はナイフを降ろすとその場に投げ捨て、さっきまで男が持っていた拳銃を徐ろに拾う。
路地裏に差し込む街灯の光が、拳銃の強化プラスチックを鈍く光らせた。
その様子を見た男は、溜め込んでいた息を惜しむことなく吐き出すと、そのまま目を瞑る。
少年は銃口を男の眉間に合わせて、なんの躊躇いも無くトリガーを押し込んだ。
「おう、生きてるな?」
「……」
男が静かになって、暫く経った頃。
少年の前には青年の姿があった。
青年は灰色のパーカーに身を包み、ヘラヘラと不気味な笑みを浮かべていた。
青年は男を一瞥すると、ニヤついた顔で少年へ話し掛ける。
「よくやった、初めてにしては上出来だ」
「……金は?」
だが、少年は何の脈絡も無い言葉を返し、青年を睨みつける。
この少年と青年の関係は複雑だ。
戦争孤児であった少年を青年が拾い、衣食住を与えた見返りとして、殺し屋家業をさせている。
つまり、彼らは親子とも言えるし、同時に雇用主と労働者でもある。
どちらにせよ、少年はこの青年に殺し屋として育てられ…雇われている為、男を殺していたのだ。
そして、今はその報酬に関しての話をしようとしている。
…が、青年は明後日の方向を向き、そのまま首を傾げた。
「はて、そんな話したっけ?」
「テメェ…オレが何のためにここまで……」
青年の返答に対して、少年は眉をひそめ露骨に怒りを露わにした。
すると、青年は少年の言葉を遮り、話を続ける。
「俺は、これからも“此処”で生活を続けたいなら、殺し屋として働けって言ったんだ。別に金をやるとは言ってない」
「……」
「というか、名前も戸籍も無いお前が、一丁前に金を稼げる訳が無いじゃないか」
「……」
青年に痛い所を突かれ、少年は黙り込み俯いた。
そんな姿に、青年は思わずため息を吐いてしまう。
殺し屋と言っても、少年は最近十を越えたばかりだ。
彼にはまだ幼さが残っている。
「……」
「そ、そんな不貞腐れないでくれよ…ちょっとしたお礼くらいはするからさぁ~…えっと~……」
だが、いくら幼くとも、仕事にはそれ相応の報酬を与えるべきで、たかが少年相手と、青年はそのことを一つも考えていなかった
いつまでもむくれたままの少年を目の前に、流石に居心地が悪くなったのか、青年は慌てた様子でしばらく視界を彷徨わせる。
そして、少年の右手に握られた拳銃が、ふと目に映った。
すると青年はまたもやニヤリと笑い、その拳銃を指差した。
「そうだ、それ、その拳銃、お前にやるよ」
「…これを?」
「そうそう、ナイフだけじゃできる仕事も少ないし、何よりこっちの経費削減になる」
「……」
「まぁ、お前が殺し屋を辞めるっていうのなら、話は別だが……」
青年による突然の提案は、少年の心に響いたようで、少年は俯いたまま握った拳銃を少しだけ眺めて、再び青年の方を向いた。
毒々しいエメラルドグリーンの瞳を見返して、青年はその意図を汲み取る。
ここまでくれば、既に交渉は成立したも同然だ。
「分かってるよ、弾薬とか弾倉くらいは俺が用意してやる。安心しろ」
「…解った」
「へっ…なら、交渉成立だ。これからよろしく頼むぜ……え~っと…なんて呼ぼうかな?」
ここで青年は大事なことを思い出す。
青年は、まだ少年に仕事用の名前を与えていなかった。
せっかくのいい雰囲気が台無しだ。
「ち、ちょっと待ってくれよ、すぐに考えるから…う~ん……」
少年は呆れた様子で、青年はまたもや慌てた様子で、その場をグルグルと歩き回る様を見ていた。
青年が何かを思いついたように、指を鳴らす。
まさに、青年の頭の上で電球が光っていた。
「こんなのどうだ?『マーク』」
少年に初めて与えられた名前。
それを聞いた少年が、満面の笑みでたった一言だけ言葉を発した。
「…くたばれ」
「……んん??今なんて……」
俺……コードネーム『マーク』の殺し屋稼業の始まりは、実に珍しく、不自然なものだった。
今では遠い昔の思い出。
この頃の俺は、こんな関係は長く続かないと思っていた。まさか、コイツと運命の糸で繋がれているとは、まったく予想していなかったよ。
「マーク。新しい仕事だぜ」
「……今度は誰を?」
「いつも通り、情報屋の排除だ。コイツなんだが、ねぐららしき場所が……」
いつも通り青年の依頼内容を聞きながら、俺は慣れた手つきでバラしていた拳銃を組み立ててマガジンを挿し、右腰に隠したホルスターへ入れる。
「……情報は以上だ」
「報酬は?」
嘗て、俺が初めて仕事をした時と同じ質問をする。
それに青年は癖のある笑顔で答えた。
「もちろん、例の強装弾対応の銃身は用意してある。仕事が終わったら、交換してやるよ」
「……ああ、それならいい」
それを聞いて満足したように手の上で遊ばせていたナイフを腰の鞘へしまい、俺は立ち上がる。
「気を付けてな。死ぬんじゃねえぞ?」
「フッ……くたばれ」
そうとだけ返して、マークは仕事へと向かった。
遡ること十年前。まだ少年だった俺は、眼前に座り込む男を静かに見下ろす。
路地裏の壁に寄り掛かる男には、喉元を何かで切られたような切り傷があり、少年の右手に、その元凶たるナイフはあった。
未だ肩を上下に揺らす男を見て、少年はナイフを持ち上げる。
男がか細い声で、あっ……あっ……と呟いた。
普通ならこのままナイフでとどめを刺すだろう……だが、何を考えたのか、少年はナイフを降ろすとその場に投げ捨て、さっきまで男が持っていた拳銃を徐ろに拾う。
路地裏に差し込む街灯の光が、拳銃の強化プラスチックを鈍く光らせた。
その様子を見た男は、溜め込んでいた息を惜しむことなく吐き出すと、そのまま目を瞑る。
少年は銃口を男の眉間に合わせて、なんの躊躇いも無くトリガーを押し込んだ。
「おう、生きてるな?」
「……」
男が静かになって、暫く経った頃。
少年の前には青年の姿があった。
青年は灰色のパーカーに身を包み、ヘラヘラと不気味な笑みを浮かべていた。
青年は男を一瞥すると、ニヤついた顔で少年へ話し掛ける。
「よくやった、初めてにしては上出来だ」
「……金は?」
だが、少年は何の脈絡も無い言葉を返し、青年を睨みつける。
この少年と青年の関係は複雑だ。
戦争孤児であった少年を青年が拾い、衣食住を与えた見返りとして、殺し屋家業をさせている。
つまり、彼らは親子とも言えるし、同時に雇用主と労働者でもある。
どちらにせよ、少年はこの青年に殺し屋として育てられ…雇われている為、男を殺していたのだ。
そして、今はその報酬に関しての話をしようとしている。
…が、青年は明後日の方向を向き、そのまま首を傾げた。
「はて、そんな話したっけ?」
「テメェ…オレが何のためにここまで……」
青年の返答に対して、少年は眉をひそめ露骨に怒りを露わにした。
すると、青年は少年の言葉を遮り、話を続ける。
「俺は、これからも“此処”で生活を続けたいなら、殺し屋として働けって言ったんだ。別に金をやるとは言ってない」
「……」
「というか、名前も戸籍も無いお前が、一丁前に金を稼げる訳が無いじゃないか」
「……」
青年に痛い所を突かれ、少年は黙り込み俯いた。
そんな姿に、青年は思わずため息を吐いてしまう。
殺し屋と言っても、少年は最近十を越えたばかりだ。
彼にはまだ幼さが残っている。
「……」
「そ、そんな不貞腐れないでくれよ…ちょっとしたお礼くらいはするからさぁ~…えっと~……」
だが、いくら幼くとも、仕事にはそれ相応の報酬を与えるべきで、たかが少年相手と、青年はそのことを一つも考えていなかった
いつまでもむくれたままの少年を目の前に、流石に居心地が悪くなったのか、青年は慌てた様子でしばらく視界を彷徨わせる。
そして、少年の右手に握られた拳銃が、ふと目に映った。
すると青年はまたもやニヤリと笑い、その拳銃を指差した。
「そうだ、それ、その拳銃、お前にやるよ」
「…これを?」
「そうそう、ナイフだけじゃできる仕事も少ないし、何よりこっちの経費削減になる」
「……」
「まぁ、お前が殺し屋を辞めるっていうのなら、話は別だが……」
青年による突然の提案は、少年の心に響いたようで、少年は俯いたまま握った拳銃を少しだけ眺めて、再び青年の方を向いた。
毒々しいエメラルドグリーンの瞳を見返して、青年はその意図を汲み取る。
ここまでくれば、既に交渉は成立したも同然だ。
「分かってるよ、弾薬とか弾倉くらいは俺が用意してやる。安心しろ」
「…解った」
「へっ…なら、交渉成立だ。これからよろしく頼むぜ……え~っと…なんて呼ぼうかな?」
ここで青年は大事なことを思い出す。
青年は、まだ少年に仕事用の名前を与えていなかった。
せっかくのいい雰囲気が台無しだ。
「ち、ちょっと待ってくれよ、すぐに考えるから…う~ん……」
少年は呆れた様子で、青年はまたもや慌てた様子で、その場をグルグルと歩き回る様を見ていた。
青年が何かを思いついたように、指を鳴らす。
まさに、青年の頭の上で電球が光っていた。
「こんなのどうだ?『マーク』」
少年に初めて与えられた名前。
それを聞いた少年が、満面の笑みでたった一言だけ言葉を発した。
「…くたばれ」
「……んん??今なんて……」
俺……コードネーム『マーク』の殺し屋稼業の始まりは、実に珍しく、不自然なものだった。
今では遠い昔の思い出。
この頃の俺は、こんな関係は長く続かないと思っていた。まさか、コイツと運命の糸で繋がれているとは、まったく予想していなかったよ。
「マーク。新しい仕事だぜ」
「……今度は誰を?」
「いつも通り、情報屋の排除だ。コイツなんだが、ねぐららしき場所が……」
いつも通り青年の依頼内容を聞きながら、俺は慣れた手つきでバラしていた拳銃を組み立ててマガジンを挿し、右腰に隠したホルスターへ入れる。
「……情報は以上だ」
「報酬は?」
嘗て、俺が初めて仕事をした時と同じ質問をする。
それに青年は癖のある笑顔で答えた。
「もちろん、例の強装弾対応の銃身は用意してある。仕事が終わったら、交換してやるよ」
「……ああ、それならいい」
それを聞いて満足したように手の上で遊ばせていたナイフを腰の鞘へしまい、俺は立ち上がる。
「気を付けてな。死ぬんじゃねえぞ?」
「フッ……くたばれ」
そうとだけ返して、マークは仕事へと向かった。
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