喪女が魔女になりました。

隆駆

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喪女が魔女?

心の準備ができません。

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「え…?」
実に四度目となる目覚めは、いつもと少し趣が異なっていた。
まず、目覚めた場所がおかしい。
自室のベットでもなく、前回までの台座でもなく…。
「天蓋付きの、ベッド…」
それもメンヘラ女子がインテリアで付けるようなタイプではなく、ガチな。
ベッド自体の手触りも異常な程良く、これはもしやシルクでは。
枕の中身は羽毛か?
何なんだ、この絶対的なお嬢様仕様は。
辺りを見渡せば、どうやらここは寝室のようだ。
壁にはクローゼットや化粧台が備え付けられ、ベッドが置かれているのはそのど真ん中。
サイズもでっかくキングサイズだ。
雛子位の体型なら平気で3,4回寝返りが打てる。
「なにここ…」
誰か人がいないかと見るが、どうやら今日に限っても誰もいないらしい。
今まではまるで待ち構えていたかのように眠っていたのに。
それとも、雛子がここに移動したことでその必要がなくなったのか…?
というか、ここは誰の部屋なのだろう。
「お姫様の寝室…って感じだけど」
あくまでイメージの話で、こんな部屋に見覚えなどない。
なのに、細かなところまでいちいち全てが高級品だと分かるこの仕上がり。
正直に言おう。
こんなもの、夢で想像したくても想像できない。
靴は履いているのか、とみればやはり素足。
失敗したか…とがっくりして肩を落とす。
その時、自分の服の袖が目に入り驚いた。
「服が変わってる…」
裾の広がった、真っ白な夜着のようなものへと。
以前一度だけ入ったことのある高級店のシルクのネグリジェに触った感じが近い。
しかもそれよりもっと上質だ。
「なんで…?」
今までこんなことはなかった。
というより、まさか誰かが着替えさせたのか?
夢の中だということも忘れて、雛子が一気に青ざめる。
「嘘でしょ…。そういえば下着とかどうなって…」
嫌な予感に一度服を脱ごうと服の袖から腕をぬき、襟に手をかける。
そして一気に頭から引き抜こうとした時だった。
「魔女様…?お目覚めですか」
先程まで、壁だったはずの場所からなぜか人が現れた。
「!?」
隠し扉!?
慌てて脱ごうした服をもう一度かぶり直し、もう一度扉に視線を送る。
「だ、誰…?」
想像していた例の青年ではない。
それよりももっとずっと年上の…。
「あぁ…あまりに長い間でした。目覚めたあなたに触れたあの日から、再びその瞳が開くのを、どれだけ焦がれ続けたか」
裾の長い外套のようなものを纏い、逃げようとする雛子の前まで来るとその手をそっと己の両手で挟み込む。
年の頃は30歳をとうに過ぎているだろう。
青年期を通り越し、既に大人の円熟味すら醸し出している。
これはこれで大変ありだが―――そういう問題ではない。
一気に時間をすっとばした。もしくは彼らの父親…?
そして気になることはもう一つ。
「長い間…?」
「あぁ!!我が先祖代々、幾重にも恋焦がれたあなたのその瞳に映る光栄を我が身に頂けたことは誠に幸いでございます」
大変興奮しているのはよく伝わって来るのだが…。
「先祖、代々…」
それではまるで、雛子がずっとここ眠り続けていたようではないか?
スリーピングビューティー眠り姫になった記憶はまるでないのだが…。
これはどういうことだろう。
それともこれも脳内設定というやつなのか?
とりあえず聞いておかなければならないことはまず一つ。
「あなたと私は…初対面ですか…?」
恐る恐る尋ねた雛子に彼が破顔する。
「いいえ…!貴方様のお目覚めの予言を受けてからずっと、私はそのそばに侍っておりました。ですが、あなた様がお目覚めになられたのは二度。
一度目は幼さゆえにその目覚めに間に合わずどれだけ悔しい思いをしたか…。
二度目はもう12年ほど前のことになりましょうか…。ようやく貴方様にお会いできた興奮で我を忘れ大変なご無礼を働いてしまい…。その直後に貴方様が再び眠りにつかれた時には、どれほど深い絶望を感じたことか」
いちいち大仰な彼の言葉だが、おおよそ知りたいことはわかった。
つまり。
一度目の少年も、二度目の青年も、全部この目の前の彼。
そして彼にとって雛子は「突然現れた」のではなく、「長く眠りについていたのがようやく目覚めた」存在である、ということ。
一瞬にして脳裏によぎったのは「胡蝶の夢」という故事だ。
長い夢の間に人の一生を体感した後、それが夢であったと気付かされるという…。
「…これが現実…?まさか」
今までの日本での記憶は全部夢だったとでも言うのか?そんな馬鹿な。
「貴方様は大変長い眠りについておられたのです。戸惑うのは当然の事。
これから先はずっと、私があなた様のお側に…」
「いやいやいやいや…」
ベッドの横に膝をつき、恭しく宣誓するのはいいが、ちょっとまってくれ。
「あの…その前に、あなたはいったい誰ですか…?」
「!あぁ、大変なご無礼を…」
一瞬大変なショックをうけたような顔をした後、さっと雛子に頭を下げる。
「私はカプリス王国12代国王、レオナルド・ハイーニャ・カプリス。どうぞ、レオとお呼び下さい。
我らが始祖たる親愛なる魔女王よ…」
――始祖。
ちょっとまってくれ、どんどん設定が壮大になっていくぞ。
混乱する頭を整理しようとひとまずベッドを降りようとする雛子に、さっと彼―――レオナルドが手を差し伸べる。
女性をエスコートすることになれた人間の仕草だった。
だが、決してホストのようにへりくだった態度ではない。
物語で言うなら、シンデレラを王宮まで引きずり出した王子様とよく似た傲慢さを持つその手。
差し出したその手が、拒まれることなど考えてもいない。
「結構です。一人で降りられるので」
あっさりその手を拒んだ雛子は、「よっ」と一声あげて、半ば飛び降りるようにベッドを後にする。
「!魔女王!まだ無理をしてはなりません!貴方様はまだ…!」
「雛子」
「…は?」
「私はあなたのいう魔女王とやらではありません。望月雛子です」
未だ膝を付いたまま、名乗りをあげた雛子を見上げる、きょとんとした表情。
そういえば、なんで会話が通じてるんだろう、と一瞬疑問に思うがそれは今に始まったことではない。
しかし、自分の名前ではない名称で呼ばれるというのはこれほど気分の悪いものだったのかと反省する。
薫があれほど名前で呼ぶことにこだわるはずだと納得した。
「お願いがあるんですけど」
「…はい?」
振り向きざまに真剣な顔で語りかけた雛子に、一瞬戸惑った様子のレオナルドだが、直ぐにその姿勢を正す。
「どうぞ、なんなりと…!」
胸の前に手を当て、頭を垂れる彼には大変申し訳ないのだが。


「ちょっと、私を驚かせてくれません?」



――――正直、もうこの夢から覚めたくて仕方ない。
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