喪女が魔女になりました。

隆駆

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明日の約束

異変①

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「行くよ雛ちゃん!ほら早く早く!」
「…ちょっと待ってくださいよ薫さん…。何も朝一番で行かなくても……」
「早い時間の方が空いてるでしょ?雛ちゃん人ごみ嫌いだし」
「まぁそれはそうですが…」
せき立てられるように玄関を出た二人がこれから向かうのは、隣の県にある巨大ショッピングモールだ。
わざわざ隣の県にまで足を伸ばすことになったのは、例のデパートでの件が尾を引いている。
まぁどこに行こうと会うときは会うだろうが、少しでも遠くに行きたくなる気持ちはわからないでもない。
そもそものきっかけはクリスマスプレゼントとして雄次郎が寄越した例のネグリジェだ。
似合っていたのが余計に悔しかったらしく、「僕も雛ちゃんに服をプレゼントする!」と言い出した薫は一筋縄ではいかなかった。
ある意味子供よりもタチが悪い。
助手席に乗せられ、すぐに車が走り出す。
「あ、薫さん。途中でどこかコンビニに寄ってください。お金を下ろしたいんで……」
「ん?いいけど、買い物なら僕が買ってあげるよ?」
「そんな雄次郎さんみたいなこと言って…。自分のものくらい自分で買いますよ」
雄次郎のようだと言われたことが地味にショックだったのだろう。少し凹んでいる。
「というか、似てますよね、雄次郎さんと薫さん」
「やめて。考えないようにしてるから、今」
とういことは、自分でも多少自覚はあったらしい。
「さすが親子」
「やーめーてー。ぼくはあんな大人にはならないって心に決めたんだ」
「…息子って、父親に対して無条件に尊敬するか必要以上に反抗するかのどちらからしいですよ」
「あの親父が尊敬に値すると思う?」
「ビジネスの面では尊敬できると思います。こないだのプレゼントだって、要するにマーケティングの一種ですよね。反応を見てる感じの」
あのあと、とりあえず薫を通じてお礼の電話を入れたのだが、その時の対応で分かった。
実際に売れる商品になるかどうかを近場で試したということだ。
最もあのネックレスに関しては売りものにするつもりはないらしく、あれは本当に2人のためだけに作られたオーダー品だったようだが。
「ビジネスかぁ……。雛ちゃんは、やっぱりビシバシ働くビジネスマンの方がいい?」
「いいえ。それで一度失敗してますから」
元カレは同僚のサラリーマンだった。
野心があったからこそ、雛子を捨てて社長令嬢の誘いに乗ったのだろう。
「サラリーマンなんて、所詮仮面ラ○ダーの下っ端戦闘員と同じみたいなもんですよ」
行けと言われたら爆死覚悟で行かねばならぬ。
明らかに敵わない相手の元に捨て身で特攻させられる彼らの気持ちはいかばかりだろうか。
「薫さんはサラリーマン経験は……なさそうですね」
見るからに、そんな感じだ。
「大学を出てからはちょっとだけ親父の手伝いをして……そのあとすぐにこの店を始めたからね」
「そういえば喫茶店を開くきっかけって、なんだったんですか?」
今更だが、聞いたことがなかった。
「亡くなった母親がコーヒー好きだったんだよ」
「え?」
「車の事故で亡くなったんだけど、一時期は親父が死にそうなくらい凹んでね。
子供ながらになにかしてあげなきゃって、母が好きだったコーヒーを慣れない手つきでをなんとかいれた。それが最初だった」
それは、薫がいくつの時のことだったのだろうか。
聞く限りでは、随分幼い頃の話のような印象だ。
「それからね、親父が焙煎の道具やら珍しい豆やらを取り寄せてくれるようになって、次第に興味が出てったってとこ」
「……いい親子ですね」
お互いに、お互いの事を想い合っているのは間違いない。
「え、そう?ただのはた迷惑な親父だけどね。コーヒーの道具を買ってきたのだって、もともとは自分が帰ってきた時にうまいコーヒーを飲みたかっただけだろうし。子供の頃はまだ出張が多くて、帰ってくると必ずコーヒーをねだられたんだ」
息子のいれるコーヒーが、父親にとっての安らぎだったのかもしれない。
そんな光景が目に浮かび、微笑む。
「あ、雛ちゃん。この先にコンビにあるよ?あそこでいい?」
指さしたナビの地図上には、見慣れたコンビニのマーク。
確か、この系列の店舗ならばATMが使用できるはずだ。

「そこでお願いします」
「りょーかい」
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