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十字架を背負う娘

35話

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(・・・・・・・・・・・女?)

予想外の事に、我知らずエメラルドは、僅かにその顔をしかめていた。
まさか、用事というのが女に会いに行くことだったとは。

「ロザリアさん。いらっしゃいますか?」

反応のないドアに、もう一度ヴァーニスが問い掛ける。
しばらくして、その声に、恐る恐るといった様子で扉にかけられた、細い指。

 「・・・・・・・・牧師様・・・・・?」

 「ロザリアさん!遅くなってすみません。今日は、礼拝の日でしたよね」

扉から表われたその顔に、思わずエメラルドは絶句した。
糖蜜色の髪。色の白い肌。
まるで、妖精のような美しい少女。
しかし、なぜか美しいであろうその瞳は閉じられたまま。

「いえ・・。お待ちしていました、牧師様。こんな遅くに、お寒かったでしょう?中にお入りください」

扉にかけられた手が、ゆっくりとヴァーニスを招く。
しかし、相変わらずその瞳は開かれない。

 「あ、ロザリアさん。今日は、私の友人も来ているんですよ。とても頼りになる方ですよ」

目の前にいるにも限らず、まったくエメラルドを見ていなかったロザリアにヴァーニスが急いでエメラルドを紹介する。

 「エメラルド・マシュ―。よろしく、ミス・ロザリア?」

エメラルドのほうから握られた手に少しびっくりしながら、それでもヴァーニスから紹介された人物であったからか、それほど警戒するでもなく、ロザリアはすぐに笑顔を作った。

「はじめまして、マシュー様。 私は、ロザリア・ビレット。このような姿で申し訳ありません。牧師様のご友人の方と知り合えるのは光栄です」

その言葉通り、頬にほんのりと紅色がさす。

 (・・・・・・・・・エメラルドさん。ロザリアさんは、目が見えないんですよ)

こっそりと、ヴァーニスが耳元に囁いた。
エメラルドは、それに了解した、と頷く。
先ほどから一度として開けられることのない瞳に、大体予想はついていた。
もしその目が開くなら、さぞ美しい瞳をしていると想像できるのに。
同じ同性の目から見ても、ひどくもったいない、とエメラルドは思った。

 「さ、お寒かったでしょう?お二人とも、中へお入りください。
 何もありませんが、ひとまず休んでいただくことだけなら出来ますから」

ロザリアは初めの戸惑いが嘘のように明るく、二人を招いた。
当然の如く椅子に座らされ、茶を組みに二人の前から姿を消したロザリアに、珍しくエメラルドがそわそわと腰を浮かべた。

 「ヴィー、私は・・・・・・・・」

強引についてきておいてなんだが、ひどく場違いな気がする。

 「いえ。いてください、エメラルドさん。ロザリアさんにとっても、同年代の女性に会うのは、ほとんどないことなんです。きっと、彼女にとっても良い切っ掛けになるかもしれませんから」

なんだかまずいところに来てしまったような気分で辞退しようとするエメラルドを、やんわりとヴァーニスが止める。
 
(・・・・・・・・・こいつ、もしかして気づいてないのか?)
 
恐らく、あのロザリアという少女はヴァーニスに恋をしている。
今日初めて会ったエメラルドでさえ気づいたあからさまな恋情。
しかも、恐ろしいほどに純情。
 
「別に、お前が女と何をしていようとちくったりはせんぞ?まぁ、お前も男だろ」

 少し、気分がむかむかするのは気のせいだろう。

 「・・・・・・あのね、ロザリアさんとは本当にそんなことじゃないんです。
 彼女をとても心配している方から、週に何度か様子を見に来てくれるよう頼まれてるんですよ」

その言葉に、ヴァーニスにはまったくロザリア自身に対する恋愛感情などないことが、エメラルドにもわかる。

「なら自分でくればいいことだろう?そいつが。お前がこんな怪我までした夜に来るほどの用事か」

なんとなく憮然とした思いで、困るヴァーニスを睨んだ。
 
「・・・・・事情は後でお話しますから、今はひとまず付き合ってください」

彼女がやってくる足音の気配に、しっつ・・。と口を閉ざす。
ロザリアが、お茶を運んでやってきた。
目が見えないのにもかかわらず、ロザリアはすでにほとんどのものの位置を把握しているのか、まったく躓きもしない。
ゆっくりと茶を注ぎ、見えないはずの目で二人に微笑む。

 「牧師様。早速、礼拝を頼んでもよろしいでしょうか」

 「あ、はい。もちろんです」

ヴァーニスが立ち上がり、反対にロザリアがその足元にひざまづく。
吸血鬼の癖に、といつもエメラルドが散々にけなしている十字架に、ヴァーニスは口付けを落とす。

 「父と子と精霊の御名において、神の前に病めるものなく健やかであること・・・・・・」

ぼろ屋であるにも限らず、そこだけまるで厳粛な礼拝堂のような空気。
真面目にやればそれなりに見られるものだな、と思わずエメラルドが変なところに感心をした。
まるで二人は、一枚の絵のようだった。
触れることを拒むような、光の雰囲気。

 (・・・・・・・・やっぱり、気に食わないのはなぜだ?)

あまり、自覚したくはない思いが胸に沸き上がってくることに、エメラルドは無意識に眉をしかめた。
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