神の狗は十字を背負う~ワケあり吸血鬼の災難な日々~

隆駆

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ヴィスティ

48話

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『・・・・・・・・・・・どうやら、君はもうすでに知っていたらしいね?』

その血に流れる、罪を。

エメラルドはぎりッと、粘膜が破れるほどに強く唇をかむ。
滴り落ちる、赤い血。

 「・・・・・・・・知っていた・・・・?何を?
・・・・ああ。この体に流れる血が、裏切り者の血だということか――――――」

錆びた、鉄の味。
まったく、うまいなど感じない。
人が犯した愚行の果て。
 魔女狩り。
一体、どれほどの無辜の民が炎に焼かれ、拷問の末にその命を落としたか。

「吸血鬼」と同じ――――実際に異能を持つ者は、その陰に隠れ、ひっそりと姿を隠し人の世に紛れ込んでいたというのに。

自らの仲間が。同じ血を持つ者が炎に焼かれようと、見て見ぬふりをし続けた裏切り者。
彼らにとって最も安全な場所。
そここそが、「狩るもの」であるバチカンの総本山だったことは、なんと皮肉なことだろう。
異形のものに惹かれるがゆえに、それを戒め、あえて狩るものへと変わることで己の身を守ってきた、最高の裏切り者。

それこそが、エメラルドの受け継いだ呪い。
 
『・・・・・・・あの子が惹かれるのも、分かる気がするね。
 君は、遥かに我々一族に近い存在だ。だからこそ君も、あの子に惹かれたのだろう。
―――――人の世で生きるのは辛くはないかい?エメラルド・マシュ―』

「……大きなお世話だ」

声は、甘くエメラルドを誘う。
すっと、影が動いた。
それが形作るのは、等身大の闇。
ようやく姿を現した怨敵を、エメラルドは激しい怒りとともに睨めつけた。

「……お前が、ネイか」

『……その名を君に教えたのは、あの子かな?私の名をそう呼ぶのは、あの子以外に君で2人目だ』

いかにも愉快といった甘い言葉の中に潜むのは、どこまでも醜い毒。

が気になるかい?は君よりもずっと長いあいだあの子のそばにいた』

つまりは、この男がヴァーニスにちょっかいを出すのも、これが初めてではないということだ。
なんとなく予想はついていたが、やはり面白くはない。
その時に自分外の誰かがヴァーニスの横に立っていた、という事実も。

『………だが、これは警告だ。私の名は呼ばぬほうがいい。この名は、思う以上に私そのものだ。私に支配などされたくはないだろう? 私も、そんなことをしても楽しくはないしね?』

「それはどうも。ご忠告感謝するとでも言うと思うか?」

けっ、っと。
吐き捨てたエメラルドに愉快そうに嗤うネイ。 

『安心するといいよ。君はよりずっと素晴らしい』

薄い唇がはくのは、不愉快な棘のような毒。
誰とも知らぬ相手と比べられ、勝手に評価される不愉快さに吐き気がすると思いながらも、エメラルドは言う。

 「ヴァーニスはどうした」

その言葉に、『おや』ネイが目を細めたのがわかった。

 『あの子が心配かい?』

「……心配して何が悪い」

『ふふふ……。そう、心配、ね……」

「薄気味悪いその笑みは寄せ。腹が立つ」

吐き捨てれば、より一層男の笑が深まったように思った。
腹の底から気分が悪い。

『私が、あの子を傷つけるはずがないじゃないか!!大切な、大切な私のたった一人の同胞を……!』

「同胞…?冗談を言うな」

あれとこれとが同じだなど、どう考えてもあり得るわけがない。
ヴァーニスがその心に闇を抱えていたとしても、それはこんな醜悪なものではないと断言できる。
彼の本質は、決してこの男のような濁った闇ではない。
その言い分を欠片とて信じるつもりのないエメラルドに、ネイは告げる。

『今は信じられずとも、いずれわかる時が来る。……それよりも君は、 一体、何を心配しているんだい?
・・・・・ああ。私が、あの子を連れて行ってしまうことを、君は心配しているのかな』

くすくすと、共鳴する闇。
まるで物知らぬ子供を嘲笑っているようだ。

『闇は闇にあるべきだ。そうは思わないかい?』

「思わないな」

エメラルドは断言する。

「あいつは闇なんてもんじゃない。ただの底抜けのー――――馬鹿だ」

そしてエメラルドにとっては唯一の存在。

「第一、忘れてはいないか。闇とは常に、朝の光の前触れだ」

そう。その名は希望。

 「そもそも私は、そんな心配なぞ初めからしていないさ。
一体誰の許可を得てあいつを連れて行くというんだ?――――ーあいつは、私のものなのに」

 ヴァーニスを己の所有だときっぱり言い切ったエメラルドに、闇はなおも愉快そうに笑う。

 『・・・おやおや。随分とあの子の事が気に入ったらしいね。だが果たしてあの子がどう思っているか……』

不安を煽るような言葉も、エメラルドには通用しない。

「あいつがどう思っているか?そんなものは関係ない。私がそう決めたんだ」

だからあいつは黙って従うべきなんだ、とは。
正直言って、とんでもない暴論だ。
けれど、この場に正論など通じはしない。
甘い嘘も、お綺麗な戯言も不要。
必要なのは己を貫き通す強い意志だけだ。

『唯人の身で、これはまた随分と傲慢な事を言うものだ。だが、もう一人のお友達のほうはいいのかな?』

――――フレイア。
今更なその名前に、エメラルドが笑った。

 「どうせ、逃がすつもりなどないのだろう?ならば興味もない。―――私は人間だ。欲しい物しか欲しくない。
 あいつ以外、どうなろうと構わん」

いつの日にか、己が狩られる側に立つということ。
それを、フレイアだとて知らぬはずがないのだ。
 恐らく、あの少女はかつてフレイアや、フレイアの一族に身内を殺されたもの。
エメラルドが口をはさむことなど出来はしない。

「だが、な……」

ここでフレイアを見殺しにすれば、気に病むのはヴァーニスだ。
たった数回しか合っていない少女。
それも己に刃を向けた相手の事を、あの男は許すだろう。

「お前の思うどおりにはさせない。……きっとあいつもそう言うだろうからな」

目の前の男を、ひどく嫌っている様子だったヴァーニス。
エメラルドにも、その気持ちはよく分かる。
フレイアなんぞどうなってもいい。それがエメラルドの本心だ。
こんな職業についている以上、人の生き死になぞ日常茶飯事。
誰が死のうと、それはそいつの失態によるもの。
仇を討とうとなど、そんなこと思いはしない。

だが、ヴァーニスは別だ。

もし彼が何者かにその命を奪われたというのなら、自分は自らの命をとしてでも復讐を果たそうとするだろう。
ヴァーニスのことだけは、たとえそれが神であろうと――――絶対に渡さない。
本当はきっと、出会ったその時から知っていた。
あの男に、惹かれることを止められない自分を。
理由などない。
いや、理由などこの心には必要などないのだ。
その彼の心に僅かなりとも傷がつく。
それも、自分ではない他人によって。
そんなことが許されるか?

――――ー否。

あの男を煩わす存在は、自分だけでいい。
ならば、やるべきことは既に決まっているではないか。

 「・・・・来い・・・・・・!!ヴィ――――!!!!!!」

――それが闇を引き裂く光のように。
 声は、届いた。

 「―――――――――――――――エメラルド!!!!!」
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