上 下
53 / 63
ヴィスティ

52話

しおりを挟む
――――――あれから、どれだけの時が流れただろう?

すでに成長を止めたこの体では、そんな簡単なことすらも分からない。

――――消えない、血の匂い。

初めに、むせ返るほどの血の匂いを嗅いだ時、その血は、父と母、二人のものだった。
それが、今では一体どれほどの匂いを嗅いだのか、どれほどの血を浴びたのか、それすらもわからない。

錆びた鉄の、据えた匂い。

その匂いを甘く感じるようになったのは、いつからだろう?

――――昔、父を悪魔と呼んだ男がいた。

 昔、母を悪魔と呼んだ男がいた。
 昔、私を悪魔と呼んだ男がいた。

――――――それは大概に間違っていて、皮肉なことに少しだけ、あっていたのかもしれない。

あの日私は、のだ。

 「・・・・・・・・やっぱり、父さんと母さんは、悪魔じゃなかったよ」

この手で、多くの人を殺した。
血の匂いは、決して消えることがない。
多くの人が、悪魔とヴィスティを罵った。

そう、あの時のヴィスティのように――――――――。

かつて、あの頃確かにヴィスティは悪魔ではなかった。
だが、今は認めるしかないではないか。
あの時、必至で否定した、そのことを・・・・・。

 「そう。悪魔は、私だけ」

 静かな闇に、まるで泣き声のような呟きが落ちる。
 
飢えていた。

ひたすらに、飢えていたのだ。

だけど今、なぜだろう?

激しい苦しみと、死をもたらすかと思うほどの苦しみの先で――――”あの人”の血が、全ての飢えを消し去っていた。

浄化?いや、それは違うだろう。

だが。

彼が『特別な存在』と呼ばれた理由は十分に分かった。

彼が齎すのは終焉。
何者にも等しく与えられる、最後の安らぎだ。


激しい苦しみが去った後、最後に残ったのは強い願いだけだった。
遠い昔、神に拒絶されたただ一つの願い。

 (・・・・・・・・・・もうすぐ、全てが終わる)

ヴィスティはただ静かに、その時をまった。
全てが、終わる、その時を――――――――――。


しおりを挟む

処理中です...