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ヴィスティ
55話
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その瞬間、闇の中から唐突に現れた人影。
「・・・・・・・フレイア!?」
あの少女がでてくるのだとばかり思っていたエメラルドは、意外な思いを隠せず叫んだ。
だが、なぜだろう?
フレイアはエメラルドを前にしているというのに、何一つ反応を見せない。
「・・・・・・・・・・・・・フレイア・・・・?」
まさか、罠だろうか?
エメラルドはフレイアの腕をひく。
闇は、すんなりとフレイアを放すと影のように消え、周囲に同化する。
フレイアを引き寄せたエメラルドは、そこでフレイアが何事かをつぶやいていることを知る。
「・・・・・・・・・・・・ら・・ないで」
「・・・・・あ?」
はっきりと聞き取れない。
隣のヴァーニスを見るが、なぜかヴァーニスは何の感情も見えない瞳でフレイアを見つめていた。
パシリ、とエメラルドの手が払い落とされた。
「・・・・さわら、ないで・・・・・・・・!!!!!」
「・・おい!?」
全身を震わせ、しかしフレイアは全てを拒絶するようにエメラルドを睨みつける。
「・・・・・けが、らわしい・・・・・!!!!!」
その言葉に、エメラルドが眉をしかめる。
「なんだと!?」
「近寄らないで!!!!!!私は、私は違う・・・!!!私は、私は・・・・・・・・!!!」
あまりにも激しいその様子。
それはエメラルドに向けられているというよりも、さらに何か、もっと・・・いや、無意識に自分自身へと向けられた、憎悪。
「・・・・・一体何をした・・・・・・?」
無事でいるとは思っていなかったが、一体何があったというのか。
『・・・・別に、ね?お嬢さんに見せたものと、同じようなものを見せてあげただけ。
そして、長い長い間”神”という言葉で蓋をして決してみようとしなかった彼ら自身の罪を見せてあげただけ。
神なんて、この世には存在しないことを教えてあげただけ・・・・。
・・・・・・・・本当に、君達と違ってなんて、なんて脆い心なんだろうね?』
ネイは笑った。
先ほどまでも笑みとはまたチガウ、明確な嘲笑。
「・・私は・・・・・私は違う・・・・・・・・!!私は、悪なんかじゃない・・・・・!!」
フレイアは絶叫する。
―――――ただ、信じたのは神だった。
それだけのために、生きてきたのだ。
なのに、なぜだろう?
闇が、闇がやってくる――――――――!!!
フレイアはよってくるなにかを振り払うかのように、大きく手を払う。
「・・・来ないで・・・!!!来ないでェェェ!!!!!!」
闇が見せる、幻。
純白のローブにべったりとついた血。
『なんで……?私が……あなたに何をしたの』
――――いいえ。
あなたは何もしていない。
私にお花をくれた。
とても、親切にしてくれた。
だけど。
『――――吸血鬼は、我らの敵だ』
父様が言ったから。
そう、全ては神の御心のままに。
神のために、「悪」である吸血鬼は、滅ぼされなければならない。
けれど。
彼女たち家族から、血の匂いなどは一切しなかった。
どこにでもいる、普通の宿屋の家族。
けれど、父は言う。
吸血鬼の縁者は全て皆殺しにしなければならない、と。
そうしていつも、血の匂いに塗れていたのは、むしろ自分と父親の方で――――。
ならば、本当に穢れているのは我々なのではないかと。
ちらりとでも思うことが怖かった。
自分を、父親を否定することが怖かった。
だから信じた。
それが、「神」の導きによるものなのだと。
『―――――神なぞいるものかっ!!』
ふいに、耳元で男の声が聞こえた。
それは、いつのことだったろう?
『仕事』の標的であった男から投げかけられた罵倒。
『我らはただ生きているだけっ……それすらも許されないというなら、神などこの世に存在するはずがない……!!!』
いつものごとく神の名を振りかざし、男―――彼の妻子の命を奪おうとした彼女に対する叫び。
妻子を守るためならば、自分の命を差し出しても構わないと最後まで訴えた男。
怯えた目でこちらを見る彼の妻の腕に抱かれていたのは、幼い赤子。
父に命ぜられ、その命を奪った。
それを、血を吐くような叫びを上げながら見つめていたあの男に止めをさしたのは父。
心が麻痺したように動かかなかった。
少しでも何かを考えれば、恐ろしい事実に気づいてしまいそうで。
……神がいない?
……神がいないなら、なぜ私はこんなことをしているの?
私の手は、何のためにこれほど赤く染まっているのか。
『……悪魔!!悪魔ァァ―――――――――!!!!』
「……違うっ!!!!!違うっ!!!私はっ……私は……!!!」
……ワタシのしたことは……!!!
すべてが根底から覆される恐怖に、崩れ落ちるフレイア。
無表情という仮面――――「神」という名の盾は、既にボロボロに朽ち果てた。
『……なんて、もろい。まるで無垢な幼子のようだ』
それにしては随分血にまみれているようだが、とネイは嘲笑う。
『これを見てもなお、未だ神の存在を信じるといえるかい?』
ネイは、いまだ泣き叫ぶフレイアをもう一瞥もせずに、エメラルドとヴァーニスだけを見つめる。
エメラルドは、もはや何も言うことが出来なかった。
エメラルドはとっくに、己の手が血まみれなことなど知っていた。
ただ、生きたかった。
ただ、生きていたかったから、それが罪であることを承知で全てを見つづけてきた。
―――――――神など、一体どこにいる?
「神を生み出すのは、人間だ」
絶対なる正義など、この世には存在しない。
バチカンという狭い空間の中で、決して口にはできないその言葉。
その瞬間、フレイアの中で何かが壊れた。
動きを止め、うつろな瞳のフレイアがエメラルドを見つめる。
エメラルドは、与えられた知識ではなく、自らが導き出したその結論を断言した。
「お前の信じた「絶対なる神」など、最初からどこにも存在しない」
あるのはただ、人の都合によって作られた都合のいい「神」の偶像のみ。
ヴァーニスは、そっと目をそらす。
見つめるのは、ただ一人。
『……おやおや。こちらはこちらであまりにあっけなさ過ぎて、退屈だな。そろそろ、終わりにしようか?』
随分と身勝手な言葉とともに、待ち望んでいた終焉がやって来る。
『ヴィスティ』
ネイが、その名を呼ぶ。
あの日見た、美しい少女の姿をした「終焉」が、フレイアの元にやってくる―――――――。
「・・・・・・・フレイア!?」
あの少女がでてくるのだとばかり思っていたエメラルドは、意外な思いを隠せず叫んだ。
だが、なぜだろう?
フレイアはエメラルドを前にしているというのに、何一つ反応を見せない。
「・・・・・・・・・・・・・フレイア・・・・?」
まさか、罠だろうか?
エメラルドはフレイアの腕をひく。
闇は、すんなりとフレイアを放すと影のように消え、周囲に同化する。
フレイアを引き寄せたエメラルドは、そこでフレイアが何事かをつぶやいていることを知る。
「・・・・・・・・・・・・ら・・ないで」
「・・・・・あ?」
はっきりと聞き取れない。
隣のヴァーニスを見るが、なぜかヴァーニスは何の感情も見えない瞳でフレイアを見つめていた。
パシリ、とエメラルドの手が払い落とされた。
「・・・・さわら、ないで・・・・・・・・!!!!!」
「・・おい!?」
全身を震わせ、しかしフレイアは全てを拒絶するようにエメラルドを睨みつける。
「・・・・・けが、らわしい・・・・・!!!!!」
その言葉に、エメラルドが眉をしかめる。
「なんだと!?」
「近寄らないで!!!!!!私は、私は違う・・・!!!私は、私は・・・・・・・・!!!」
あまりにも激しいその様子。
それはエメラルドに向けられているというよりも、さらに何か、もっと・・・いや、無意識に自分自身へと向けられた、憎悪。
「・・・・・一体何をした・・・・・・?」
無事でいるとは思っていなかったが、一体何があったというのか。
『・・・・別に、ね?お嬢さんに見せたものと、同じようなものを見せてあげただけ。
そして、長い長い間”神”という言葉で蓋をして決してみようとしなかった彼ら自身の罪を見せてあげただけ。
神なんて、この世には存在しないことを教えてあげただけ・・・・。
・・・・・・・・本当に、君達と違ってなんて、なんて脆い心なんだろうね?』
ネイは笑った。
先ほどまでも笑みとはまたチガウ、明確な嘲笑。
「・・私は・・・・・私は違う・・・・・・・・!!私は、悪なんかじゃない・・・・・!!」
フレイアは絶叫する。
―――――ただ、信じたのは神だった。
それだけのために、生きてきたのだ。
なのに、なぜだろう?
闇が、闇がやってくる――――――――!!!
フレイアはよってくるなにかを振り払うかのように、大きく手を払う。
「・・・来ないで・・・!!!来ないでェェェ!!!!!!」
闇が見せる、幻。
純白のローブにべったりとついた血。
『なんで……?私が……あなたに何をしたの』
――――いいえ。
あなたは何もしていない。
私にお花をくれた。
とても、親切にしてくれた。
だけど。
『――――吸血鬼は、我らの敵だ』
父様が言ったから。
そう、全ては神の御心のままに。
神のために、「悪」である吸血鬼は、滅ぼされなければならない。
けれど。
彼女たち家族から、血の匂いなどは一切しなかった。
どこにでもいる、普通の宿屋の家族。
けれど、父は言う。
吸血鬼の縁者は全て皆殺しにしなければならない、と。
そうしていつも、血の匂いに塗れていたのは、むしろ自分と父親の方で――――。
ならば、本当に穢れているのは我々なのではないかと。
ちらりとでも思うことが怖かった。
自分を、父親を否定することが怖かった。
だから信じた。
それが、「神」の導きによるものなのだと。
『―――――神なぞいるものかっ!!』
ふいに、耳元で男の声が聞こえた。
それは、いつのことだったろう?
『仕事』の標的であった男から投げかけられた罵倒。
『我らはただ生きているだけっ……それすらも許されないというなら、神などこの世に存在するはずがない……!!!』
いつものごとく神の名を振りかざし、男―――彼の妻子の命を奪おうとした彼女に対する叫び。
妻子を守るためならば、自分の命を差し出しても構わないと最後まで訴えた男。
怯えた目でこちらを見る彼の妻の腕に抱かれていたのは、幼い赤子。
父に命ぜられ、その命を奪った。
それを、血を吐くような叫びを上げながら見つめていたあの男に止めをさしたのは父。
心が麻痺したように動かかなかった。
少しでも何かを考えれば、恐ろしい事実に気づいてしまいそうで。
……神がいない?
……神がいないなら、なぜ私はこんなことをしているの?
私の手は、何のためにこれほど赤く染まっているのか。
『……悪魔!!悪魔ァァ―――――――――!!!!』
「……違うっ!!!!!違うっ!!!私はっ……私は……!!!」
……ワタシのしたことは……!!!
すべてが根底から覆される恐怖に、崩れ落ちるフレイア。
無表情という仮面――――「神」という名の盾は、既にボロボロに朽ち果てた。
『……なんて、もろい。まるで無垢な幼子のようだ』
それにしては随分血にまみれているようだが、とネイは嘲笑う。
『これを見てもなお、未だ神の存在を信じるといえるかい?』
ネイは、いまだ泣き叫ぶフレイアをもう一瞥もせずに、エメラルドとヴァーニスだけを見つめる。
エメラルドは、もはや何も言うことが出来なかった。
エメラルドはとっくに、己の手が血まみれなことなど知っていた。
ただ、生きたかった。
ただ、生きていたかったから、それが罪であることを承知で全てを見つづけてきた。
―――――――神など、一体どこにいる?
「神を生み出すのは、人間だ」
絶対なる正義など、この世には存在しない。
バチカンという狭い空間の中で、決して口にはできないその言葉。
その瞬間、フレイアの中で何かが壊れた。
動きを止め、うつろな瞳のフレイアがエメラルドを見つめる。
エメラルドは、与えられた知識ではなく、自らが導き出したその結論を断言した。
「お前の信じた「絶対なる神」など、最初からどこにも存在しない」
あるのはただ、人の都合によって作られた都合のいい「神」の偶像のみ。
ヴァーニスは、そっと目をそらす。
見つめるのは、ただ一人。
『……おやおや。こちらはこちらであまりにあっけなさ過ぎて、退屈だな。そろそろ、終わりにしようか?』
随分と身勝手な言葉とともに、待ち望んでいた終焉がやって来る。
『ヴィスティ』
ネイが、その名を呼ぶ。
あの日見た、美しい少女の姿をした「終焉」が、フレイアの元にやってくる―――――――。
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