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番外編 女王様は料理がしたい①

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「あのさぁ。
うちの奥さんを勝手に使うのやめてくれる?」

いつもの店内。
臨時休業と看板を出された室内にいるのは店長である薫と、その妻の雛子。

そして。


「あぁ!!駄目ですよ麗さんっ!
お砂糖をそんな一気にいれたらメレンゲが………!!」
「ちょ………!!だからまだ駄目です!!オーブンは一度開けてしまうと温度が下がって………!!」
「……………お菓子作りってやっぱり面倒なのね」
「諦めるのが早すぎます」

漏れ聞こえる会話は雛子の苦労を十分に想像させるもので。

「…………店の売り上げの二日分出すわ」
「迷惑料込みで三日分」

いっそもう言い値でいいわよ、と。
満足げなニヤニヤとした視線を自らの婚約者に向ける帝。
彼にとってはこの店の1日分の稼ぎなど、例え一週間分だろうと大した違いのないはした金だ。

いい目の保養をしたと思えば十分お釣りが来る。

自宅では決して身につけることのない、アップリケ付きの可愛いエプロン。
提供元は浅井雄次郎で、何気に雛子とお揃いだ。

二人にエプロンを手渡しにこやかな笑顔でスリーショットの写真を撮って帰っていった雄次郎。

「もう来るな!」と息子から塩を投げつけられながらも満足そうなその笑顔が崩れることはなかった。

ある意味天晴れである。

「うちでもちゃんと素敵なエプロンは用意したのよ?でも着けてくれないよねぇ………」

ハァ………と、悩ましげなため息をつく帝。

「どうせ変なものを着せようとしたんじゃないの?レースの透け透けとか」

そういう薫も一度雛子に裸エプロンをおねだりし、こっぴどい目にあっているのだがそんなことはおくびにも出さない。

「変なものとは失礼ね。
ガーターベルトまで全部シルクでお揃いの自信作よ!」

「…………………………」

エプロンに何故ガーターベルトが必要なのか。
その意味は分からないが、想像してみるとうちの嫁もきっと似合う。

「後でどこで買ったか教えて」
「…………友達の誼で後でプレゼントしてあげるわ」

だから後でうちの麗ちゃんにも着るように勧めて頂戴、と。
お揃いという言葉でレジーナを懐柔したがっているのがまるわかりな帝。

少々どころではなく情けない有り様だが、若く愛らしい恋人を得た男とは皆こんなものなのかもしれない。

「考えとく」
「是非そうして頂戴」

男同士の友情はここに来て更に深まったようだ。
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