上 下
18 / 20

言いたいことほど、口に出す前に飲み込んでしまう話。

しおりを挟む
 
「とりあえず、話を軽くまとめるとーー俺は上手いことゆりちゃんさんに利用されて、結果的に今のこの状況を作り出したのは……ゆりちゃんさんによる大橋さんの為の行動だったという、最終的にはそういう理解でちゃんとあっていますか?」

「……そうだね。最終的には私の思い通りになったというのは事実だし、私が君のことを利用した……と言うか、現在進行形で君のことを利用しているということは、紛れもない事実だよ。
 ーーだから、私はそれを無責任に否定したりはしない。勝手に君を利用したのは事実だから、君に非難されたとしても仕方のないことだ。」


 ーーゆりちゃんさんの真剣な眼差し。俺はたった今、彼女からこれまでの出来事を含め、大橋さんに関わる話や彼女の為にしていたゆりちゃんさんの諸々の行動などを聞き終えたのだが……正直なところ、そのあまりのスケールのでかさに、唯々俺は彼女の話に聞き入ってしまった。


 そして、その話の内容を軽くまとめると……大体こんな感じの内容だった。

 ・そもそも、俺が大橋さんを見てたことをゆりちゃんさんは気付いていた。

 ・そして、それを大橋さん本人に気付かれるのも時間の問題で、丁度その頃から大橋さんがAIによる『運命の相手』の決定に不安を覚えていた。

 ・だからそのタイミングで、ゆりちゃんさんは周りに俺がゆりちゃんさんに気があるという話を、女子にウワサとして内々で流し、俺が見ていたのはあくまでもゆりちゃんさんで……そのゆりちゃんさん本人もそれに対し満更でもない演技をすることによって、周りや大橋さんに俺の存在が問題ないと思わせる。

 ・それから、大橋さんが本格的に『運命の相手』を知る日まで時間が無くなって、判断能力が鈍ったタイミング……具体的にはその日の前日、もしくはその日の当日に、俺の存在を利用することを提案し、それに乗っからせる。

 ・最後に、なりふりかまわず俺に両想いの相手役を頼んで、その提案が成功したことを確認すると、最初に流した俺の情報は自分の勘違いで、実は大橋さんのことを好きで見ていたとーーこれまでから一転したウワサを自分で流し、俺に付きまとわれているが、それに満更でもないという自分の立場と完全にフリーでAIの決定対象となる大橋さんの立場を、その一手によって完全に入れ替えることに成功したのである。


 ーーしかも、この計画の何が驚くべきかと言うと……これを行うことによって、何か損をする人間がほとんど誰もいないということである。

 大橋さんはもちろん、運命の相手の選択から外れるし……俺も観察(ストーカーに近い行為)をしていたことを大橋さん含め、周りの生徒たちに悪印象としては認識されず、むしろその行為がそのままバレて、変質者の汚名を背負わずに済んだくらいだ。


「(だから……ホントに損してるのはゆりちゃんさん。大橋さんの為とは言え、同級生に自意識過剰なふりをして、それが自分の勘違いだと言って恥をかいてるんだから……。
 そう考えると……俺はこの人に感謝こそすれ、勝手に利用されたなどと非難することは、それこそお門違いと言わざるを得ないよな……。)」


 すると、そのようにして少しの間黙り込んでしまった俺に対し、ゆりちゃんさんは少しだけ申し訳なさそうな顔をして、「いや……そんな言葉遊びよりも先に、私は君に勝手したことを謝るべきだったね。」と言い、ペコリと俺に対して頭を下げてくる。


「その……何も言わずに、今回君のことを巻き込んでしまって、本当に申し訳なく思う。
 あまりこういうのに慣れていないのだけれど……やはり、君に迷惑を掛けたーーというより、掛けるかもしれなかったことは素直に謝るべきだと思うんだ。」


 そして、俺が何も言えずにいたことも悪かったのだが……ゆりちゃんさんはホントに申し訳ないと言った様子で、こちらに対し真摯に謝罪をする。


 ーーと、流石にそのタイミングで俺は正気へと戻り、今更ながらに「あ、頭を上げてください!」と、俺はゆりちゃんさんに慌てて声を掛ける。

 先程も考えいた通り、俺はこの人に感謝こそすれ……このような形で、俺が彼女に謝罪をされるなんてことはもっての外なのである。


 だから、俺はとても慌てていたこともあって、ゆりちゃんさんの手をばっと握るとーー驚く彼女を前に、俺は彼女が何か言うよりも先に勢いよく頭を下げる。


「いえ……それよりも、俺の方こそすいません!知らなかったとはいえ、俺、なんの手伝いも出来なくて。
 それに今回の件、ゆりちゃんさんは多方に迷惑を掛けないよう、自分だけ損な役割を買って出てるのは明白なので……俺はあなたに感謝こそすれ、このように謝罪を受けとるような立場にはないと思います!」

「だ、だが……私の都合で巻き込んでしまったことは紛れもない事実だし……それに!私が君をこんな形で柚希に関わらせてしまったせいで、君から柚希に想いを伝えようとしても……かなり難しくーー」

「ーーそうですね……でも俺の場合、この方がよかったのかもしれません。俺はその……大橋さんの手助けが出来るだけで十分なんで……。
 だから、もう気にしないでください。の方が、俺にも……それに大橋さんにとってもいいことだとそう思いますから。」


 ーー実際、俺だって分かっているのだ。どれだけ俺が憧れて、大橋さんとの距離が近くなったような気がしても……その気持ちを彼女に伝えるのは、ただの迷惑だってことくらい。

 これは比喩表現でも、誇張表現でもなんでもなく……俺と彼女では、文字通り住む世界が違う。

 ーー例え彼女から、俺に歩み寄ってくれたとしても……どうしようもない。埋めるに埋められない、見えない壁のような物が俺と彼女との間にあるのだ。

 だから、俺は……そう。憧れの人の力になれるだけで良かったのだと、心の中で、そんな言い訳をして自分自身に言い聞かせる。


 すると、俺の言葉に少しの間押し黙ってしまったゆりちゃんさんは、どこか難しそうな顔をしたのち、「分かった。でも、とりあえずありがとうとだけ言わせて欲しい。」と言って、彼女は改めて、俺に対し感謝の言葉を述べるのだがーー

 時間が過ぎ、少しだけ薄暗くなってきた夕暮れ時の空を背にして……彼女はまだ俺に何か言いたげな顔をして口を開くのだがーー結局そこから、彼女が俺に何かを口にするようなことはなかった。


 そしてその後、俺とゆりちゃんさんは一言二言だけ言葉を交わして、それぞれ大橋さんのことに関して助け合うことを約束し、別れを告げるのだが……。

 結局、ゆりちゃんさんという呼び名は言いづらいし、違和感があるということで、そこから『ちゃん』を引いて、『ゆりさん』と呼ぶことになった。

 しかしながら……俺自身、今後自分から、大橋さんやゆりさんに積極的に関わることは無いだろうし……きっとだけど、俺の力が必要になる状況にはならないだろうとそう思った。


 ーーだが、俺に別れを告げたゆりさんは、妙に力強い口調で「また、会おう。」と言い、わざわざ自身の連絡先を書いて俺に渡してきたことから……。

 なんだか不思議と……彼女とはまた会って話をするという、そんな予感にも似た直感をーー俺は彼女との間に出来た、新たな宛先つながりの表示から感じるのだった。


 ーー次話へと続く。ーー
しおりを挟む

処理中です...