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初めから、逃げてばかりじゃ始まらない話。
しおりを挟む「ーーですから、これは元々プログラムされた内容でして……。初めて異性と同居することに抵抗があるのは理解できますが……。どうか落ち着いて、同居のことも含め受け入れてもらえると助かります。」
「いや……流石にそれは無理だから!それホントに言ってんの!?その……アイツと同居って。
いくら相手の括り付けが少子化対策って言っても、それは色々とやり過ぎでしょ!?」
「ですから、落ち着いて……。私に言っても、結果は変わりませんし……それに、どうしてそんなにも嫌がっているのですか?同居するって言っても、相手は自分の『運命の相手』なのでしょう?」
「いや、だから!あんなの何かの間違いだからって、さっきから言ってるじゃん!」
ーーいきなり行われていた、目の前での口論。
たった今、先程入り口で案内をしていた女性に会う為、俺は急いで階段を駆け下り、自分の最悪の想像が現実にならないことを祈って、件の女性に話を聞きに来た訳だったのだが……少しだけ遅かったらしい。
なんとか、やっとのことで女性のもとに辿り着いた俺が目にしたのは……そのように言って、受付の女性に詰め寄るーークラスメイト兼俺の『運命の相手』であるところの小川さんその人であった。
やはりと言うか……おそらく彼女も、ここで俺と同棲することになるのを知って、慌てて件の女性に詰め寄っているのだろうが、その女性は「なぜもう決まっている運命なのに、この子はこんなにも怒っているの?」と、小川さんのそんな必死な態度があまり理解できていない様子である。
「(まあ、小川さんの意見は最もなものだとは思うが……実際のところ、受付の女性の意見に関しても、共感したくはないが理解することは出来る。
なんて言うか……さっき(一方的に)会ったふたり、あの男女がまさにそれのいい例なんだよな。)」
ーーそうなのだ。先程俺が見た、あの一組の男女。おそらくだが、あの距離感や若干のよそよそしい感じからして……ふたりはまだ付き合っていない。
そして、俺や小川さんと同じように……ふたりもお互いがお互いの『運命の相手』として選ばれたということーーこれは俺たちと彼らとで共通している。
しかしながら、俺たちと彼らとで似ても似つかない、一番重要な相違点が俺たちの間には存在する。
それは……俺と小川さんとの間ではーー
「えーっと……。それではーーその彼とあなたの間に愛というか、恋愛感情的なものは存在していない……ということなのでしょうか?
だから、彼と同棲したくないし……そもそも、仲良くなんてしたくないと……そうですか?)」
「そうそう!そういうこと!だから、私はアイツと同棲なんて絶対イヤってこと!
そもそも、アイツのこと自体あんまり好きじゃないし……。席が隣になるだけならまだしも、一緒に暮らすなんて……普通に考えてありえないの!」
まあ、その女性が言うように、俺と小川さんの間には……彼らのような、お互いへの好感度や好意など、その他諸々があまりにも足りて無さ過ぎるのだ。
ーーだから、俺たちと彼らとでは、このようにして……同棲に対する考え方が180度違ってくる。
だがまあ……普通に考えて、いくら学校の監視下にあるとは言え、異性との同棲に関しては小川さんの態度の方が正しい反応だと言える。(とは言え、あまりにも俺のことを拒否しているのは、普通に傷付いてしまうところなのだが……。)
すると、小川さんにそう説明された女性は「なるほど、そういうことですか。」と頷き、ニコッと小川さんに対して笑みを浮かべ一言。
「そうですね……。では、なおさらあなたとその彼には一緒に暮らしてもらいたくなりますね。」
「……は?な、なんでそうなるわけ!?私の話ちゃんと聞いてたよね?それなのにどうして!?」
「いえ……私好きなんです。そういうの……。そういうーー全く好きでも何でもない2人が、突然一緒に暮らすことになり、一緒に暮らすことで初めて見えてくるものがあって、お互いがお互いを意識するようになるみたいな……そんな少女漫画みたいな展開が!」
「「…………はっ?(ん?誰かが来たの……?)」」
そしてそこで、俺が思わず声を出してしまったことにより、ふたりの視線がこちらに一気に集まる。
すると、振り向いた先に俺がいたことを小川さんはばつが悪く感じたのか……こちらをチラリと見た彼女だったが、すぐさまぷいっと別の方を向いて、それ以降、全くこちらの方を見ようとしない。
ーーやはり、流石の彼女でも、本人に直接自分が嫌いだと言っているところを目撃されるのは、なんとなく居心地が悪かったようである。
だが、そんな俺と小川さんの様子を見て、受付の女性は俺が小川さんの言っていたアイツであるということを、なんとなく理解したようでーー
「なんと!あなたがこの娘のお相手さんでしたか!
うん、いい!あなたのその……何とも言えない、可もなく不可もなくという感じ、とっても可愛いこの子にある意味ピッタリだと思います!」
「いや、ホントに何言ってんの!?てか、お堅い感じから……いきなりキャラ変わり過ぎでしょ……。」
と、思わず小川さんが呆れた声を出してしまうくらい、受付の女性は眼鏡をはずして興奮してしまっていてーーたしかに俺も、「いや……ホントいきなりどうしちゃったんですか!?」と、思わず呆れた声を出してしまうような、そんな彼女の言い分である。
しかし、彼女が言っていること自体、もちろん無茶苦茶であるというのは確かなのだが……もしかするとこれは、俺にとっていいきっかけなのかもしれない。
「(この女性が言うように、俺が小川さんと似合っているっていうのは……正直、理解できないことなんだけど。それでもーー俺が小川さんの相手に選ばれちゃった以上、彼女のことを何も知らないまま、ただ俺は嫌われているからって逃げるのは違うよな……。)」
やはり、小川さんを前にすると、ホントに俺がこの人と暮らしていくなんて……。と、気後れしてしまう気持ちは十二分にあるのだが……まだ俺が、小川さんのことをよく知らない段階で避けたり、相手のことを何も知ろうとしないまま逃げてしまうのはーー何ていうか、今の俺には違和感に似た、若干の気持ち悪さのようなものを感じてしまう。
なので俺は……かなり及び腰ではあったが、このまま何もしないままではいけないと思い、あえて受付の女性は無視してーー俺の方から小川さんの正面に立ち、彼女に思い切って話掛ける。
「あの……小川さん、俺と一緒に暮らすのは嫌だって、もちろん俺自身理解しているんですけど。どうか、少しの間だけでも我慢してもらえませんか?
俺の記憶が正しかったらなんですが……たしか、相手のことがホントに嫌であれば、1ヶ月後にある『心身環境調査』による救済がプログラムの中にはあったはずなのでーーどうかそれまではお願いします。」
「な、何よ……。なんだかこれじゃ、私の方が駄々捏ねて悪いみたいじゃない……。しかもなんか、いっつもビクビクしてる中峰が自分から私に話し掛けてくるし……ホントにもうなんなの……?」
「小川さんの混乱する気持ちは分かります。分かりますが……ここは少し我慢してください。
もちろん、小川さんに変なことするつもりはないので、そこに関しても心配しないでください。」
「……ふん。そんなの当たり前でしょ。そんな事されるのなら、学校だけじゃなくて……警察にも監視してもらうし。これがルールで仕方ないならーー1ヶ月だけ我慢してあげるわ。あくまでも、仕方なくね。」
ーー初めて自分から交わした、小川さんとの会話。
俺は今、自分でも不思議な程……とても落ち着いた気持ちで小川さんに向き合いーー生まれて初めて、自分から女性に面と向かって会話することが出来た。
すると、最初はいきなり話し掛けた俺に、若干戸惑った様子だった小川さんだが……俺が至って真剣であることを理解すると、「あくまでも、仕方なく。」という点を強調しつつ、とりあえずの共同生活を了承してくれる運びとなった。
ーー俺はもちろん、小川さんのことを知りもしないのに怯えるより、どうせなら……彼女のことを知ってから判断したいと、そう思って今回のことを提案したのだが、小川さんにも小川さんなりに……何か俺について、思うことなどがあるのかもしれない。
とりあえず、なんだかんだで……これから小川さんと暮らしていくことが決まった、俺の新しい寮生活は、ひとまず新生活の始まりを告げたもののーー本当の問題はここから山積みである。
そもそも、俺自身、どうしてか彼女に嫌われてしまっているという点や、ただでさえ美人で顔の広い彼女と、形だけとは言え『運命の相手』として周りから見られてしまうことなどが挙げられる。
そのため……今からでも、これから訪れるであろう困難に対し、言葉に言い表せない不安やこれでよかったのか?という葛藤が、今も俺の胸の中にあることは事実だ。それは事実として、間違いなく俺の胸の内にあるのだがーーどうしてだろう?
そんな不安や葛藤を感じるより、そこはかとなく、負の気持ちよりも先に、これからどうしていこうというーー期待にも似た気持ちを感じてしまっている、不思議な感情の変化が俺の胸の内にあるのだった……。
ーー次話から新生活編、次へと続く。ーー
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