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第6巻:Zutarts
第94章: 次の停車駅
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真の成長は勝利の中にも、戦場で発揮される力の中にもありません。
それは、あらゆる困難にもかかわらず、続けることを選択する瞬間です。
身体が止まれと叫んだり、魂がひび割れたり、疑いが確信よりも大きくささやいたりする時があります。それでもあなたは前進します。なぜなら、あなたの中にある何か、おそらくは記憶、理想、約束が、あなたを後戻りさせないようにしているからです。
混沌の中のあらゆる一歩、深淵の淵でなされるあらゆる決断が、あなたを引き上げます。
なぜなら、勝つために戦うのではなく、変革するために戦う戦いもあるからです。
そして、すべてが曖昧になるこの新たなスケールにおいて、自らの限界を突破した者だけが運命の視線に耐えることができるだろう。}
──────────────────────────────────────
――「この戦い、驚きが尽きないッ!」
実況席の塔の上から、雷神ライジンが咆哮する。
「唯一無二の技、常識外れの力、記憶に残る瞬間…! このトーナメントにはすべてが揃っている!」
風神フウジンの視線は、闘技場の中央に立つ一人の少女に注がれていた。
アドナイス。
彼女はまるで先ほどまでの連戦など無かったかのように、凛とした姿勢で立ち尽くしていた。
「アドナイス」
フウジンの声は、慎重さを帯びていた。
「大丈夫か? もう三人と戦っただろう。少し休んだ方が――」
「大丈夫」
首を小さく横に振りながら、彼女は穏やかに答える。
「本当に?」
「うん… だって、もっと楽しみたいから」
その言葉に、フウジンは言葉を失った。
彼の心に浮かんだ疑問は、虚空に反響するように鳴り響いた。
(この少女… 一体、何でできているんだ?)
「了解。では、次の試合に移る」
「ありがとう」
静かな声に潜む、異様なほどの落ち着き。
その裏に潜むものに、誰もが気づき始めていた。
「なんということでしょうッ!」
ライジンの興奮は絶えない。
「アドナイス選手、自らの意思で休憩なしの続行を希望! 一試合も間を空けずに次戦へ!」
控え席にいたヨウヘイが、緊張した笑みを浮かべながら呟く。
「マジかよ…」
「止まらないッ!」
ライジンの声が観客の心を震わせた。
「まだまだ楽しませてくれそうだッ!」
隣にいたタカハシが真剣な顔で振り返った。
「ヨウヘイ」
「今度は何だよ」
「彼女には近づきすぎるな」
「は? 見たか? さっきの技、もし当たってたら死んでたぞ」
「だからこそ言ってる」
タカハシの眼差しは揺るがない。
「今の君なら、彼女より速い」
「はあ?」
「君の記録はすべて見た。遠距離戦では、ここで一番だ。避けられるはずだ」
「お前… 何でそんなに知ってるんだ…」
ヨウヘイは呆気に取られていた。
タカハシは目線を逸らし、わずかに気まずそうに口を開く。
「彼女はきっと近づいてくる。接近戦に持ち込もうとするだろう。そこから先のプランは… ない。ごめん、そういうの苦手なんだ。でも信じてくれ」
ヨウヘイは息を吐き、肩の力を抜くと、タカハシの頭をポンと叩いた。
「上出来だよ、チビ。後は任せとけ」
タカハシは一瞬、固まる。
場面が切り替わる。
闘技場全体が轟音と共に震えた。
雷を纏った鎧、鋭い眼差しの男がフィールドに現れる。
「来たぞッ!!」
ライジンの叫びが響く。
「ズターツ学院の第二代表、いよいよ登場だ!」
「神の学舎から――ついにトーナメント決勝の舞台へ!」
「皆様! ご紹介しましょう…! ヨウヘイ・アクティナッ!!」
轟く歓声。
観客席ではギリシャの生徒たちが総立ちになっていた。
「ぶっ飛ばせー!ヨウヘイー!」
ゼフの声が響く。
「GODSの底力、見せてやれー!」
ロワも叫ぶ。
「負けたら俺がケツ蹴るぞー!」
セバスチャンの軽口も飛ぶ。
「俺たちの魂、ぶつけてやれー! 雷くん!」
シュウの声がとどめを刺した。
ヨウヘイは顔を上げ、仲間たちに笑みを返す。
(任せとけ)
対するアドナイスは、頭をわずかに傾けながら彼を見つめた。
「いい仲間を持ってるわね」
「かもな。お前には無縁なもんだろ」
「残念だけど、弱い人間には興味ないの」
「…昔の俺みたいだな」
「何が君を変えたの?」
「バカな悪魔、かな」
「バカ?」
「うん。何度倒されても、前に進み続ける奴。そいつを見て、俺も誰かのために戦うのも悪くないって思えた」
アドナイスは口元だけで微笑んだ。
「面白い人ね。でもやっぱり、自分のために戦うのが一番よ」
その瞬間、彼女の全身から金色のエネルギーが溢れ出した。
ズゥゥゥンッ…!
圧倒的な気配。
空気が重くなる。大地が揺れる。観客席が軋む。
ヨウヘイはごくりと唾を飲み込む。
(マジかよ…)
視点が移る。
神々が沈黙の中、立ち上る気配を見つめていた。
誰も言葉を発さなかった。
しかし、全員が感じていた。
――次のステージが、始まったのだ。
オリュンポスの頂から、ゼウスは眉をひそめ、視線を闘技場から逸らせずにいた。
(これは… 今まで見たどんな戦いとも違う… どうして、あんなに強い?)
隣に立つアマテラスは表情こそ穏やかだったが、心の声は沈黙していなかった。
(アドナイスがセレスティアだというのは知っていた。でも、それにしても… この年齢でこの力は異常だ)
伝説級の冷静さを持つケツァルコアトルですら、背中に冷たい感覚を覚えていた。
(タカハシの限界が未知数とはいえ… あの少女の力は、常軌を逸している…)
視点が地上へと移動する。
タカハシの口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。
(彼女と戦いたい… 本気で、戦ってみたい)
一方、闘技場ではヨウヘイが冷や汗を流していた。
アドナイスの力は、空気の一粒一粒にまで響いていた。
「観客にちょうどいいデモンストレーションになるわ。五割の力でいこうか」
アドナイスの声は静かだった。その瞳は、獲物を捉えた猛獣のようだった。
「ご…五割だと…?」
ヨウヘイはごくりと唾を飲む。
(冗談だろ…!?)
世界が息を止めたかのように、闘技場は完全な静寂に包まれた。
向かい合う、二つの存在。
「始めッ!」
フウジンの声が号令を下すと同時に、
バチィィン――ッ!!
電撃の閃光が走った。
ヨウヘイはすでに動いていた。青い閃光を引きながら、後方へと加速する。
「なるほどね…」
アドナイスは小さく呟くと、優雅で致命的な動きで追いかける。
踏み出すたび、大地が揺れた。
ヨウヘイは距離を保ちつつ、雷の弾を連射する。しかしアドナイスは、そのすべてを正確に切り裂いた。
観客席ではゼフが歯を食いしばる。
(ヨウヘイが下がるのを初めて見た… 何を狙ってるんだ?)
シュウの瞳には、神の視界が映っていた。
(これは… ヨウヘイか、それともタカハシか。どちらかが、壁の裂け目を見つけた。どんな巨壁にも、必ず弱点はある)
ヨウヘイが急停止する。
手のひらに雷光を集めた。
「プラズマ・アローッ!」
ズアアア――ッ!!
電気の矢が数十本、彼の周囲に浮かび上がり、アドナイスを狙って放たれる。
アドナイスは即座に回避行動に入る。すべてを躱してみせる… そう思った矢先――
矢が進路を変えた。
「…やるじゃない」
アドナイスは足を止め、目を閉じた。
そして始まる――
ヒュッ、ガンッ、クルッ、シャアッ!!
彼女の動きはまるで踊り。
斬り、跳ね、舞い、裂く。
すべての矢をギリギリで捌き終えたその瞬間――
スッと構えに戻り、刀を納める。
直後、背後で爆音が重なる。
ゴオオオオ――ッ!!
電撃と炎が入り混じる壮絶な光景に、観客は爆発的な歓声をあげた。
「マジかよ…」
ヨウヘイは苦笑する。
街全体に響く歓声――
その中で、微細な粒子が空中に舞っていた。
小さな雷の塵。
アドナイスはそれに気づいたが、すでに遅かった。
「なに…?」
ヨウヘイが手を掲げ、稲妻のように笑った。
「俺のゲームへようこそ」
雷粒子が一瞬で収束し、彼女を囲う結界を形成した。
ズガン――!!
「まじかよ!?」「よっしゃああ!」「うそだろこれ!?」
観客の絶叫が交錯する。
「やったな、ヨウヘイ!」
タカハシの声が響く。
(初めて君を見たときは… 正直、何の印象もなかった。傲慢で、恵まれてるだけだと)
(でも、俺が間違ってた)
*フラッシュバック*
夜明け前の薄明かりの中――
ヨウヘイは独り、血を流しながら修行を続けていた。
「もっとだ…! もっと強く…!」
彼の手から生まれた雷が、人形を焼き尽くす。
天を仰ぎ、獣のように叫んだ。
*回想終了*
(誰よりも努力していた。だから… 尊敬してる)
闘技場ではアドナイスが苦悶に歪み始めていた。
電流が強まる。
「降参した方がいい」
ヨウヘイの声は冷静だった。
「抵抗すればするほど、電圧は上がる」
アドナイスは血を吐き、それでも笑った。
「じゃあ… どっちの意思が強いか、試してみようか」
バチバチバチッ――!!
新たな雷撃が彼女を襲う。
それでも、彼女は叫ばなかった。
ヨウヘイは意識を集中させていた。
(この電撃は、体だけじゃない。神経系を直接狙ってる。反応を封じる…)
(この戦いは、俺のものだ)
だが次の瞬間、背筋に悪寒が走る。
(…おかしい)
アドナイスの目が――閉じていた。
「気づいた?」
声が空気を突き破る。
「どうして…!?」
バリィィ――ッ!!
黄金の閃光が檻を破壊し、世界を包み込んだ。
「な… なんだ…!?」
傷口が光に包まれ、癒されていく。
アドナイスが静かに語り始めた。
「驚いたわ。てっきり荒々しい戦い方をするかと思ってたけど… 丁寧で、繊細で、見事だった」
「少し、君を見くびってたわ。ごめんなさい」
「名前を教えて?」
「ヨウヘイ・アクティナ」
「覚えておくわ」
ヨウヘイは唾を飲む。
「ひとつだけ、聞いていいか?」
「いいよ」
「俺の技が効かなかったのは…なぜだ?」
アドナイスはうなずきながら答える。
「ゼンカの力には、いろんな用途がある。異世界で呼吸するため。異種族と意思疎通するため。心で語るため。力を高めるため… そして、守るため」
「私はすべてのエネルギーを、体内の防御に集中させた。君の攻撃は、内側から壊そうとした。だからこそ、そこを守ったの」
「代償として、肉体の外側は無防備になったけど… 君の技には、時間制限があると分かってた」
「耐えきった後は、力押しで十分よ」
ヨウヘイは苦笑いを浮かべ、目を伏せた。
(こんな短時間で、そこまで計算してたのか…)
ため息が漏れる。
「認めたくないが… 実力差が… ありすぎる」
「俺が勝ったと思った時、君はもう百の手を打っていた」
「…悔しいな」
アドナイスは何も答えない。
ただ静かに彼を見つめていた。
まるで、神が人間の価値を測るように。
だが、ヨウヘイは顔を上げた。
空が、黒雲で覆われていく。
バチィィ――ッ!!
稲妻がその中を走る。
観客が息を呑む。
そして――
「俺は…」
空が怒りのように唸りを上げた。
黒雲が飢えた獣のように空を覆い、稲妻が次々と闘技場に落ち始める。
まるで世界そのものが――
血と意志、そして電撃で書かれた物語の頂点を察知したかのように。
その嵐の中心で、ヨウヘイが顔を上げる。
「負ける気なんて、ない」
その瞬間だった。
ギャアア――ッ!!
巨大な雷光が空から直撃する。
その閃光に、観客全員の視界が一瞬奪われた。
そして――
光が晴れた時、そこに立っていたのは――
変貌したヨウヘイだった。
「アアアアアアアア――ッ!!」
青白い電流が全身を駆け巡り、無数の火花が空気を切り裂く。
彼の叫びが、嵐の咆哮と交わった。
「これは…これはスゴイぞぉぉぉ!!」
実況席からライジンが絶叫する。
「これはもう神域の戦いだッ!!」
「限界など存在しないのか!? ヨウヘイが形を変え、戦いを神の領域へと引き上げる!」
「バトルは…まだ上がる!! まだ先があるッ!!」
「これが俺の全てだッ!! 覚悟しろよ!!」
ヨウヘイの雄叫びに、アドナイスは静かに応じる。
視線を鋭くし、わずかに足元の重心を変える。
沈黙の構え。戦士の合図。
「タイム・オブ・ゴッド」
その言葉が、裁きの鐘のように響いた。
アドナイスの肌を電流が走る。
ヨウヘイの身体は膨れ上がっていく。
筋肉。力。空の怒りそのものが彼を宿したように。
その眼は、純白に染まっていた。
(もう二度と使わないと誓ったのに…)
(この姿を維持するたびに…寿命が一年削られる)
(それでも――負けたくない)
アドナイスが微笑む。
言葉は要らない。
その気配が語っていた。
――ようこそ、本気の領域へ。
闘技場が沈黙に包まれる。
そして――
ズガアァァァアアアアアッ!!!!
二人は同時に走り出す。
拳と拳のぶつかり合い。
爆炎は無く、ただただ圧で地面が崩れ去る。
ゴオォォォ――ッ!!
吹き荒れる衝撃波に、ライジンは手すりにしがみつく。
「なんという激戦ッ!!」
「これは戦いじゃない…肉体化した嵐だ!!」
拳が止まらない。
一撃ごとに衝撃波が広がり、コロシアムの基盤が震える。
大地が割れ、空気が灼ける。
その音は、まるで崩壊する宇宙の断末魔。
「負けるもんかああああッ!!」
ヨウヘイの拳は加速し、荒れ狂う。
アドナイスも一歩も退かず――
「来なさいッ!!」
もはや応酬ではなかった。
直接的な打撃戦。
顔面。胴体。腕。
野蛮で、個人的で、そして…残酷な戦い。
ゴッ――!!
ヨウヘイの拳がアドナイスの顔面を捉える。
血が飛び、彼女は一歩後退。
だが、即座に反撃。
ドン――!!
無音の咆哮と共に、拳がヨウヘイの胸を撃ち抜く。
パキパキッ――!!
数本の肋骨が一気に折れる音。
ヨウヘイが血を吐く。
視界が途切れた。
すべてが闇。
(くそっ…)
でも、彼は戻ってきた。
稲妻のように。
バキッ、バシッ、ドスッ!!
再び拳を振るう。
力は弱い。しかし、魂がこもっていた。
観客席は再び沈黙する。
「限界が近いな…」
ゼフが呟く。
「…ああ」
シュウの目がすべてを捉えていた。
「時間が経つほどに… 彼の拳は軽くなる。だが彼女は…まだ上がる」
アフロディーテは何も言わず、唇を噛む。
(体を限界まで酷使しても…届かない。アドナイス・セレスティア…まさに怪物だ)
戦いは狂気へと突入する。
咆哮、力、速度、痛み――
空が血の涙を流すかのように、雨が強く降り始めた。
ヨウヘイの全身から血が噴き出していた。
毛穴から。耳から。目から。
押し広げてきた限界が、ついに崩れ始めていた。
アドナイスの目が変わる。
そこに宿ったのは――
尊敬。そして、哀しみ。
彼女は拳を掲げる。
ゼンカの力が拳を包み、
神が下す裁きのような光を纏っていた。
「よく戦ったわね、ヨウヘイ・アクティナ」
世界が止まった。
ゴガアアアァァア――ン!!!
その拳はすべてを破壊した。
ヨウヘイの鎧が粉々に砕け、体がバリアに叩きつけられる。
バキバキバキッ!!
骨が砕け、血が舞い、彼の瞳が閉じる。
――シン……
最後に響いたのは、打撃音の残響だけ。
降り続く雨。
それは言葉なき葬送のようだった。
元の姿に戻ったヨウヘイは、地面に倒れ伏していた。
傷つき、疲れ果て、敗北を迎えた戦士の姿。
アフロディーテは静かに彼を見つめる。
(誇っていいわ…ヨウヘイ。君は、すべてを出し切った)
アドナイスが近づき、そっと目を閉じる。
「悪くなかったわ。少しは、楽しかったかも」
闘技場全体が立ち上がる。
歓声はない。叫びもない。
――ただ、拍手。
静かで、葬送のような拍手。
遠くの上空で、エデンがかすかに笑みを浮かべ、そっと囁く。
「やるじゃん、ヨウヘイ」
そして、灰色の空と冷たい雨が包む中、
この戦いは幕を下ろした。
それは、勝敗で語られる戦いではなかった。
――どれだけ、戦ったかで語られる戦いだった。
それは、あらゆる困難にもかかわらず、続けることを選択する瞬間です。
身体が止まれと叫んだり、魂がひび割れたり、疑いが確信よりも大きくささやいたりする時があります。それでもあなたは前進します。なぜなら、あなたの中にある何か、おそらくは記憶、理想、約束が、あなたを後戻りさせないようにしているからです。
混沌の中のあらゆる一歩、深淵の淵でなされるあらゆる決断が、あなたを引き上げます。
なぜなら、勝つために戦うのではなく、変革するために戦う戦いもあるからです。
そして、すべてが曖昧になるこの新たなスケールにおいて、自らの限界を突破した者だけが運命の視線に耐えることができるだろう。}
──────────────────────────────────────
――「この戦い、驚きが尽きないッ!」
実況席の塔の上から、雷神ライジンが咆哮する。
「唯一無二の技、常識外れの力、記憶に残る瞬間…! このトーナメントにはすべてが揃っている!」
風神フウジンの視線は、闘技場の中央に立つ一人の少女に注がれていた。
アドナイス。
彼女はまるで先ほどまでの連戦など無かったかのように、凛とした姿勢で立ち尽くしていた。
「アドナイス」
フウジンの声は、慎重さを帯びていた。
「大丈夫か? もう三人と戦っただろう。少し休んだ方が――」
「大丈夫」
首を小さく横に振りながら、彼女は穏やかに答える。
「本当に?」
「うん… だって、もっと楽しみたいから」
その言葉に、フウジンは言葉を失った。
彼の心に浮かんだ疑問は、虚空に反響するように鳴り響いた。
(この少女… 一体、何でできているんだ?)
「了解。では、次の試合に移る」
「ありがとう」
静かな声に潜む、異様なほどの落ち着き。
その裏に潜むものに、誰もが気づき始めていた。
「なんということでしょうッ!」
ライジンの興奮は絶えない。
「アドナイス選手、自らの意思で休憩なしの続行を希望! 一試合も間を空けずに次戦へ!」
控え席にいたヨウヘイが、緊張した笑みを浮かべながら呟く。
「マジかよ…」
「止まらないッ!」
ライジンの声が観客の心を震わせた。
「まだまだ楽しませてくれそうだッ!」
隣にいたタカハシが真剣な顔で振り返った。
「ヨウヘイ」
「今度は何だよ」
「彼女には近づきすぎるな」
「は? 見たか? さっきの技、もし当たってたら死んでたぞ」
「だからこそ言ってる」
タカハシの眼差しは揺るがない。
「今の君なら、彼女より速い」
「はあ?」
「君の記録はすべて見た。遠距離戦では、ここで一番だ。避けられるはずだ」
「お前… 何でそんなに知ってるんだ…」
ヨウヘイは呆気に取られていた。
タカハシは目線を逸らし、わずかに気まずそうに口を開く。
「彼女はきっと近づいてくる。接近戦に持ち込もうとするだろう。そこから先のプランは… ない。ごめん、そういうの苦手なんだ。でも信じてくれ」
ヨウヘイは息を吐き、肩の力を抜くと、タカハシの頭をポンと叩いた。
「上出来だよ、チビ。後は任せとけ」
タカハシは一瞬、固まる。
場面が切り替わる。
闘技場全体が轟音と共に震えた。
雷を纏った鎧、鋭い眼差しの男がフィールドに現れる。
「来たぞッ!!」
ライジンの叫びが響く。
「ズターツ学院の第二代表、いよいよ登場だ!」
「神の学舎から――ついにトーナメント決勝の舞台へ!」
「皆様! ご紹介しましょう…! ヨウヘイ・アクティナッ!!」
轟く歓声。
観客席ではギリシャの生徒たちが総立ちになっていた。
「ぶっ飛ばせー!ヨウヘイー!」
ゼフの声が響く。
「GODSの底力、見せてやれー!」
ロワも叫ぶ。
「負けたら俺がケツ蹴るぞー!」
セバスチャンの軽口も飛ぶ。
「俺たちの魂、ぶつけてやれー! 雷くん!」
シュウの声がとどめを刺した。
ヨウヘイは顔を上げ、仲間たちに笑みを返す。
(任せとけ)
対するアドナイスは、頭をわずかに傾けながら彼を見つめた。
「いい仲間を持ってるわね」
「かもな。お前には無縁なもんだろ」
「残念だけど、弱い人間には興味ないの」
「…昔の俺みたいだな」
「何が君を変えたの?」
「バカな悪魔、かな」
「バカ?」
「うん。何度倒されても、前に進み続ける奴。そいつを見て、俺も誰かのために戦うのも悪くないって思えた」
アドナイスは口元だけで微笑んだ。
「面白い人ね。でもやっぱり、自分のために戦うのが一番よ」
その瞬間、彼女の全身から金色のエネルギーが溢れ出した。
ズゥゥゥンッ…!
圧倒的な気配。
空気が重くなる。大地が揺れる。観客席が軋む。
ヨウヘイはごくりと唾を飲み込む。
(マジかよ…)
視点が移る。
神々が沈黙の中、立ち上る気配を見つめていた。
誰も言葉を発さなかった。
しかし、全員が感じていた。
――次のステージが、始まったのだ。
オリュンポスの頂から、ゼウスは眉をひそめ、視線を闘技場から逸らせずにいた。
(これは… 今まで見たどんな戦いとも違う… どうして、あんなに強い?)
隣に立つアマテラスは表情こそ穏やかだったが、心の声は沈黙していなかった。
(アドナイスがセレスティアだというのは知っていた。でも、それにしても… この年齢でこの力は異常だ)
伝説級の冷静さを持つケツァルコアトルですら、背中に冷たい感覚を覚えていた。
(タカハシの限界が未知数とはいえ… あの少女の力は、常軌を逸している…)
視点が地上へと移動する。
タカハシの口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。
(彼女と戦いたい… 本気で、戦ってみたい)
一方、闘技場ではヨウヘイが冷や汗を流していた。
アドナイスの力は、空気の一粒一粒にまで響いていた。
「観客にちょうどいいデモンストレーションになるわ。五割の力でいこうか」
アドナイスの声は静かだった。その瞳は、獲物を捉えた猛獣のようだった。
「ご…五割だと…?」
ヨウヘイはごくりと唾を飲む。
(冗談だろ…!?)
世界が息を止めたかのように、闘技場は完全な静寂に包まれた。
向かい合う、二つの存在。
「始めッ!」
フウジンの声が号令を下すと同時に、
バチィィン――ッ!!
電撃の閃光が走った。
ヨウヘイはすでに動いていた。青い閃光を引きながら、後方へと加速する。
「なるほどね…」
アドナイスは小さく呟くと、優雅で致命的な動きで追いかける。
踏み出すたび、大地が揺れた。
ヨウヘイは距離を保ちつつ、雷の弾を連射する。しかしアドナイスは、そのすべてを正確に切り裂いた。
観客席ではゼフが歯を食いしばる。
(ヨウヘイが下がるのを初めて見た… 何を狙ってるんだ?)
シュウの瞳には、神の視界が映っていた。
(これは… ヨウヘイか、それともタカハシか。どちらかが、壁の裂け目を見つけた。どんな巨壁にも、必ず弱点はある)
ヨウヘイが急停止する。
手のひらに雷光を集めた。
「プラズマ・アローッ!」
ズアアア――ッ!!
電気の矢が数十本、彼の周囲に浮かび上がり、アドナイスを狙って放たれる。
アドナイスは即座に回避行動に入る。すべてを躱してみせる… そう思った矢先――
矢が進路を変えた。
「…やるじゃない」
アドナイスは足を止め、目を閉じた。
そして始まる――
ヒュッ、ガンッ、クルッ、シャアッ!!
彼女の動きはまるで踊り。
斬り、跳ね、舞い、裂く。
すべての矢をギリギリで捌き終えたその瞬間――
スッと構えに戻り、刀を納める。
直後、背後で爆音が重なる。
ゴオオオオ――ッ!!
電撃と炎が入り混じる壮絶な光景に、観客は爆発的な歓声をあげた。
「マジかよ…」
ヨウヘイは苦笑する。
街全体に響く歓声――
その中で、微細な粒子が空中に舞っていた。
小さな雷の塵。
アドナイスはそれに気づいたが、すでに遅かった。
「なに…?」
ヨウヘイが手を掲げ、稲妻のように笑った。
「俺のゲームへようこそ」
雷粒子が一瞬で収束し、彼女を囲う結界を形成した。
ズガン――!!
「まじかよ!?」「よっしゃああ!」「うそだろこれ!?」
観客の絶叫が交錯する。
「やったな、ヨウヘイ!」
タカハシの声が響く。
(初めて君を見たときは… 正直、何の印象もなかった。傲慢で、恵まれてるだけだと)
(でも、俺が間違ってた)
*フラッシュバック*
夜明け前の薄明かりの中――
ヨウヘイは独り、血を流しながら修行を続けていた。
「もっとだ…! もっと強く…!」
彼の手から生まれた雷が、人形を焼き尽くす。
天を仰ぎ、獣のように叫んだ。
*回想終了*
(誰よりも努力していた。だから… 尊敬してる)
闘技場ではアドナイスが苦悶に歪み始めていた。
電流が強まる。
「降参した方がいい」
ヨウヘイの声は冷静だった。
「抵抗すればするほど、電圧は上がる」
アドナイスは血を吐き、それでも笑った。
「じゃあ… どっちの意思が強いか、試してみようか」
バチバチバチッ――!!
新たな雷撃が彼女を襲う。
それでも、彼女は叫ばなかった。
ヨウヘイは意識を集中させていた。
(この電撃は、体だけじゃない。神経系を直接狙ってる。反応を封じる…)
(この戦いは、俺のものだ)
だが次の瞬間、背筋に悪寒が走る。
(…おかしい)
アドナイスの目が――閉じていた。
「気づいた?」
声が空気を突き破る。
「どうして…!?」
バリィィ――ッ!!
黄金の閃光が檻を破壊し、世界を包み込んだ。
「な… なんだ…!?」
傷口が光に包まれ、癒されていく。
アドナイスが静かに語り始めた。
「驚いたわ。てっきり荒々しい戦い方をするかと思ってたけど… 丁寧で、繊細で、見事だった」
「少し、君を見くびってたわ。ごめんなさい」
「名前を教えて?」
「ヨウヘイ・アクティナ」
「覚えておくわ」
ヨウヘイは唾を飲む。
「ひとつだけ、聞いていいか?」
「いいよ」
「俺の技が効かなかったのは…なぜだ?」
アドナイスはうなずきながら答える。
「ゼンカの力には、いろんな用途がある。異世界で呼吸するため。異種族と意思疎通するため。心で語るため。力を高めるため… そして、守るため」
「私はすべてのエネルギーを、体内の防御に集中させた。君の攻撃は、内側から壊そうとした。だからこそ、そこを守ったの」
「代償として、肉体の外側は無防備になったけど… 君の技には、時間制限があると分かってた」
「耐えきった後は、力押しで十分よ」
ヨウヘイは苦笑いを浮かべ、目を伏せた。
(こんな短時間で、そこまで計算してたのか…)
ため息が漏れる。
「認めたくないが… 実力差が… ありすぎる」
「俺が勝ったと思った時、君はもう百の手を打っていた」
「…悔しいな」
アドナイスは何も答えない。
ただ静かに彼を見つめていた。
まるで、神が人間の価値を測るように。
だが、ヨウヘイは顔を上げた。
空が、黒雲で覆われていく。
バチィィ――ッ!!
稲妻がその中を走る。
観客が息を呑む。
そして――
「俺は…」
空が怒りのように唸りを上げた。
黒雲が飢えた獣のように空を覆い、稲妻が次々と闘技場に落ち始める。
まるで世界そのものが――
血と意志、そして電撃で書かれた物語の頂点を察知したかのように。
その嵐の中心で、ヨウヘイが顔を上げる。
「負ける気なんて、ない」
その瞬間だった。
ギャアア――ッ!!
巨大な雷光が空から直撃する。
その閃光に、観客全員の視界が一瞬奪われた。
そして――
光が晴れた時、そこに立っていたのは――
変貌したヨウヘイだった。
「アアアアアアアア――ッ!!」
青白い電流が全身を駆け巡り、無数の火花が空気を切り裂く。
彼の叫びが、嵐の咆哮と交わった。
「これは…これはスゴイぞぉぉぉ!!」
実況席からライジンが絶叫する。
「これはもう神域の戦いだッ!!」
「限界など存在しないのか!? ヨウヘイが形を変え、戦いを神の領域へと引き上げる!」
「バトルは…まだ上がる!! まだ先があるッ!!」
「これが俺の全てだッ!! 覚悟しろよ!!」
ヨウヘイの雄叫びに、アドナイスは静かに応じる。
視線を鋭くし、わずかに足元の重心を変える。
沈黙の構え。戦士の合図。
「タイム・オブ・ゴッド」
その言葉が、裁きの鐘のように響いた。
アドナイスの肌を電流が走る。
ヨウヘイの身体は膨れ上がっていく。
筋肉。力。空の怒りそのものが彼を宿したように。
その眼は、純白に染まっていた。
(もう二度と使わないと誓ったのに…)
(この姿を維持するたびに…寿命が一年削られる)
(それでも――負けたくない)
アドナイスが微笑む。
言葉は要らない。
その気配が語っていた。
――ようこそ、本気の領域へ。
闘技場が沈黙に包まれる。
そして――
ズガアァァァアアアアアッ!!!!
二人は同時に走り出す。
拳と拳のぶつかり合い。
爆炎は無く、ただただ圧で地面が崩れ去る。
ゴオォォォ――ッ!!
吹き荒れる衝撃波に、ライジンは手すりにしがみつく。
「なんという激戦ッ!!」
「これは戦いじゃない…肉体化した嵐だ!!」
拳が止まらない。
一撃ごとに衝撃波が広がり、コロシアムの基盤が震える。
大地が割れ、空気が灼ける。
その音は、まるで崩壊する宇宙の断末魔。
「負けるもんかああああッ!!」
ヨウヘイの拳は加速し、荒れ狂う。
アドナイスも一歩も退かず――
「来なさいッ!!」
もはや応酬ではなかった。
直接的な打撃戦。
顔面。胴体。腕。
野蛮で、個人的で、そして…残酷な戦い。
ゴッ――!!
ヨウヘイの拳がアドナイスの顔面を捉える。
血が飛び、彼女は一歩後退。
だが、即座に反撃。
ドン――!!
無音の咆哮と共に、拳がヨウヘイの胸を撃ち抜く。
パキパキッ――!!
数本の肋骨が一気に折れる音。
ヨウヘイが血を吐く。
視界が途切れた。
すべてが闇。
(くそっ…)
でも、彼は戻ってきた。
稲妻のように。
バキッ、バシッ、ドスッ!!
再び拳を振るう。
力は弱い。しかし、魂がこもっていた。
観客席は再び沈黙する。
「限界が近いな…」
ゼフが呟く。
「…ああ」
シュウの目がすべてを捉えていた。
「時間が経つほどに… 彼の拳は軽くなる。だが彼女は…まだ上がる」
アフロディーテは何も言わず、唇を噛む。
(体を限界まで酷使しても…届かない。アドナイス・セレスティア…まさに怪物だ)
戦いは狂気へと突入する。
咆哮、力、速度、痛み――
空が血の涙を流すかのように、雨が強く降り始めた。
ヨウヘイの全身から血が噴き出していた。
毛穴から。耳から。目から。
押し広げてきた限界が、ついに崩れ始めていた。
アドナイスの目が変わる。
そこに宿ったのは――
尊敬。そして、哀しみ。
彼女は拳を掲げる。
ゼンカの力が拳を包み、
神が下す裁きのような光を纏っていた。
「よく戦ったわね、ヨウヘイ・アクティナ」
世界が止まった。
ゴガアアアァァア――ン!!!
その拳はすべてを破壊した。
ヨウヘイの鎧が粉々に砕け、体がバリアに叩きつけられる。
バキバキバキッ!!
骨が砕け、血が舞い、彼の瞳が閉じる。
――シン……
最後に響いたのは、打撃音の残響だけ。
降り続く雨。
それは言葉なき葬送のようだった。
元の姿に戻ったヨウヘイは、地面に倒れ伏していた。
傷つき、疲れ果て、敗北を迎えた戦士の姿。
アフロディーテは静かに彼を見つめる。
(誇っていいわ…ヨウヘイ。君は、すべてを出し切った)
アドナイスが近づき、そっと目を閉じる。
「悪くなかったわ。少しは、楽しかったかも」
闘技場全体が立ち上がる。
歓声はない。叫びもない。
――ただ、拍手。
静かで、葬送のような拍手。
遠くの上空で、エデンがかすかに笑みを浮かべ、そっと囁く。
「やるじゃん、ヨウヘイ」
そして、灰色の空と冷たい雨が包む中、
この戦いは幕を下ろした。
それは、勝敗で語られる戦いではなかった。
――どれだけ、戦ったかで語られる戦いだった。
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