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第8巻: 光の戦い
第146章: 私があなたを殺した
「復讐の刃は、虚構の帳が落ちた時、何処へ向かうのか。我々は闇の中に怪物を見る。その深淵が己の中に息づいていることも知らずに。最後の封印が砕け、記憶の残響が蘇る時、残酷な真実が廃墟から産声を上げる。裁きを求めるその血は、最初から己の両手を濡らしていたのだと。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ブラックライツの基地が激しく揺れ動く中、エデンとアレックスボルドはカタコンベ(地下通路)を歩いていた。
「どうやら、戦争が始まったみたいだな」
アレックスボルドがぽつりとこぼす。
「ああ。もう後戻りはできない」
そう答えるエデンの瞳には、深い憎悪が渦巻いていた。
……。
その様子に気づいたアレックスボルドが尋ねる。
「……そのことについて、話さないか?」
「なんのことだ?」
「この数ヶ月の間に起きた、すべてのことだよ」
少し自信なさげに、アレックスボルドは答えた。
「別に、大したことは起きてない」
エデンはぎゅっと拳を握り締めながら吐き捨てた。
「そうか……」
二人の友が暗闇の中を進むにつれ、重たい沈黙が辺りを支配する。
しかし、その沈黙を破ったのはアレックスボルドだった。
「俺、『ムーンライト』の姓を捨てたんだ」
彼はかすかな笑みを浮かべ、そう告白した。
エデンは振り返り、その突然の告白に驚きの目を向ける。
「……どうして?」
「血塗られた名前を背負い続けることに、もう疲れたんだ」
「世界はこれ以上『ムーンライト』を必要としていない。ただ一人の『アレックスボルド』がいればいいんだ」
……。
「あの夜、浜辺でお前を見つけた時、俺と同じだと思ったんだ」
「でも、完全に間違っていた。お前はただ、誰とも分かち合えない痛みを一人で抱え込んでいるだけの少年だった」
「だから手を差し伸べた。かつて、シュンが俺にしてくれたように」
「俺にとっての彼のように、お前にとっての『ヒーロー』になろうとしたんだ」
アレックスボルドは、温かな笑い声を交えながら語る。
「けれど、またしても俺は間違っていた……」
「お前は、俺なんかよりずっと強かった。今でもそうだ。お前の周りにいる誰もが、お前を強く信頼している」
「俺とお前で、いったい何が違うのか。何が欠けているのか……ずっと考えていた」
「……そして、ついに答えを見つけたんだ」
「その答えって?」
「『お前は決して諦めない』ってことだ」
アレックスボルドは力強く言い放った。
エデンは言葉を返せず、ただ彼のあまりの誠実さに息を呑むしかなかった。
「羨ましいよ、エデン・ヨミ」
「お前が『ヒーロー』なんて肩書きを背負って生きたくないのは分かってる。でも……お前は俺のヒーローなんだ」
「俺を取り囲んでいたあの深い闇から、お前が救い出してくれた」
「感じるということがどれほど大切か……愛することがどれほど尊いか、お前が教えてくれたんだ」
エデンはうつむき加減で、悲しみと優しさが入り交じったような、かすかな笑みを浮かべた。
「だからこそ……必要とあらば、俺はこの命を捧げよう」
アレックスボルドは、揺るぎない決意を込めた瞳でそう宣言した。
……。
しかし、その言葉を聞いた瞬間、エデンは堪えきれずに笑い出した。
「え……?」
「あはははっ! ははははっ!」
「な、なんで笑うんだよ!?」
アレックスボルドは少し顔を赤らめて叫んだ。
「お前、最高にダサいぞ、ヒーロー」
エデンは笑い転げながら答える。
「俺はただ、お前を励まそうとしただけだろ、馬鹿野郎!」
アレックスボルドが顔を真っ赤にする横で、エデンはしばらく笑い続けていた。
……。
だが、笑い声が止むと、エデンはアレックスボルドの目を真っ直ぐに見据えて言った。
「でも、絶対にそんなことするなよ」
そのあまりにも冷たく、恐ろしい眼差しに、アレックスボルドはゴクリと息を呑んだ。
「これ以上誰かを失うことに、俺が耐えられるか分からない」
ひび割れたような声で、エデンは呟く。
「理想論だってことは分かってる。でも……今回の任務で、誰一人として死なせたくないんだ」
「馬鹿げてるかもしれないが、それが俺の望みだ……」
「エデン……」
「もしまた誰かを失ったら、自分がどんなバケモノに成り果ててしまうか分からない」
彼は自分の両手を見つめながら呟いた。
その姿を見て、アレックスボルドは凍りついた。
初めて見る、エデンの完全に壊れきった瞳。
それはまるで、冷たい雨の中で待ち続ける、孤独で絶望した子供のようだった。
(……それが、お前がその肩に背負っている重みなのか……)
その時、不意に足音が二人の注意を引いた。
「隠れろ」
「ああ」
瞬きをする間に、二人は霧の中へと姿を消した。
アレックスボルドは目を見開き、明らかな警戒心をあらわにする。
……。
「クソッ……なんで俺たちがこんな面倒な仕事しなきゃなんねぇんだよ」
リュウが苛立った声でこぼす。
「黙れ」
カイが、闇を湛えた瞳で鋭く言い放つ。
「まあまあ、二人とも」
ミヤがその場を和ませようと口を挟む。
「最前線にいるよりはマシでしょ?」
「「いや」」
二人の声が見事に重なった。
その瞬間、アレックスボルドは隣にいるエデンへと視線を向けた。
友の横顔を見た途端、彼に冷や汗が伝う。
エデンの瞳は、街一つを焼き尽くすほどの業火を宿して燃え上がっていた。
そして、その両手は激しく震えている。
恐怖からではない。底知れぬ憎悪と怒りによるものだった。
「落ち着け、エデン」
アレックスボルドは囁き、友の肩を掴んだ。
「ここで奴らとやり合っても、何も得られないぞ」
しかし、エデンの耳には届かない。彼の視線は、眼下の三人から微塵も逸れなかった。
「俺を見ろ、エデン。こっちを見ろ」
「お前が出るべき時は必ず来る。だが、今じゃない」
「ここで新たな戦端を開くわけにはいかないんだ。まだ早すぎる」
「……分かってる」
「お前がどれだけの力を秘めているのか、まだ完全には把握できていない。俺たちはお前を失うわけにはいかないんだ」
「それに、もしお前が暴走でもしたら……」
「分かってるって……」
エデンはアレックスボルドをじっと見つめ返して言った。
「分かってるさ……。けど、本当に苛立つんだ……」
「エデン……」
「奴らを追おう。何を企んでるか分からないからな」
「ああ……」
濃い霧の中に身を潜め、二人は誰にも気づかれることなく敵の足跡を追った。
アレックスボルドはエデンの言葉を信じたものの、それでも彼から目を離すことができなかった。
地上では絶え間なく戦闘が続いている中、二人は数分間にわたって奴らを尾行した。
やがて、彼らの足取りは巨大な空間へと行き着いた。
扉が開いた瞬間、全身の細胞を犯すような強烈な腐臭が漂ってきた。
(なんだ、この酷い悪臭は……?)
アレックスボルドは思わず口元を覆う。
「パペットのクソ野郎、衛生観念ってもんがまるで無かったんだな」
リュウが吐き捨てるように言う。
「俺たちはただ、後始末をしに来ただけだ」
カイが低く呟く。
「これを片付ければ、すべて終わりだ」
……。
扉が閉まりかける寸前、エデンとアレックスボルドは間一髪でその中へと滑り込んだ。
しかし、顔を上げた彼らの目に飛び込んできたのは……。
目の前に広がる、身の毛もよだつような地獄絵図だった。
人間の、そして動物の残骸。至る所にこびりついた赤黒い血痕。
奇妙で粘り気のある液体で満たされた巨大な管の中には、幾体ものキメラが浮かんでいた。
「これ……現実なのか……?」
恐怖に顔を歪め、アレックスボルドが震える声で漏らす。
一方、エデンは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。
廃墟と化したその実験室の最も高い場所に、彼の想像を絶する『何か』がいたのだ。
一体のキメラ。その瞳は、まるで彼のことを知っているかのように、じっとこちらを見つめていた。
その猫のような瞳に宿っていたのは、憎悪ではない。懐かしさと、深い愛慕が入り交じったような光だった。
「……ごめん」
エデンは涙で瞳を潤ませながら、消え入るような声で呟いた。
「エデン?」
……。
「ごめんな……」
ブラックライツのメンバーたちは、嫌悪感とどこか魅了されたような眼差しでその光景を眺めていた。
「完全にイカレた野郎だったが、天才だったことは認めざるを得ないな」
カイがすべてを見渡しながら言った。
「ああ……。だが、本当に悪趣味だぜ」
リュウが笑いながら同意する。
ふと、カイとリュウは訝しげにミヤの方を見た。
彼の瞳は激しく揺れ動き、まるで頭の中から言葉を根こそぎ奪い取られたかのように固まっていたのだ。
「おい、大丈夫か?」
しかし、ミヤは声一つ発することができなかった。全身を蝕む恐怖が、それを許さなかったのだ。
二人はミヤの視線を追い――あのキメラと目を合わせた。
その瞬間、彼らの背筋に強烈な悪寒が走る。
その瞳は、まるで彼らを裁き、同時に呪い殺そうとしているかのようだった。
リュウは恐怖に駆られたように、自身の義手を強く握りしめた。
奇妙な痛みが彼を襲う。まるで、腕を斬り落とされたあの瞬間の感覚が、何度も何度も繰り返されているかのようだった。
リュウは激しく震えながら、その場に膝をついた。
「パペット……てめぇ、いったいどんなバケモノを創り出しやがったんだ?」
カイが呆然と呟く。
……。
「そのバケモノは……」
静かで、悲痛な声が響き渡った。
「お前たちが命を奪った、あの人の魂の成れの果てだ」
カイは目を見開き、弾かれたように振り返った。
そこには、彼らがすべてを奪い去った、あの少年が立っていた。
「馬鹿な……」
「エデン……」
暗闇に潜んだまま、アレックスボルドが呟く。
しかし、エデンはその獣に向かって歩き続けた。
体や顔は悍ましい怪物そのものだったが、その瞳は他の誰よりも人間らしかった。
一歩踏み出すごとに、記憶がフラッシュバックし、現実との境界線が曖昧になっていく。
耳を劈くような悲鳴、溶け落ちる顔……。それらが彼の痛みの残響と同調して響き渡る。
祖父の血が自分の顔を伝い落ち、その瞳から光が失われていく光景。
苦痛からの解放を求める絶叫。
『信じてくれ、エデン。お前は特別な子なんだ』
祖父のその言葉が、鋭い痛みと共に脳裏に蘇る。
暗闇の中で、一筋の光が彼に手を差し伸べた。
『それで、君はどうする?』
道を切り開いてくれた、一人のヒーローの言葉。
『俺の名前はシュウ・サジェス。よろしくな』
『私はユキ。ユキ・ツカよ』
彼が歩みを進めるたび、空間が歪んでいく。
おぼろげな記憶が、無数の破片となって宙を舞う。
道には光が射していたというのに、その少年はずっと影の中を歩き続けてきたのだ。
『いつか、お前も自分の道を選ばなきゃならない時が来るさ、弟よ』
『あなたの愛に相応しい人間になってみせる』
戦火に焼かれ、灰となった誓い。
『生きろ、パリス。そして正しいことをしろ』
冷たい雨の中、瞳の光と共に消え去った言葉。
「どうしててめぇがここにいるんだよ、エデン・ヨミッ!!」
カイが激怒して叫ぶ。
しかし、エデンの足は止まらない。一度も振り返ることなく、ただ前へと歩き続ける。
「復讐でもしに来たつもりか、このクソガキが!!」
「来いよ! 来て、俺を殺してみろ!!」
その言葉に込められていたのは、単なる怒りだけではない……深い苦悩(痛み)も混じっていた。
「何を待ってやがる!? さっさと俺の息の根を止めろ!!」
だが、その悲痛な叫びに、彼が応えることはなかった。
(……こういうことだったんだね、じいちゃん)
エデンは顔を上げ、愛に満ちたあの瞳と真っ直ぐに向き合った。
「最初から、奴らのことじゃなかったんだ……そうだろ?」
溢れ出す涙と共に、エデンはその場に崩れ落ちる。
その時、初めて――白き剣に施されていた封印が砕け散った。
それと共に、残酷な真実が暴かれる。誰もが驚愕の目を向けた。
一筋の雷光が、彼がこれまで『自分の道』だと信じていたものをすべて破壊し始めた。
……。
「ずっと……俺だったんだ」
激しい吹雪が、彼の記憶を根こそぎ吹き飛ばしていく。
そして、血に染まった自分の両手を見つめながら、彼は呟いた。
「俺が……あなたを殺したんだ……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ブラックライツの基地が激しく揺れ動く中、エデンとアレックスボルドはカタコンベ(地下通路)を歩いていた。
「どうやら、戦争が始まったみたいだな」
アレックスボルドがぽつりとこぼす。
「ああ。もう後戻りはできない」
そう答えるエデンの瞳には、深い憎悪が渦巻いていた。
……。
その様子に気づいたアレックスボルドが尋ねる。
「……そのことについて、話さないか?」
「なんのことだ?」
「この数ヶ月の間に起きた、すべてのことだよ」
少し自信なさげに、アレックスボルドは答えた。
「別に、大したことは起きてない」
エデンはぎゅっと拳を握り締めながら吐き捨てた。
「そうか……」
二人の友が暗闇の中を進むにつれ、重たい沈黙が辺りを支配する。
しかし、その沈黙を破ったのはアレックスボルドだった。
「俺、『ムーンライト』の姓を捨てたんだ」
彼はかすかな笑みを浮かべ、そう告白した。
エデンは振り返り、その突然の告白に驚きの目を向ける。
「……どうして?」
「血塗られた名前を背負い続けることに、もう疲れたんだ」
「世界はこれ以上『ムーンライト』を必要としていない。ただ一人の『アレックスボルド』がいればいいんだ」
……。
「あの夜、浜辺でお前を見つけた時、俺と同じだと思ったんだ」
「でも、完全に間違っていた。お前はただ、誰とも分かち合えない痛みを一人で抱え込んでいるだけの少年だった」
「だから手を差し伸べた。かつて、シュンが俺にしてくれたように」
「俺にとっての彼のように、お前にとっての『ヒーロー』になろうとしたんだ」
アレックスボルドは、温かな笑い声を交えながら語る。
「けれど、またしても俺は間違っていた……」
「お前は、俺なんかよりずっと強かった。今でもそうだ。お前の周りにいる誰もが、お前を強く信頼している」
「俺とお前で、いったい何が違うのか。何が欠けているのか……ずっと考えていた」
「……そして、ついに答えを見つけたんだ」
「その答えって?」
「『お前は決して諦めない』ってことだ」
アレックスボルドは力強く言い放った。
エデンは言葉を返せず、ただ彼のあまりの誠実さに息を呑むしかなかった。
「羨ましいよ、エデン・ヨミ」
「お前が『ヒーロー』なんて肩書きを背負って生きたくないのは分かってる。でも……お前は俺のヒーローなんだ」
「俺を取り囲んでいたあの深い闇から、お前が救い出してくれた」
「感じるということがどれほど大切か……愛することがどれほど尊いか、お前が教えてくれたんだ」
エデンはうつむき加減で、悲しみと優しさが入り交じったような、かすかな笑みを浮かべた。
「だからこそ……必要とあらば、俺はこの命を捧げよう」
アレックスボルドは、揺るぎない決意を込めた瞳でそう宣言した。
……。
しかし、その言葉を聞いた瞬間、エデンは堪えきれずに笑い出した。
「え……?」
「あはははっ! ははははっ!」
「な、なんで笑うんだよ!?」
アレックスボルドは少し顔を赤らめて叫んだ。
「お前、最高にダサいぞ、ヒーロー」
エデンは笑い転げながら答える。
「俺はただ、お前を励まそうとしただけだろ、馬鹿野郎!」
アレックスボルドが顔を真っ赤にする横で、エデンはしばらく笑い続けていた。
……。
だが、笑い声が止むと、エデンはアレックスボルドの目を真っ直ぐに見据えて言った。
「でも、絶対にそんなことするなよ」
そのあまりにも冷たく、恐ろしい眼差しに、アレックスボルドはゴクリと息を呑んだ。
「これ以上誰かを失うことに、俺が耐えられるか分からない」
ひび割れたような声で、エデンは呟く。
「理想論だってことは分かってる。でも……今回の任務で、誰一人として死なせたくないんだ」
「馬鹿げてるかもしれないが、それが俺の望みだ……」
「エデン……」
「もしまた誰かを失ったら、自分がどんなバケモノに成り果ててしまうか分からない」
彼は自分の両手を見つめながら呟いた。
その姿を見て、アレックスボルドは凍りついた。
初めて見る、エデンの完全に壊れきった瞳。
それはまるで、冷たい雨の中で待ち続ける、孤独で絶望した子供のようだった。
(……それが、お前がその肩に背負っている重みなのか……)
その時、不意に足音が二人の注意を引いた。
「隠れろ」
「ああ」
瞬きをする間に、二人は霧の中へと姿を消した。
アレックスボルドは目を見開き、明らかな警戒心をあらわにする。
……。
「クソッ……なんで俺たちがこんな面倒な仕事しなきゃなんねぇんだよ」
リュウが苛立った声でこぼす。
「黙れ」
カイが、闇を湛えた瞳で鋭く言い放つ。
「まあまあ、二人とも」
ミヤがその場を和ませようと口を挟む。
「最前線にいるよりはマシでしょ?」
「「いや」」
二人の声が見事に重なった。
その瞬間、アレックスボルドは隣にいるエデンへと視線を向けた。
友の横顔を見た途端、彼に冷や汗が伝う。
エデンの瞳は、街一つを焼き尽くすほどの業火を宿して燃え上がっていた。
そして、その両手は激しく震えている。
恐怖からではない。底知れぬ憎悪と怒りによるものだった。
「落ち着け、エデン」
アレックスボルドは囁き、友の肩を掴んだ。
「ここで奴らとやり合っても、何も得られないぞ」
しかし、エデンの耳には届かない。彼の視線は、眼下の三人から微塵も逸れなかった。
「俺を見ろ、エデン。こっちを見ろ」
「お前が出るべき時は必ず来る。だが、今じゃない」
「ここで新たな戦端を開くわけにはいかないんだ。まだ早すぎる」
「……分かってる」
「お前がどれだけの力を秘めているのか、まだ完全には把握できていない。俺たちはお前を失うわけにはいかないんだ」
「それに、もしお前が暴走でもしたら……」
「分かってるって……」
エデンはアレックスボルドをじっと見つめ返して言った。
「分かってるさ……。けど、本当に苛立つんだ……」
「エデン……」
「奴らを追おう。何を企んでるか分からないからな」
「ああ……」
濃い霧の中に身を潜め、二人は誰にも気づかれることなく敵の足跡を追った。
アレックスボルドはエデンの言葉を信じたものの、それでも彼から目を離すことができなかった。
地上では絶え間なく戦闘が続いている中、二人は数分間にわたって奴らを尾行した。
やがて、彼らの足取りは巨大な空間へと行き着いた。
扉が開いた瞬間、全身の細胞を犯すような強烈な腐臭が漂ってきた。
(なんだ、この酷い悪臭は……?)
アレックスボルドは思わず口元を覆う。
「パペットのクソ野郎、衛生観念ってもんがまるで無かったんだな」
リュウが吐き捨てるように言う。
「俺たちはただ、後始末をしに来ただけだ」
カイが低く呟く。
「これを片付ければ、すべて終わりだ」
……。
扉が閉まりかける寸前、エデンとアレックスボルドは間一髪でその中へと滑り込んだ。
しかし、顔を上げた彼らの目に飛び込んできたのは……。
目の前に広がる、身の毛もよだつような地獄絵図だった。
人間の、そして動物の残骸。至る所にこびりついた赤黒い血痕。
奇妙で粘り気のある液体で満たされた巨大な管の中には、幾体ものキメラが浮かんでいた。
「これ……現実なのか……?」
恐怖に顔を歪め、アレックスボルドが震える声で漏らす。
一方、エデンは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。
廃墟と化したその実験室の最も高い場所に、彼の想像を絶する『何か』がいたのだ。
一体のキメラ。その瞳は、まるで彼のことを知っているかのように、じっとこちらを見つめていた。
その猫のような瞳に宿っていたのは、憎悪ではない。懐かしさと、深い愛慕が入り交じったような光だった。
「……ごめん」
エデンは涙で瞳を潤ませながら、消え入るような声で呟いた。
「エデン?」
……。
「ごめんな……」
ブラックライツのメンバーたちは、嫌悪感とどこか魅了されたような眼差しでその光景を眺めていた。
「完全にイカレた野郎だったが、天才だったことは認めざるを得ないな」
カイがすべてを見渡しながら言った。
「ああ……。だが、本当に悪趣味だぜ」
リュウが笑いながら同意する。
ふと、カイとリュウは訝しげにミヤの方を見た。
彼の瞳は激しく揺れ動き、まるで頭の中から言葉を根こそぎ奪い取られたかのように固まっていたのだ。
「おい、大丈夫か?」
しかし、ミヤは声一つ発することができなかった。全身を蝕む恐怖が、それを許さなかったのだ。
二人はミヤの視線を追い――あのキメラと目を合わせた。
その瞬間、彼らの背筋に強烈な悪寒が走る。
その瞳は、まるで彼らを裁き、同時に呪い殺そうとしているかのようだった。
リュウは恐怖に駆られたように、自身の義手を強く握りしめた。
奇妙な痛みが彼を襲う。まるで、腕を斬り落とされたあの瞬間の感覚が、何度も何度も繰り返されているかのようだった。
リュウは激しく震えながら、その場に膝をついた。
「パペット……てめぇ、いったいどんなバケモノを創り出しやがったんだ?」
カイが呆然と呟く。
……。
「そのバケモノは……」
静かで、悲痛な声が響き渡った。
「お前たちが命を奪った、あの人の魂の成れの果てだ」
カイは目を見開き、弾かれたように振り返った。
そこには、彼らがすべてを奪い去った、あの少年が立っていた。
「馬鹿な……」
「エデン……」
暗闇に潜んだまま、アレックスボルドが呟く。
しかし、エデンはその獣に向かって歩き続けた。
体や顔は悍ましい怪物そのものだったが、その瞳は他の誰よりも人間らしかった。
一歩踏み出すごとに、記憶がフラッシュバックし、現実との境界線が曖昧になっていく。
耳を劈くような悲鳴、溶け落ちる顔……。それらが彼の痛みの残響と同調して響き渡る。
祖父の血が自分の顔を伝い落ち、その瞳から光が失われていく光景。
苦痛からの解放を求める絶叫。
『信じてくれ、エデン。お前は特別な子なんだ』
祖父のその言葉が、鋭い痛みと共に脳裏に蘇る。
暗闇の中で、一筋の光が彼に手を差し伸べた。
『それで、君はどうする?』
道を切り開いてくれた、一人のヒーローの言葉。
『俺の名前はシュウ・サジェス。よろしくな』
『私はユキ。ユキ・ツカよ』
彼が歩みを進めるたび、空間が歪んでいく。
おぼろげな記憶が、無数の破片となって宙を舞う。
道には光が射していたというのに、その少年はずっと影の中を歩き続けてきたのだ。
『いつか、お前も自分の道を選ばなきゃならない時が来るさ、弟よ』
『あなたの愛に相応しい人間になってみせる』
戦火に焼かれ、灰となった誓い。
『生きろ、パリス。そして正しいことをしろ』
冷たい雨の中、瞳の光と共に消え去った言葉。
「どうしててめぇがここにいるんだよ、エデン・ヨミッ!!」
カイが激怒して叫ぶ。
しかし、エデンの足は止まらない。一度も振り返ることなく、ただ前へと歩き続ける。
「復讐でもしに来たつもりか、このクソガキが!!」
「来いよ! 来て、俺を殺してみろ!!」
その言葉に込められていたのは、単なる怒りだけではない……深い苦悩(痛み)も混じっていた。
「何を待ってやがる!? さっさと俺の息の根を止めろ!!」
だが、その悲痛な叫びに、彼が応えることはなかった。
(……こういうことだったんだね、じいちゃん)
エデンは顔を上げ、愛に満ちたあの瞳と真っ直ぐに向き合った。
「最初から、奴らのことじゃなかったんだ……そうだろ?」
溢れ出す涙と共に、エデンはその場に崩れ落ちる。
その時、初めて――白き剣に施されていた封印が砕け散った。
それと共に、残酷な真実が暴かれる。誰もが驚愕の目を向けた。
一筋の雷光が、彼がこれまで『自分の道』だと信じていたものをすべて破壊し始めた。
……。
「ずっと……俺だったんだ」
激しい吹雪が、彼の記憶を根こそぎ吹き飛ばしていく。
そして、血に染まった自分の両手を見つめながら、彼は呟いた。
「俺が……あなたを殺したんだ……」
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異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
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