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第七章
第二部 続・解析者が辿り着いた場所
しおりを挟む天音梨花は、コーヒーを一口も飲まずに捨てた。
苦味を感じる余裕が、もうなかった。
端末には、並べ替えられた時系列が映っている。
十年前。
五年前。
三年前。
そして――半年前。
すべてが、事故死。
すべてが、偶然。
すべてが、これ以上の追跡は不要。
「……同じだ」
声に出した瞬間、背後の空気が張り詰めた気がした。
もちろん、誰もいない。
だが、“誰もいない”ことが、今は不安を生む。
後藤茜の事故記録を、もう一度開く。
転落事故。
現場写真。
夜。
街灯の光が、妙に均一だ。
影が、整いすぎている。
天音は、写真を拡大する。
踊り場の床。
微かな擦過痕。
転落した人間が残すには、軽すぎる。
だが――
転落前に“別の衝撃”があったとしたら。
彼女は、車両事故の処理記録に戻る。
物損。
軽微。
そのはずなのに、処理時間が長い。
通常、十分。
だが、この件は四十五分。
「……何をしてた?」
現場検証にしては、長すぎる。
示談交渉にしては、静かすぎる。
天音は、処理担当者の過去案件を洗い出す。
五件。
七件。
十二件。
すべて、事故死に繋がっている。
しかも――
二段階。
事故未満のトラブル。
その後の死亡。
公式記録には、接続が存在しない。
だが、
解析すると、必ず同じ署、同じ時間帯、同じ判断文が出てくる。
「……システムだ」
個人の犯行じゃない。
衝動でもない。
事故を“作る”のではなく、
事故として“終わらせる仕組み”。
天音は、ふと後藤直次の顔を思い出す。
あの男は、
事件の前ではいつも静かだ。
だが、
「事故」という言葉が出るときだけ、
一瞬、呼吸が乱れる。
理由が、今ならわかる。
彼は十年間、
“構造”と戦っていた。
天音は、フォルダを開く。
仮称――
《事故処理パターン一致事案》
中に入れる資料は、まだ最小限。
残すこと自体が、リスクになる。
そのとき、
端末に通知が表示された。
――アクセスログ更新。
心臓が、一拍遅れて跳ねる。
「……?」
自分の端末だ。
だが、ログにはない時間帯の接続。
誰かが、
彼女の見ているものを“把握しにきた”。
天音は、静かに立ち上がった。
照明を落とす。
ブラインドを閉める。
署内に残っているのは、夜勤の数名だけ。
だが、それが安全とは限らない。
彼女は、携帯を取り出す。
後藤直次の番号。
一瞬、ためらう。
だが――
これは、もう個人で抱える段階じゃない。
コール音。
短い。
「後藤です」
いつも通りの声。
それが、逆に怖かった。
「……天音です」
沈黙。
ほんの一秒。
だが、彼は察した。
「何か、見えたか」
天音は、息を吸う。
「茜さんの事故――
単独じゃありません」
言葉を選ばない。
選ぶ余裕がない。
「転落前に、
事故未満の接触があります」
「……続けろ」
後藤の声が、低くなる。
「同じ処理文。
同じ判断。
同じ“追跡不要”」
「事故を終わらせるための型が、あります」
電話の向こうで、
何かが崩れる音がした気がした。
「……それを、
誰が触ってる?」
「今は――
署内を含みます」
言い切った。
その瞬間、
天音は理解した。
自分は、もう戻れない。
後藤が、静かに言った。
「天音。
今、どこだ」
「署です」
「動くな」
「……もう遅いかもしれません」
天音は、窓の外を見る。
駐車場。
一台の車が、エンジンをかけた。
ヘッドライトが、消えない。
待っている。
「後藤さん」
天音は、微かに笑った。
「私、
辿り着いちゃいました」
それは、
誇りでも、後悔でもなく。
解析者としての、事実報告だった。
電話を切る。
天音は、鞄を持つ。
資料は、最小限だけ持ち出す。
全部は、無理だ。
だが――
一本の線があれば、後藤は辿れる。
彼女は、署を出た。
夜の空気は、冷たい。
駐車場へ向かう足取りは、自然に。
何も知らないふりをして。
だが、
彼女の背後で、
事故は、
すでに準備を終えていた。
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